エピソード2-②
衣笠の説得の末、黒坂はセーフハウスに保護されることとなった。警察組織はチームゼットと連携して警備に当たった。誰もが、素肌を装甲で覆い隠していた。黒坂のいる部屋の前には衣笠と権守が常駐し、万一のときはヘケメラベを迎撃するのだ。
陽の傾く頃、ゼットフォンの着信音が鳴った。パトロール中の唐井と山田からだった。
「四ノ宮養鶏場がやられました。人的被害が出なかったのは不幸中の幸いです」
「わかった。至急セーフハウスに来てくれ。道中、敵襲に十分注意するように」
「了解」
通話を切ってから、衣笠はゼットフォンの軍用地図アプリを起動した。これまでヘケメラベが出没した地点が赤い✕印でマークされ、直線で結ばれていた。衣笠はそこに四ノ宮養鶏場を追加した。果たして、線はセーフハウスの方に曲がった。
「奴は何らかの方法で黒坂さんを探知し、こちらに向かっている。戦闘に備えろ!」
「了解」
その会話を、黒坂は部屋の中から聞いていた。緊張と疲弊は正常な判断を遠ざける。彼女の思考は良からぬ方に傾いていった。
夜の帳が下りた頃、警察犬の咆哮が静寂を破った。
「攻めてきたぞ!」
「撃て!撃てーっ!」
拳銃が一斉に火を吹いた。一瞬の閃光が、以前にも増して醜怪な敵の姿を照らした。
「肌に触れられるな!同化されるぞ!」
敵は銃弾をその身に受けながら、なおも怯まず、警官隊の頭上を軽々と飛び越えた。
黒坂の部屋の扉を守るチームゼットに連絡が入った。
「敵はセーフハウスの裏手に向かった模様!」
「何だって?敵の狙いは黒坂さんじゃなかったのか?」
そう言いさして、衣笠ははたと気付いた。黒坂は本当に部屋の中にいるのか。
衣笠はドアを叩いた。
「黒坂さん!黒坂さん!」
返事はなかった。扉を開くと、中には誰もいず、窓が開け放たれていた。
黒坂はセーフハウスを抜け出し、闇に閉ざされた山中の車道をふらふらと歩いていた。
「ぶろろろろろろろろ・・・」
不気味な声が聞こえたと思うと、彼女の行く手に、巨大な肉塊のようなものが立ちはだかった。見上げるほど大きな脅威を前に、黒坂は驚き、のけぞったが、努めて平静を保った。
「あ、あなたの狙いは私なんでしょ。私を同化したら、他の人には手を出さないでくれる?」
「んろっ、ぐぶるろろ・・・」
それは黒坂の耳に肯定と聞こえた。彼女は両の瞼を静かに閉じて、運命に身を委ねた。敵は不気味な青白い光を放ち、一対の触腕を、しゅるしゅると彼女に向かって伸ばした。
次の瞬間、鋭い音とともに、ヘケメラベの触腕は何者かに弾き飛ばされた。驚いて開けた目に映ったのは、剣を握りしめたゼンゼの広い背中であった。
警官隊とチームゼットの隊員たちも駆けつけた。警官隊に四方から白色LEDの光を浴びせられ、そのおぞましい姿がようやく露わになった。六メートルはあろうかという巨大な内臓のような肉塊に、血管が脈打ち、取り込まれた生き物の体組織がいくつもへばりついていた。慄然たる変異を遂げたヘケメラベの姿であった。
チームゼットはヘケメラベにエネルギー弾を浴びせた。だが、以前とは打って変わって、エネルギー弾は効かなかった。
「前より強くなってる!」
「黒坂さんに近寄らせるな!」
「私なんかを守らないでください!私が同化されれば、全て終わるんでしょ!」
懇願する黒坂に、ゼンゼが言った。
「敵の体をよく見たまえ」
ヘケメラベの体には、白衣やスーツが食い込んでおり、そこには必ず、灰色に変じた人間の手足がはりついていた。海洋学研究センターの職員たちの成れの果てであった。
「み、皆さん・・・」
「やつは君自身を必要としているわけじゃない。生きているものなら、何でも同化して体の一部にしてしまう。人それぞれの個性も、歩んできた人生も、やつにとっては何の価値もないのだ」
恐怖に震える黒坂の目を、ゼンゼはしっかと見据えた。
「これが死だ」
ヘケメラベの触腕が衣笠の体にまきついた。
「隊長!」
「私ごと撃て!」
触腕は彼の自由を奪いながら、ヘルメットを弾き飛ばし、露出した顔面に迫ってきた。触腕は青白い光を放ち、衣笠を同化しおうとした。そのとき、ゼンゼの剣が触腕を切り落とした。
「離れていたまえ」
衣笠はゼンゼの意図を理解し、深く頷くと、チームゼットと警官隊に「退避!」と命じた。
ゼンゼは、愛用の剣「ゼンゼフェル」を抜き放ち、その切っ先を上にして構えると、鍔の中央の宝珠を押し込んだ。刀身は青く光り、折りたたまれていた鍔が展開し、内部の記憶装置に記録されている魔法陣を、ゼンゼの足元に投影した。ゼンゼの体を、甲冑の形をした光の筋が包みこみ、両目からは瞳が消えて金色に光った。足元の魔法陣から、神秘の液体金属ゼルメタルが出現し、光の筋に沿って上昇、彼の肉体と融合していった。顔を除く全身がゼルメタルと融合したとき、彼はゼゼール語で短い呪文を詠唱した。
"Zenzen"
その呪文を合図に、ゼルメタルは急激に凝固、赤地に金色の竜を思わせる甲冑となった。そして、頭部を覆う兜が変形し、彼の顔を覆い隠すことで、変身魔法「ゼンゼン」が完了したのだ。
ゼンゼは剣を構えたかと思うと、すぐに鞘に収めてしまった。彼はヘケメラベにつかつかと歩みをすすめると、飛んできたヘケメラベの触腕を手刀で払い除けた。
「死は、容赦なく人間を踏み潰す!命も、尊厳も!」
次々迫りくるヘケメラベの青白く光る触腕をアッパーパンチで払い、手刀で切り裂き、隙を見ては正拳突きを打ち込んだ。
「死に身を任せてはいけない!死と戦わねばならない!」
ヘケメラベの触腕がゼンゼの体を絡め取った。触腕は不気味な光りを放ちながらゼンゼを同化しようとした。だが、ゼルメタルと一体化したことで超人的な筋力を得たゼンゼにとって、ヘケメラベの触腕など物の端でもない。
"Zei!"
ゼンゼはいともたやすく触腕を引きちぎった。同化されかけて歪んだ甲冑は、すぐに元通りになった。
一難去ったのも束の間、ヘケメラベの奥の手が矢のように飛んだ。それは同化された鶏たちの羽が合わさり、鋭い鉤爪を備えたものだった。間一髪、ゼンゼは地を蹴り、高々と飛び上がってヘケメラベの図体に飛び乗り、その背に拳を叩き込んだ。その度に青白く発光して変形するヘケメラベの皮膚を見て、衣笠は快哉を叫んだ。
「なるほど!ヘケメラベは肉弾戦になると同化準備状態になって無防備になるんだ!銃や剣で攻撃すると、奴は耐性を得てしまう。彼は敵の弱点を探るために、敢えて手を出さなかったんだ!」
「そんな・・・彼は、ゼーフェルとしか戦わないんじゃなかったの?」
権守の当然の疑問に、ゼンゼは迫りくるヘケメラベの触腕と格闘しながら言った。
「ゼゼール騎士の心得、其の八!助けを求める声あらば、必ず駆けつけるべし!」
衣笠は、ゼンゼに向かって叫んだ。
「私達も同じだ!ゼーフェルだろうが怪獣だろうが、人の命を奪う存在を、私達は放っておかない!」
ゼンゼはヘケメラベの触腕を躱して宙返りし、地に降り立つと、腰の鞘に収まっている剣の宝珠を回転させた。ゼンゼの精神力はポテンシャルエネルギーに変換され、余剰エネルギーを赤い閃光として放出しながら、彼の腕から胴、ついには右足にまで充填されていった。
"Zenzen-Razatom-Qen"
彼は振り向きざまに、ヘケメラベに強烈な回し蹴りを加えた。その巨体は軽々と飛び、壁に叩きつけられ、動かなくなった。
呆然と見つめる黒坂に、ゼンゼは背中で言葉をかけた。
「死ぬな。命ある限り」
彼はチームゼットの面々を見渡し、相変わらずのぶっきらぼうな口調で言った。
「私は君たちの仲間ではない。だが、君たちは私と同じ心を持つ騎士だ。そのことを認めよう」
そのとき、聞き覚えのある不気味な啼き声が聞こえた。
「ゼッ!ゼッ!」
下級ゼーフェルたちであった。
彼らの背後から、倒したと思われていたヘケメラベの触腕が迫り、下級ゼーフェルはたちまちのうちにからめとられてしまった。
「ぶろろるる・・・」
「ゼッ・・・!」
「ゼッ・・・」
チームゼットは目を瞠って驚いた。
「ゼーフェルを同化しているというのか!」
ヘケメラベは下級ゼーフェルたちを吸収し、再び力を得てチームゼットに襲いかかろうとした。だが、その体に異変が起きて苦しみはじめた。
「ぶろろろろう!」
ヘケメラベの体は歪曲しながら巨大化した。ヘケメラベは木々を蹂躙し、ゼンゼとチームゼットを見下ろした。
衣笠はゼットフォンでゼットフクイのメインコンピューターにアクセスし、命令を与えた。
「ゼットマシン、発進!」
ゼンゼは剣を掲げ、ゼンゼイジンを呼んだ。
"Nai, Zenzeizin"
黄金の竜ゼンゼイジンは即座に現れた。ゼンゼイジンのコクピットに乗り込んだゼンゼは、続けて命じた。
"Lel"
ゼンゼイジンは変形し、巨神になった。
ゼットマシンに乗り込んだ衣笠、唐井、権守は、声を合わせた。
「絶斗合体!」
三機のゼットマシンは合体し、ゼットロボとなった。
二体の巨大な勇者は、木々生い茂る山肌を踏みしめ、姿の見えぬ敵を探した。耳を研ぎ澄ませど、聞こえるのはただ漁村を行き交う車の走る音と、遠い漣の音のみ。
突如、ゼンゼイジンは背後に迫る捕食者の気配を察知した。
「上だ!」
振り上げた拳に巻き付いたのは、空から迫る恐怖の触腕であった。四枚の翼の生えた巨大ヘケメラベは、ゼンゼイジンの頭上を飛び回りながら、触手を通してゼンゼイジンの体液――その巨体を駆け巡る液体ゼルメタル――を吸った。
衣笠は命じた。
「必殺技を放つぞ!」
だが、ゼンゼはすぐに制した。
「駄目だ。下手に攻撃しても、こいつを強化させるだけだ」
「だが!」
ヘケメラベの触腕がゼットロボにも迫った。
「分離!」
ゼットロボは即座に三機のゼットマシンに分離し、触腕を躱した。
「危機一髪ね」
「でも、これじゃ手の付けようが・・・」
ゼンゼイジンは弱り、ついによろよろと倒れ込んでしまった。
"Lel nai."
ゼンゼは懸命に呼びかけたが、ゼンゼイジンは活力を失っていた。ゼンゼはコクピットから剣を投げた。
"Prid zai."
巨大化した剣を、ゼンゼイジンは左手で受け止め、これを使って右手を切り落とした。液体ゼルメタルが血しぶきのように迸った。
ゼンゼイジンは力を振り絞り、辛くも立ち上がると、ゼットサツマの方を見た。
「衣笠隊長、力を貸してもらいたい」
「どうすればいい」
「少し失礼する」
ゼンゼイジンの目から光が放射され、ゼットサツマの赤い機体を灼たかに照らした。ゼットサツマのOSはたちどころに乗っ取られ、コンソール一面に "SYSTEM HACKED!" と警告が表示された。
ゼンゼは剣を再び小型化させ、コクピットに戻した。
「隊長、武装を承認してくれ」
ゼットサツマのコンソールに『天空武装』と表示された。衣笠は事態を飲み込めぬまま武装コマンドを発令した。
「天空武装!」
ゼットサツマは合体待機状態に変形した。
ゼンゼは剣を掲げ、ゼゼール語で高らかに命じた。
"Praujenema."
ゼンゼの命令に応じて、ゼンゼイジンの上半身の装甲が変形し、背中に移動、そこにゼットサツマが合体した。接合部を通してゼットサツマの燃料がゼンゼイジンと共有され、ゼンゼイジンは活力を取り戻し、先程切り落とした右手も再生した。そして、後頭部に収められていた装飾が展開し、頭部の印象を大きく変えた。
「何だこれは!」
驚く衣笠に、ゼンゼは言った。
「しばしゼットサツマの力をお借りする」
ゼンゼイジンの新たな姿を見て山田が興奮せぬ由縁はない。
「うおー!やっぱり合体できるんだ!強そーう!」
彼女は、ゼットフォンからゼットサツマのスピーカーを通して言葉を送った。
「おいゼンゼ!ゼットマシンの母親は僕だ。命名権はもらうぞ!『ゼンゼイジンカッター』だ!」
「いいだろう」
雲間から差した月明かりに照らされて赤き勇姿を現したゼンゼイジンカッターは、ゼットサツマの翼を広げ、星満つる夜空に飛び立った。
空飛ぶヘケメラベに、ゼンゼイジンカッターが迫った。ヘケメラベの蛇のような触腕が繰り出された。赤き両翼は大空を意のままに操り、その縁に備わる刃で、矢継ぎ早に迫りくる触腕を切り落としていった。
「ゼンゼ君、きりが無いぞ!」
「一気に焼き払う」
ゼンゼは剣の宝珠を二回転させた。ゼットサツマのエンジンが火を吹いた。
「ゼンゼイジンカッター・空中煉獄斬り」
ゼンゼイジンカッターは回転しながらヘケメラベに体当りし、火を点けると同時に、羽の刃でそのぶよぶよした体組織を切り裂いた。
「ぶららららあ・・・」
ヘケメラベは燃え上がった。着地したゼンゼイジンカッターがすっくと立ち上がると同時に、その背後で、ヘケメラベが爆発した。待ち構えていたゼットフタバが放水し、火を消した。
「必殺技の命名権取られたー!」
山田は悔しがったが、すぐに
「ま、格好いいからいっか」
と開き直り、黒坂を敵に見立てて、空中煉獄斬りの真似をして少年のようにはしゃいだ。黒坂にも自然に笑みが伝播した。
後日、ゼットフクイの事務室で、衣笠、唐井、権守はスピーカーの前で姿勢を正し、怪獣対策室室長の言葉を直々に頂戴した。
ヴォイスチェンジの掛かった、低い男の声が厳粛に決定を伝えた。
「謎の男ゼンゼの処遇について、怪獣対策室の決定を伝える。ゼンゼについて、警戒レベルを『要注意』とする。引き続き警戒を怠らず、十分な注意の上で協力体制を取り、連携してゼーフェルや怪獣の対処に当たれ。以上」
権守はこの決定に不服だった。
「上は一体何を考えてるんでしょう」
衣笠は敢えて何も答えなかった。
そこに山田が入ってきた。
「ゼットマシンのOSのアップグレード、やっと完了しました!」
権守は「ご苦労様」と声を掛けた。
「本当に苦労しましたよ、今回の事件は。ま、飲み友達もできたし、結果オーライか」
そう言って山田はゼットフォンの待ち受け画面を見せた。そこには、意気投合した黒坂と山田が楽しげな面持ちで共に写っていた。
一方ゼンゼは、回収しおえたヘケメラベの遺灰を海に撒き、黙祷を捧げていた。同化された人々よ、家畜たちよ、そしていかなる災いか凶暴化してしまった奇殖怪獣ヘケメラベよ。せめて水底で静かに眠れ。
白銀色に輝く大海原を前に、ゼンゼは平和への切望を新たにした。
日本は危機に瀕している。迫り来る強敵から人々を守るため、戦え、チームゼット。戦え、善然戦士ゼンゼ。戦いは始まったばかりなのだ。
つづく
次回「あなたの血、清めます」に御期待下さい。