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善然戦士ゼンゼ・小説版  作者: 坂本小見山
エピソード2「融合するもの」
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エピソード2-①

―エピソード2「融合するもの」―



 日出づる国、日本。渺茫たる群青の環濠は古より限りない恵みをもたらし、また一方では災いをももたらしてきた。太平洋沖の人工島に所在する城南大学海洋学研究センターでは、津波や海洋怪獣の被害から人々を守るべく、優秀な研究員たちが住み込みで研究に勤しんでいるのだ。

 研究室にて、若い女性研究員が二枚の資料をスクリーンに映した。

「これが一週間前に観測した海底山脈。そして、これが今日の海底山脈」

 所長は神妙な面持ちで二枚を見比べた。

「等高線の位置がずれたような・・・」

「私もそう考え、コンピューターに解析させたところ、ソナーの反響定位が人為的に偽装されていることが判りました」

「何者かが潜んでいるというのか」

「その可能性が高いです」

「すぐ国防省に報告を」

「解りました」

 そこに、冴えない女性研究員が入ってきた。

「お茶を持ってきました」

 そう言った直後、彼女は電線に足を引っ掛けて転んでしまった。茶碗は割れ、茶が精密機械に掛かり、壊してしまった。

「ちょっと黒坂(くろさか)さん、気を付けなさいよ!」

「申し訳ございません」

「私達は国土の安全を担っているの。迷惑ばかりかけないでくれる!」

 叱責する若い女性研究員を、所長が制した。

「黒坂なんかに構うな。それより国防相に報告だ」

「はい」

 そのとき、研究センター全体が振動し、警報音が鳴り響いた。

〈人工島基底部が破損。修復してください〉

「やれやれ・・・」

 研究員たちは基底部に向かった。黒坂も向かおうとしたが、所長に止められた。

「君は邪魔だ。割れた茶碗の片付けでもしておけ」

「は、はい!」


 このとき、誰が知りえただろう。この些細な事故が、慄然たる惨劇の幕開けであったということを。



 所変わって、夜の東京郊外で激戦が繰り広げられていた。異国の衣装に身を包んだ若い剣士が、一どきに三体の下級ゼーフェルと鎬を削っていたのだ。彼の背後から、鋭い鉤爪がその項を掻き切らんと振り下ろされた。剣士は振り向きもせずそれを刀身で受け止め、前から来る敵に重い蹴りを加えた。彼は振り向きざまに背後の敵を斬り捨てると、続けざまにもう一体を斬り倒し、先程蹴飛ばした一体に剣を突き刺した。三体の下級ゼーフェルは同時に爆発した。


 チームゼットの衣笠(きぬがさ)(ひかる)隊長、権守(ごんのかみ)語子(かたるこ)隊員、唐井(からい)(まつ)隊員の三人が到着したとき、まさに勝者の白刃は鞘に収まった。

「ゼンゼ君!」

 そう言って駆け寄る衣笠隊長を一顧だにせず、ゼンゼは冷然と言った。

「ゼーフェルは全て斬った。ここに君たちの仕事はない」

 唐井は、ゼンゼの腕から血が流れていることに気付いた。

「怪我してるじゃないか」

「この程度の傷、ゼルメタルの力で癒やせる」

 衣笠隊長は言った。

「いかにゼルメタルの力でも、死から蘇生することはできんだろう」

 ゼンゼは衣笠を睨んだ。

「何が言いたい」

「手を組まないか、ゼンゼ君。敵は同じだ」

「ゼゼール騎士は、師から弟子へ、ゼーフェル退治の技術を四百年以上受け継ぎ、研ぎ澄ましてきた。君たちの言葉を借りればプロだ。プロとして、素人を巻き込むことなどできない。その代わり、君たちが専門とする怪獣退治に、私は関与しない」

 ゼンゼはそれだけ言うと踵を返し、立ち去った。


 そのとき、衣笠のゼットフォンに通信が入った。画面には「怪獣対策室室長」と表示されていた。

「はい、衣笠。・・・了解。急行します」

 電話を切ると、衣笠は隊員たちに言った。

「海洋学研究センターから、何者かに襲撃されたと救難信号が入った。直ちに向かう」

「了解」



 権守の操縦するゼットフタバで海洋学研究センターに到着したチームゼットは、ゼットガンを構えたまま、敵と生存者の探索を同時に行った。センター内は静まり返り、人の気配は無かった。唐井はゼットフォンの生命探知アプリを確認しながら言った。

「会議室に生命反応あり」

「二人共、警戒を怠るな」

「了解」

 四人は会議室のドアを、敵との遭遇に警戒しながら開けた。

「ひっ!」

 声を上げたのは、あの黒坂研究員だった。衣笠は彼女に駆け寄った。

「研究員の方ですか」

「は、はい。あなた方は、チームゼット・・・?」

「そうです」

 黒坂はほっと胸を撫で下ろした。

「他に生存者は?」

「わ、分かりません・・・。大きな揺れがあって、みんな出ていって、私一人だけここに残って・・・」

「我々があなたを安全な場所に送り届けます。お話はまた後ほど」

 三人は黒坂を保護し、ゼットフタバで撤収した。



 本部ゼットフクイに帰投した唐井は、格納庫の隅であぐらをかいて座り込む山田(やまだ)健美(たけみ)を見つけた。彼女は難しい表情でゼットフォンの画面を見つめていた。

「健美」

「あ、(まっ)くん。おかえり」

「どうしたんだ?難しい顔して」

「一般人の撮影したゼンゼイジンの動画を見てたんだけどさ、あいつ、ゼットマシンの変形機構だけじゃなく、各部のジョイントまで模倣してるっぽいんだよね。もし規格が合うなら、ゼットマシンと合体することもできそうじゃない?」

「さすがに内部構造まではコピーできてないんじゃない?」

「常識ではね。でも、相手は常識を超えたテクノロジーで生み出されたゼルメタルの巨神だ。何があっても不思議じゃないよ」

 山田は期待に胸を膨らませて言った。



 その夜、付近の漁村からチームゼットに通報があった。怪物が出没し、駆除に出てきた地元の消防団が反撃に遭っていると言うのだ。

 チームゼットが到着したとき、漁村はパニックの渦中にあった。そしてその中央には、闇に蠢く二メートルほどの影が見えた。チームゼットは村民たちに避難を呼びかけ、敵にゼットガンを向けた。

「止まれ!」

 呼びかけを無視し、敵はこちらに突進してきた。

「散開!」

 衣笠隊長の指示に従い、四人は散開し、敵は反対側に突き抜けた。

「撃て!」

 エネルギー弾を受け、敵は「ぐろろるう・・・」と啼いて苦しんだ。暗がりの中でよく見えなかったが、人ならざる怪物であることは明らかだった。

「何なんだこいつは!」

 怪物はぐちゃぐちゃと音を立てて変形し、銃創をみるみる治癒させた。雲間から差し込んだ月光が、その体から突き出た人間の手足と思しきものを照らし出した。それを見て、山田は何かに気付いたように叫んだ。

「敵に触れないで!」

 三人は、触ろうとしてくる敵の手足を躱しながら射撃を繰り返した。だが、先程よりも銃が効きにくくなっているようだった。


 そこに、ゼンゼが駆けつけた。

「あっ、ゼンゼ!」

 ゼンゼは剣を抜き、変身魔法「ゼンゼン」を発動しようとした。だが、敵を見つめて、ふと考えが変わったように剣を鞘に収めてしまった。

 唐井は声を上げた。

「見てないであんたも加勢してくれ!」

「あんなやつに頼るな!」

 権守に叱責され、唐井は敵に集中した。衣笠の命令が迸る。

「頭部に一点集中攻撃!」

「了解!」

 四人は敵の頭部に同時にエネルギー弾を浴びせた。

「ぶるぶろるろぶろ・・・!」

 敵は悶絶し、口から液体を吐いた。液体は地面を溶かし、空いた穴に敵は逃げ込んだ。穴は瞬く間に塞がれてしまった。

「くっ、逃がしたか!」

 振り返ると、ゼンゼの姿も既に無かった。

「あいつめ、ほんとにゼーフェル絡みの事件以外はノータッチを決め込むつもりなのか」

 唐井は失望を露にした。

「あんな得体の知れない男に頼らず、私達の手で怪獣を倒さなきゃ」

 権守は唐井を激励した。



 翌日、ゼットフクイの会議室で、山田健美が見解を述べた。敵は「ヘケメラベ」なる生物に似ているというのだ。

「ヘケ・・・何だって?」

「ヘケメラベです。学名 "Coalitor japonicus"。一つの種で奇殖動物門を構成するんですから、ツチブタも真っ青の珍獣中の珍獣です」

 山田がゼットフォンを操作すると、メインスクリーンに潜水艦から撮影された小さな生物のモノクロ写真が映し出された。昨夜の怪物とはあまり似ていないようだった。

「接触した別の生物の体組織と癒着して自分の身体の一部にしてしまう『奇殖』という生態を持っています。これにより、彼らは栄養補給と成長を同時に行うことができるんです」

「そんなものが日本にいるとは」

「本来ヘケメラベは海底でしか生きられません。それに、ある程度成長すると分裂するので、最大でも二センチ程にしかならないはずです。昨日の個体は、未知の新種か、あるいは突然変異か。いずれにしても、あの個体は既に人間を同化しています。早く倒さないと、やばすぎることになります」



 山田の言の如く、第三の事件は間もなく起きた。海岸から遠く離れた牧場で、肉牛たちが忽然と姿を消したのだ。

「魔の手がじりじりと迫ってるわね・・・」

 権守は不安を露にした。

「うむ。まるで何かを目指しているような・・・」

 衣笠は広域地図を広げ、マーカーペンで✕印を付けていった。

「海洋学研究センター、漁村、牧場。その先にあるのは・・・城南大学のキャンパスか」

 衣笠は、にわかに慄然とした。

「黒坂さんの所在は?」

 権守は答えた。

「まさにそのキャンパスです。まさか、敵は仕留め残った彼女を・・・!」

「あるいはそうかもしれん。唐井三尉はアポイントを取ってくれ。セーフハウスの手配も頼む。山田一尉は私と共に城南大学に来てくれ」

「了解」


 衣笠と権守は城南大学に向かった。海洋学の研究室棟に入ると、怒号が聞こえてきた。

「じゃあ誰がデータを消したんだ!邪魔するんなら出ていけ!」

 そこには、平生の粗忽から教授に大喝される黒坂の姿があった。教授は衣笠の姿を見留めると、軽く会釈した。

「お見苦しいところを」

「いえ。今日は黒坂さんにお話があって参りました」

「もしや、何かご迷惑を・・・」

「いえいえ、そういったことではありません。先日の事件に関して大切なお話がありまして」


 衣笠は黒坂を棟の外に連れ出し、仔細を話した。

「ヘケメラベというと、他の生き物とくっつくあれですか」

 山田は食いついた。

「ですです。何らかの理由で分裂能力を失って凶暴化し、あなたを追っていると思われます。何か心当たりは」

「何も。だって、私は遭遇すらしていないんです」

 衣笠は言った。

「ヘケメラベはあの場に居合わせた全員を取り込もうとしているのかもしれません。ここにいては危険です。警察のセーフハウスに避難しましょう」

 黒坂は俯いた。

「避難する必要なんて、あるんでしょうか」

「え・・・?」

 黒坂は視線を漫然と彼方に投げた。

「たとえ人間じゃなくても、存在価値のない私を必要としてくれるなら、ありがたいことなんじゃないかなって」

 衣笠は語気を強めて言った。

「そんなこと言っちゃいけない。存在価値のない人間なんていません」

「あなたには必要としてくれる人がいるからそんなことが言えるんですよ。私みたいな、迷惑をかけることしかできない人間にとって、怪物と一つになることは、救いかもしれません」

「今はそう考えてしまうかもしれないが、諦めたらどんな可能性も無になってしまう。輝かしい未来も、幸福も、生きていなければ掴めない」

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