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善然戦士ゼンゼ・小説版  作者: 坂本小見山
エピソード3「あなたの血、清めます」
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エピソード3-②

 初夏の大セミナーを翌日に控えた夜、マシャエルは、いよいよ抑え難くなった禁断症状に、自分の胸をかきむしって慟哭した

「血を飲んじゃだめだ。血を飲んじゃ駄目だ。『無垢の水』が手に入るまで、耐えるんだ・・・」

 彼は何度も繰り返し自分に言い聞かせた。


 そこに、まばゆい光芒がふりそそいだ。

「マシャエルよ、マシャエル」

 光の中に、筋肉質な体躯と柔和な髭面、そして三対の翅を持つ、白装束の男の姿が見えた。

「だ、誰だ・・・」

「私はボッタエル。光の朝廷の勅使として問う。君が『無垢の水』を求めるのはなにゆえか」

「僕の精神と肉体は、罪に穢れてしまった。だが、僕はもう、人を殺したくない」

「人間界を守護するように設計されているのだから、そう思うのは当然だ」

「頼む。早く『無垢の水』を・・・」

「マシャエル、それはできない。朝廷を追放された君は、人間界の構成員とみなされている。光の存在が人間界にみだりに干渉することは掟に反するのだ」

「なら、僕を消滅させてくれ。このままだと、僕は・・・」

「残念だが、それもできない。私が掟に反すれば、私だけでなく、私の部下たちも処分されてしまう。私の立場を理解してくれ」

 ボッタエルは再び光の中に吸い込まれていった。

「ま、待ってくれ!」

 必死に伸ばされたマシャエルの手の先には、見慣れた小屋の壁があるばかりだった。



 翌朝、隊長室にて、衣笠は怪獣対策室室長とテレビ通話を行った。画面に室長の姿は映っておらず、黒い背景の中央に怪獣対策室のマークが表示されているだけだった。

「今日はマシャエルの大セミナーの日だが、マシャエル討伐の件はどうなっている」

「権守君に一任しています」

「なるほど。信頼しているのだな」

「はい」

「信頼に応えなかったらどうする?」

「私含め、他の仲間が必ずカバーします」

「それは、互いに監視しあうということかね?」

「いいえ。背中を預けあうということです」



 その日、夥しいマシャエルのファンたちが、東京湾に面したミナトドームに集った。その中には権守の姿もあった。彼女は大セミナーを見届けたあと、改めてマシャエルに自首を勧めるのだ。彼が改心していることを信じて。

 時間になっても、マシャエルは現れなかった。舞台の袖から、スタッフたちが慌ただしく走る姿が見えた。観客たちも、マシャエルの遅刻に動揺しはじめた。

 やがて、何人かの観客が上を指差した。

「見ろ!マシャエル様だ!」

 宙に浮かぶマシャエルは翅を広げ、ゆっくりと舞い降りてきた。

「すごい演出だ!」

 観客たちはそれを演出と思い、感嘆した。

「でも、なんか変じゃない?」

 マシャエルの翅には無数に掻き毟った痕があり、そこから血が滲出していた。やがて舞台に降り立った彼は、蒼白になった顔をおもむろに上げた。彼は無理に笑顔を作った。

「僕の大セミナーに集まってくれて、ありがとう」

 客席から歓声が上がった。

「僕の勧めた健康法で、血液が改善された人、この中にどのぐらいいるかな?」

 観客のほとんどが両手を振り上げ、熱狂のままに叫んだ。

「中性脂肪が下がりました!」

「私は医者に褒められたんです!マシャエル様のおかげです!」

 マシャエルはよろめき、倒れ込んだ。

「マシャエル様!」

「大丈夫ですか!」

 心配する観客たちに、マシャエルは澄んだ声で言った。

「みんなの血がきれいになって、僕も嬉しいよ。だから・・・」

 マシャエルは、ゆらりと顔を上げた。両目からは瞳が消えて白一色となり、顔には赤い紋章が浮かび上がっていた。

「安心して死んでおくれ!」

 マシャエルは両手の指で六本の注射器を構えた。彼の慄然たる変貌に、今の今まで彼を褒め称えていた観客たちは阿鼻叫喚、我先に逃げ出した。

「ひいぃ化け物!」

「助けてくれ!」


 権守は叫んだ。

「マシャエル!正気に戻って!」

 その声はマシャエルに届かなかった。

「血を・・・僕に血をくれ!」

 マシャエルの不思議な力で、注射針は鞭のように伸び、観客たちに迫った。今からゼットガンを抜いてももう遅い。あわや大惨事と思ったそのとき。天井より振り下ろされた大いなる刃がギロチンの如く、一撃で注射針を全て切り落としたのだ。

「ゼゼール騎士の心得、其の四。仲間の後ろの目となるべし」

 ゼンゼは剣を構え、かく呟いた。


「血が、血が飲みたいんだよ・・・邪魔をするな!」

 マシャエルは超能力で客席を浮かせ、ゼンゼに投げつけた。

「死んで!死んでっ!死んでくれぇ!」

 次々と飛んでくる椅子を、ゼンゼは走りながら躱した。


(かた)ちゃん!」

「先輩、大丈夫ですか!」

 チームゼット隊員たちも駆けつけ、マシャエルを撃った。しかし、全てのエネルギー弾を、ゼンゼが剣で跳ね返してしまった。

「今は手を出さないでくれたまえ!」

 そう言ったゼンゼに生じた隙を見逃さず、マシャエルは超能力で電線を操ってゼンゼの首を締め上げた。ゼンゼの体は宙に浮き、苦しみ喘いだ。


 茫然自失、ゼットガンを構えることも忘れて立ち尽くす権守に、衣笠は言った。

「ゼンゼ君は君の決意を待っているのだ」

 権守は力強く涙を拭うと、ゼットガンを構え、マシャエルを撃った。マシャエルは体勢を崩し、ゼンゼは開放された。


 ゼンゼは権守を見、力強く頷いた。彼はすっくと立ち上がり、善然剣(ゼンゼフェル)の柄を両手で持ち、切っ先を上に向けた。そして、鍔の中央の宝珠を押し込んだ。刀身は青く光り、折りたたまれていた鍔が展開し、内部の記憶装置に記録されている魔法陣を、ゼンゼの足元に投影した。ゼンゼの体を、甲冑の形をした光の筋が包みこみ、両目が金色に光った。足元の魔法陣から、神秘の液体金属ゼルメタルが出現し、光の筋に沿って上昇、彼の肉体と融合していった。顔を除く全身がゼルメタルと融合したとき、彼の舌は鮮烈なるゼゼール語を紡いだ。


"Zenzen"


 ゼルメタルは急激に凝固、赤地に金色の、竜を思わせる甲冑となった。そして、頭部を覆う兜が変形し、彼の顔を覆い隠すことで、変身魔法「ゼンゼン」が完了したのだ。


 マシャエルは獣の雄叫びを上げ、ゼンゼに踊りかかった。ゼンゼの振り下ろした剣をひょいと躱し、その背後に回り込むと、両手をかざしてゼンゼの体に電撃を打ち込んだ。

"Ze!"

 ゼンゼは少しよろめいたが、すぐに体勢を立て直した。

 チームゼットは、エネルギー弾を四方から浴びせたが、マシャエルは飛び上がってそれを躱すと、両手から電撃を放った。

「散開!」

 四人は同時に飛び退り、電撃を避けた。だが、権守は躱しそこねて、電撃を肩に受けてしまった。

「ああっ!」

 彼女は悲鳴を上げた。


 その瞬間、マシャエルに一瞬の隙が生じた。その刹那を逃さず、剣豪ゼンゼは剣の宝珠を回転させながら一気に間合いに踏み込んだ。

"Zenzen-fan"

 マシャエルはすぐに我に返って身を翻したが、ゼルメタルの刃はあやまたずマシャエルの翅を切り落とした。マシャエルは地に落ちた。


「権守・・・語子・・・」

 マシャエルは息も絶え絶えに、権守の名を呼んだ。

「マシャエル・・・」

「ごめん。本当にごめん。だけど僕は、もう・・・」

 マシャエルはよろめきながら立ち上がった。

「元の体に、戻れないんだー!」

 マシャエルの激情が地を揺らし、ドームの壁を崩壊させた。


「退避!」

 五人は急いでドームから出た。


 崩れ去ったドームの中から、巨大化したマシャエルが立ち上がった。

「グオォ・・・」


 衣笠はゼットフォンを操作し、声を送った。

「ゼットマシン、発進!」


 ゼットフクイのハッチが開き、三機のゼットマシンが自動で出撃した。現場に到着すると、唐井はゼットタンバに、衣笠はゼットサツマに、権守はゼットフタバに乗り込み、ステッキモードのゼットフォンを操縦桿に接続してOSを起動した。山田は退避して管制に回った。ゼンゼもまた、相棒たる巨神ゼンゼイジンに乗り込んだ。

「絶斗合体!」

 チームゼットの四人が同時に合体コールを発令し、三機は合体してゼットロボとなった。


 ゼットロボはマシャエルに殴りかかった。マシャエルは巨体に似合わぬ俊敏さでこれを躱し、ゼットロボは勢い余ってゼンゼイジンに衝突した。

 もつれあう二体の巨神に、マシャエルは両目から電撃を放った。ゼンゼイジンは咄嗟に剣を構え、これを避雷針代わりにして電撃を受け止めた。

「グァォ!」

 マシャエルは電圧を上げた。さしものゼンゼイジンも耐えきれず吹き飛び、電撃を受けたビルに火が点いた。

「いかん!」

 ゼットロボは、左腕を構成するゼットフタバの口から放水し、火を消した。

「今の放水で貯水タンクは空になりました!」

 権守の報告を聞き、衣笠の額に冷や汗が伝った。

 そのとき、権守はあることを思いついた。

「隊長、私に考えがあります。単独行動の許可を」

「やれるか?」

「必ず」

 衣笠は権守の決意を信じた。

「よし。ゼットロボ、分離!」

 ゼットロボは再び三機のゼットマシンに分離した。ゼットフタバは飛行し、マシャエルの周囲を飛んで翻弄した。マシャエルが攻撃しようとしたとき、ゼットフタバは急旋回し、海へと飛び込んだ。

 マシャエルも追って海に足を踏み入れ、ゼットフタバを探した。

 突如、ゼットフタバが海から飛び出、権守の熟練の操縦技術により瞬時に遊泳エンジンから飛行エンジンに切り替わり、空を飛んだ。

「こっちよ!」

「グオォ・・・!」

 マシャエルはゼットフタバめがけて、目から電撃を放った。その瞬間を見逃さず、ゼットフタバはたっぷり溜め込んだ海水をマシャエルに浴びせた。全身ずぶ濡れのマシャエルは自らの電撃で感電した。

「ウガガガガ!」


 ゼットフタバのコクピットに、ゼンゼの声が鳴り響いた。

「権守。ゼンゼイジンの力を使いたまえ!」

「わかったわ!」

 権守はコンソールを操作し、武装コマンドを発令した。

「激流武装!」

『武装コマンド受理。武装シークエンスを開始します』

 ゼットフタバのコクピット内に電子音声が流れた。

 ゼンゼはゼゼール語でゼンゼイジンに命じた。

"Zenzeizin, praujenema"

 ゼンゼイジンの左腕に外装されているゼルメタル製の人工筋肉が離脱して、ジョイントが露出、そこにゼットフタバが合体し、離脱した人工筋肉がゼットフタバのドリルの基部に結合した。後頭部に収められていた装飾が展開し、頭部を覆った。

『武装シークエンス完了。システム・オール・グリーン。完成、ゼンゼイジンドリラー』

 青と金との優雅な巨神、ゼンゼイジンドリラーは、左腕に備わる古代の槍を思わせるドリルを下段に構えた。

 ゼンゼから通信が入った。

「主導権を君に委ねる。私は補佐に回る」

「いいの?」

「君を信頼する」


 朱い夕日の中、マシャエルの影がゆらりと立ち上がった。

「マシャエル・・・」

「グガァー!」

 マシャエルは咆哮した。口の中には牙が生え、その先端に小さな稲妻がばちばちと閃いていた。もはや天使などではなく、理性を失った怪獣であった。


 マシャエルとゼンゼイジンドリラーは同時に駆け出した。権守はコンソールを操作し、ドリルを高速回転させた。

 ゼンゼは剣の宝珠を二回転させ、力強く言った。

「ゼンゼイジンドリラー、清流つむじ穿孔」

 マシャエルとすれ違う瞬間、権守は操縦桿を一気に押し倒した。

「うおおー!」


 沈みゆく赤き偉大なる天体の中を、二つの巨影が交差した。二者は背を向けたまま、しばし静止した。

 やがて、勝敗は決した。敗者の命とともに激しく爆ぜたる飛沫と閃光を背に力強く立つ者は、大いなる水の覇者、ゼンゼイジンドリラーであった。



 戦いを終えた権守は、夕暮れ時の東京湾を見つめていた。今後、赤く染まった海原を見る度に思い出すだろう。誰知らずとも我知る、優しい心を持っていたマシャエル。そして、血に汚れてゆく彼を止められなかった己の無力。

 背後に人の気配がある。それが誰か、振り返らずとも分かる。その人は、権守にかける言葉を探し、ついに探し出すことができず、踵を返したようだった。

「待って」

 立ち止まった彼の背に向かって、権守は言葉を投げかけた。

「私は彼を信じた。そして・・・その結果、多くの人を危険に晒してしまった。それなのに、私は信じるべきあなたを信じなかった。本当に・・・ごめんなさい」

 頭を垂れる権守に、ゼンゼはためらいがちに言った。

「君は私を警戒することで、君の仲間たちの後ろの目となった。そして今度の事件では、私やチームゼットの仲間が君の後ろの目となった。それが『共に戦う』ということなのかもしれない」

「ゼンゼ・・・」

 ゼンゼは権守の目をしかと見た。

「君は私を信じ、ゼットフタバを預けてくれた。だから私も君にゼンゼイジンを預けられた。私にとってそれは大きな意味のあることだ」

 その言葉は、慙愧の念に苛まれる権守の心に、いくらかの救いをもたらした。彼女は、心からの言葉を口にした。

「ありがとう」

「その言葉は、是非ともチームゼットの仲間たちに言ってくれたまえ」

 ゼンゼはそう言って、今度こそ立ち去った。



 日本は危機に瀕している。その守り人に要される覚悟は尋常ならざるものだ。ときには揺らぐこともあるだろう。しかし、彼らはその度ごとに決意を堅くし、より強い意志をもって次なる戦場に身を投じるのである。戦え、チームゼット。戦え、善然戦士ゼンゼ。戦いはなおも続くのだ。



 つづく

次回「敵は誰」に御期待下さい。

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