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善然戦士ゼンゼ・小説版  作者: 坂本小見山
エピソード1「来訪」
3/17

エピソード1-③

 翌日、手当を終えたチームゼットの隊員たちは作戦室に集合した。衣笠隊長は切り出した。

「被害者は奇跡的に軽傷。現在は病院で療養中だそうだ」

 一同はほっと胸を撫で下ろした。

「諸君、昨夜はご苦労だった。情報を総合しよう。まず山田一尉」

 山田は起立し、資料をスクリーンに映した。

「蜘蛛型怪人とゼンゼが使用していた言語は、膠着語である可能性が極めて高いです。サンプルが少なすぎて統語論的解釈ができる段階ではありませんが、

[ze̞ɰ̃ze̞(ゼンゼ)]、[ze̞ːfe̞l(ゼーフェル)]

という二つの固有名詞が確認されます」

「不明外来怪人改め『ゼーフェル』か。昨夜の怪人は、差詰『スパイダーゼーフェル』と言ったところだな。それを造作もなく討伐した謎の騎士ゼンゼ。良かれ悪しかれ、彼が戦況に与える影響は計り知れない。唐井三尉、君はあの男を知っているような態度をしていたが」

「知っているというか、顔がそっくりなんです。是藤勢太郎という男で、登山部時代の仲間だったのですが、七年前、ヒマラヤ山脈で遭難し、行方不明になりました」

「その彼が生きていた、と」

「俺もにわかには信じられません。あの状況で生きていたなんて。大体、生きていたならいままでどこで何をしていたのか」


 権守が嘴を容れた。

「あるいは、ゼーフェルが、是藤勢太郎さんに化けたのかも」

「先輩は彼をゼーフェルだと思ってるんですか」

「ゼーフェル語で会話していた以上、そう考えるのが妥当よ」

「でも彼は我々を守ってくれました」

「そう見せかけるデモンストレーションじゃないと言い切れる?奴は私達に『ゼーフェルと戦うな』と言ったわ。信頼させて私達の介入を止めさせることが目的だとしたら、辻褄は合うわ」

 唐井は返す言葉を失った。


「ゼンゼを味方と断定するにも敵と断定するにも、我々に与えられている判断材料は少なすぎる。だからこそ最大限に警戒せねばならない」

 衣笠はかく総括した。

「それから、山田一尉。強化計画の進捗はどうだ?」

「あと一歩なんですが、変形機構の強度と、音声入力を受け付けるまでに時間がかかりすぎるという問題がクリアできていません」

「解った。なるべく急いでくれ」



 他方、足柄山地某所の、かつてさる富豪の邸宅であった廃墟に、三人の黒尽くめの怪人物が現れた。一人は若い女、一人は筋肉質な男、一人は長身痩躯の男であった。

邸宅は主を失って久しく、高い天井には無数のコウモリがぶら下がり、シャンデリアには蜘蛛が巣を張っていた。

 三人は円卓を囲んで座った。女が恭しく口を開いた。

「二人共、この国の言語は覚えたな」

「はい」

「この俺の頭脳をもってすれば、日本語など一日でマスターできますわな!」

 女は満足げに頷いた。

「それは何より。早速だが、蜘蛛が騎士に斬られたそうだな」

「核は残っています。復活させますか」

「今はいい。ゼゼール騎士が来訪したからには、熾烈な戦いになるだろう。兵力は温存すべきだ。それより『あの御方』は」

「まだ眠っていらっしゃいます」

「やれやれ、困ったものだ。仕方あるまい、当面は我ら御三家が采配を振るうとしよう」

「我が配下の腕利きが動いております。まずはチームゼットの隊員たちを抹殺し、最終的にはあの騎士をも消し去れるかと」

 筋肉質な男は自信満々にそう言った。



 そこからそう遠く離れていない上空で、小さな輸送会社のヘリコプターが細かな旋回を繰り返していた。積載室で積荷を見張っていた社員が、操縦士に怒鳴った。

「もう少しやさしく飛べねえのか!」

「仕方ねえだろ、コウモリどもが邪魔なんだ!」

「コウモリだって?一万フィートの上空にいるわけねえだろ」

「それがいるんだよ、ほら」

 操縦士の言う通り、無数のコウモリがヘリコプターに群がってきていた。

「な、なんだこりゃ・・・。おい、コウモリの他に何かいるぜ!」

 コウモリたちの中に、ゼーフェルの姿があった。外見は下級ゼーフェルと変わらないが、空を自在に飛び、表情は確かな知性を感じさせた。

 操縦士は救難信号を送った。

「SOS!不明外来怪人に襲われている!この通信を受信した航空機に至急救援を請う!」

 コウモリたちは飛びながらゼーフェルと融合し、頭の異様に大きな人の形になった。それは、凄まじい速さでヘリコプターに迫って飛んできた。

「SOS!外来怪人がコウモリとくっついた!た、助けてくれ!わあぁー!」



 ゼットフクイ作戦室にて、二人の最後の叫びが再生された。衣笠隊長は停止ボタンを押し、チームゼット隊員たちに言った。

「この直後にヘリは墜落し、乗組員は姿を消していた」

「空飛ぶゼーフェルですか・・・」

 唐井がつぶやいた。

「航空機には注意を呼びかけ、空自にはパトロールの強化を要請した。敵を発見次第、すぐにゼットマシンで出動する。警戒を怠るな」



 一方、山田健美は研究室に籠もり、部下のエンジニアたちと共に忙しなく作業していた。そこに、衣笠隊長が入ってきた。

「見せたいものとは?」

「あ、隊長。スパイダーゼーフェルの糸から、ゼーフェルの体組織を構成する非ニュートン金属が相当量採取できました」

 強化ガラスに囲まれたケージの中央に置かれたビーカーに入った液体金属がそれだった。

「見ていてください」

 山田はマイクに口を近づけると、そっとつぶやいた。

「浮上する」

 すると、液体金属はビーカーから出、空中をぷかぷかと浮いた。

「三角錐に変形する」

 今度は三角錐に変形した。衣笠は驚いた。

「人間の発話に合わせて変化することが確認されました」

「何と言うことだ・・・」

「チベット語の魔導書に、よく似た金属について記録があります」

「それは」

「[zeɹ]と呼ばれる金属です。うちのラボでは『ゼルメタル』と呼んでいます。これをゼットフォンならびにゼットマシンの強化に利用できると考えています」

「危険性は無いのか?」

「ゼルメタルは命令を忠実に実行しますから、安全かつ安定的に運用できるかと」

「よし。早急に進めてくれ」

「了解」



 その夜、唐井は訓練室で、射撃の腕に磨きをかけた。訓練に雑念の払拭を期待したが、撃てば撃つほど、エネルギー弾は的を外すことが多くなっていった。彼の心は過去へと収斂していった。


 思い返せば、エヴェレスト登頂計画を、勢太郎は当初辞退した。

「俺なんかを誘ってくれるのは嬉しいけど、俺は君ほど体力がないから、足手まといになるよ」

「自信を持てよ。体力だけなら俺が勝ってるかもしれないが、君のテクニックは天才的だ。俺は君を尊敬してる。二人で夢を叶えてみないか」

「・・・ありがとう」

 そう言って、勢太郎ははにかみながら、けれども本心からの笑顔を見せてくれた。あのとき、世界は希望に満ちていた。あの吹雪の夜までは。

 勢太郎は、自らも弱りきり、唇にチアノーゼが出ているというのに、助けを呼ぶといって、寒さにがくがく震える脚に鞭打って、洞窟を出ていった。唐井は勢太郎以上に体力を消耗しており、彼を引き止めることはおろか、「行くな」と言うさえままならず、「あうあう」と口を動かすばかりだった。友の背中が闇に消えていくのを、ただ見ていることしかできなかったのだ。

 翌日、彼は通りかかった屈強な黒人の登山家に助けられた。唐井を抱きかかえて下山しようとする彼に、唐井は力を振り絞って言った。

"No… My friend has not come back yet…"

(駄目だ・・・友達がまだ帰ってきてないんです・・・)』

"No one can survive in this blizzard. We must give him up."

(あの吹雪じゃ助かるわけがない。諦めるしかない)』

 登山家が心を鬼にして言っているのがわかった。自分も逆の立場ならそうするだろう。唐井の心は絶望と慙愧の念の黒い海に沈んでいった。テレビやネットのニュースで『少年登山家、ヒマラヤで遭難 一人生還 一人は行方不明』などと書かれた見出しが間断なく目に飛びこんできては、彼の心を苛んだ。あのとき彼を無理に誘わなければ、彼は死なずに済んだのだ。やがて絶望は虚無に、慚愧は自責に変じていった。

 自衛隊に入り、気の合う戦友ができても、山田という心を許した恋人ができても、彼の心に空いた穴が満たされることはなく、また満たされることを自ら拒絶してきた。昨夜までは。

 彼が生きているかもしれない。なるほど、ゼンゼと勢太郎の共通点といえば顔だけだ。気弱だった性格も、服装も、言語さえも、全ては変わり果てた。それでも、あたかも川の上流と下流のように、同じ一つの流れの中に含まれているとするならば、それは同じ命なのだ。その徴のあろうものなら、たとえ芥子粒ほどでも見逃すわけにはいかない・・・。



 誰かの撃ったエネルギー弾が、的の中央を一撃で貫いた。驚いて振り返ると、そこにはゼットガンを構えた衣笠隊長が立っていた。

「銃は手で撃つものじゃない。心で撃つものだ」

「隊長・・・」

「ゼンゼのことが気にかかるか」

 うつむくばかりの唐井に、衣笠は諭すように言った。

「希望に心が揺らぐのはよく解る。だが、常に最悪のケースを想定して動かなければならない。我々は戦士だ」

「肝に、銘じます」

 そのとき、ゼットフォンから通知の音声が鳴った。

『ゼーフェル出現。旅客機が襲撃を受けています。士官は速やかに戦略行動を取ってください』



 四人は格納庫に集結した。

「山田一尉、ゼットマシンは発進できるか」

「ばっちりです!」

「よしきた。チームゼット、出動だ!」

「了解!」


 山田は管制室に入り、三人は、各々の愛機のコクピットに乗り込んだ。ゼットフォンをステッキモードに変形させて操縦桿に差し込むと、OSが起動した。格納庫のハッチが開き、三大ゼットマシンは月光に映えた。


「ゼットサツマ、発進!」

 衣笠が乗る翼竜を思わせる「ゼットサツマ」の赤い翼が展開し、最新鋭のVTOL(ヴイトール)機能で力強く垂直離陸した。


「ゼットフタバ、発進!」

 権守が乗る首長竜を思わせる群青の「ゼットフタバ」は大海原へと進水し、陸上からは見えない海上の領空を監視した。


「ゼットタンバ、発進!」

 唐井が乗る巨大な雷竜を思わせる「ゼットタンバ」は、「ガオーッ!」と雄叫び勇ましく、その銀色の長い首の先にある高画質の全方位カメラで、日本の大空を一時に視野に収めた。


 権守が旅客機の位置を特定した。

「東京湾沖上空に被害旅客機確認。ローリング軸がかなり乱れているようです。座標をリアルタイムで中継します」

「ありがとう。攻撃は私が行う。二人は命令があるまで待機してくれ」

 衣笠のゼットサツマは旋回し、目標地点に急いだ。

 唐井がゼットタンバのOSに音声入力した。

「タンバ、航路を予測しながら隊長に送れるか」

 画面に "YES" と表示された。

「隊長、予測航路を送信します」

「よし」

 ゼットサツマは旅客機に接近した。旅客機の上には蝙蝠型怪人、すなわちバットゼーフェルが張り付き、機体の破壊を進めていた。バットゼーフェルは窓からその奇怪な顔を覗かせた。

 機内では、乗客たちが阿鼻叫喚の様相を呈していた。キャビンアテンダントが声を張り上げた。

「皆様、落ち着いてください!チームゼットが到着したそうです。安心してください!」

 だが、乗客は聞く耳を持たず、我先にバットゼーフェルからなるべく遠い所に逃げた。その様子を見て、バットゼーフェルは楽しそうに

"Leifaume zet muwaga ze…"

 と嘯いた。


 衣笠はゼットサツマのビーム砲を展開し、敵に照準を合わせた。

「食らえ!」

 レーザー光線が発射された。だが、バットゼーフェルは瞬時に身を翻し、躱した。まるで光線の射出を予測していたかのように。

「馬鹿な!ビームを躱しただと?」

 衣笠は機銃掃射モードに変更し、間断なくエネルギー弾を撃った。だが、やはりバットゼーフェルには一発も当たらなかった。

"Zun zelze ödlazän jona!"

 バットゼーフェルは飛びながら、苛立たしげにそう言った。

「なんてすばしっこいんだ!」


 旅客機が千葉県上空に差し掛かったとき、ゼットタンバが勝手に口を開き、電磁砲を露出させた。ゼットタンバの人工知能は過去の作戦から深層学習し、人命救助にとって最善の行動を自動的に算出するのだ。

 権守から通信が入った。

「唐井三尉、命令違反をやめさせなさい!」

「でも・・・」

 そこに衣笠の声が割って入った。

「唐井三尉、タンバの判断を信じるか」

「はい。こいつには考えがあるはずです」

「よし、貴官に任せる」

「はい!」

 唐井は操縦桿を握り、トリガーを引いた。

「タンバ、撃て!」

「ガオーッ!」

 ゼットタンバの口から空中のバットゼーフェルに向けて強力な電撃が放たれた。バットゼーフェルは電撃を察知し、羽ばたいて逃げようとした。それを見て、衣笠はゼットタンバの作戦を理解した。

「そうか!権守、同時攻撃だ!」

「了解!」

 海上のゼットフタバがミサイルを発射し、空中のゼットサツマがレーザー光線を発射した。さしものバットゼーフェルも二方向からの攻撃は防ぎかね、羽に風穴を空けた。飛行能力を失ったバットゼーフェルは旅客機の主翼にしがみつき、這い上がった。

 バットゼーフェルは最大の能力を喪失するという痛手を受けたにもかかわらず、自らの羽に空いた穴を愛撫し、

"Fatant je…"

 と、さも楽しげに言った。

 バットゼーフェルは甲高い音を放った。三体のゼットマシンは、突如として衝撃を受け、ゼットサツマは均衡を失い、ゼットフタバは海に沈みはじめ、ゼットタンバは地を揺るがして転倒した。

「何だ今のは!」

「恐らくは音波兵器のようなものだと思われます!」

「被害状況!」

「ゼットタンバ電撃兵器オフライン!」

「ゼットフタバ推進力ダウン、これより上陸します!」

 ゼットタンバは辛くも立ち上がったが、ゼットフタバは地上に這い上がり、ゼットサツマは揚力を失い成田空港に不時着した。

「山田一尉、自動修復はできないか!」

「遠隔操作が効きません!パーツを交換すれば直せそうなんですが・・・」

「一体、どうすれば・・・」


 そのときだった。夜空に、白昼のごとく目映い光が迸った。

「あれは!」

 衣笠は驚きに声を上げた。旅客機の更に上に、あの黄金の竜が現れたのだ。バットゼーフェルはそれを見て嬉しそうに言った。

"At defe zo, Zenze…"

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