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善然戦士ゼンゼ・小説版  作者: 坂本小見山
エピソード1「来訪」
2/16

エピソード1-②

 翌日、チームゼットの隊員は再び作戦室に集められた。

「すでに連絡した通り、一晩で失踪者が四人、怪物に襲われた負傷者が一人。いずれも、現場からこれが発見された」

 衣笠隊長はサンプルを隊員たちに見せた。それは白い糸の切れ端のようなものだった。

 山田が言った。

「これは、蜘蛛の糸ですね」

「そうだ。アシダカグモの遺伝子が検出された」

 権守が言った。

万保(ばんぽう)二十二年に襲来したスパイドンの同族でしょうか」

 衣笠は苦い顔をした。

「ところが、糸からは不明外来怪人の体組織と同じ金属原子も検出された。外来怪人の一種である可能性が高い。我々チームゼットの出番だ。権守二尉と唐井三尉は負傷者に聞き込みを行ってくれ」


 権守と唐井は病院に赴いた。襲われた青年は脚の骨を折る大怪我をしていたが、命に別状はなく、意識も明瞭だった。

「ニュースでよく見る、あの外来怪人に似ていました。でも、蜘蛛みたいな姿で・・・」

「意識を失ったときのことで、何か覚えていることはありますか」

 権守が質問した。

「怪物に襲われて、必死に助けを求めて・・・そうしたら、誰かが助け出してくれたような・・・。気を失っている間に、病院の前に寝かされていたそうです」


 病院をあとにしたところで、唐井はぽつりと言った。

「巨大な飛行怪獣といい、外来怪人の強化といい、何がどうなってるんでしょうね」

 権守は神妙な面持ちで言った。

「大きな戦いが始まろうとしている・・・いや、もう始まってるんだわ」



 その日の夕方、山田健美は動物行動学者の協力の元、アシダカグモの行動パターンをAIに深層学習させ、怪物の「狩り」の時間と場所を算出した。

「蓋然性が高い順に、地点1・2・3とします。4以降は尤度0・5%未満です」

「よし。では、私は地点1、権守二尉は地点2、唐井三尉は地点3をそれぞれパトロールする。敵を発見次第すぐにゼットフォンで知らせるように。山田一尉は管制室で待機。4以降は他部署に警邏を要請する」

「了解」


 唐井は一人、山の車道をパトロールすることになった。日中は暖かくなったとは言え、夜の山はまだまだ寒く、否が応でも「あの夜」の無力感と喪失が思い出された。忘れようにも忘れられない、七年前、万保二十八年の夏。高校の登山部員だった唐井は、無二の親友である是藤(ぜとう)勢太郎(ぜいたろう)と共にエヴェレスト登頂を目指し、ヒマラヤ山脈に足を踏み入れた。日本人最年少での制覇に意気込んでいたが、自然の力はあまりに大きく、また無慈悲であった。二人は、折り悪く起きた吹雪によって遭難したのだ。比較的体力の残っていた勢太郎は助けを呼びに行くと言って別れたきり、二度と帰って来ることは無かった。夜という名の漆黒の巨大な怪獣が支配する頃、彼は洞窟で震えながら、屈辱に涙した。尊い命を運命に蹂躙される屈辱に。

 運良く通りかかった登山家に助けられ、唐井松は奇跡的に生還を果たした。その後、唐井は登山をやめて自衛官への道を歩みはじめた。「夜の雪山」から人の命を守るために。


「助けてくれーっ!」

 助けを求める声が、唐井を現在に引き戻した。彼はゼットガン――不明外来怪人の硬い皮膚を穿つ力――を握りしめて走りながら、ゼットフォンで衣笠に連絡した。

「一般人と思しき叫び声を確認!急行します!」

 ゼットフォンは山田が開発した超高性能通信機器であり、いかに電波の届きにくい山中であろうと、地球上にいる限り、人工衛星「ゼットムーン」を通して瞬時に通信できるのだ。


 ヘアピンカーブの中ほどで、一台の軽トラックが無数の糸で絡め取られて転倒していた。運転手は気絶していた。車の上には、不明外来怪人らしきものが乗っており、今にも窓を蹴破ろうとしていた。外来怪人は唐井の気配に気づき、振り向いた。通常の外来怪人と似ていたが、目は八つ、腕は六本あり、さながら蜘蛛のような外見であった。

「外来怪人発見、被害者の安否不明」

「解った。我々もすぐ向かう!」


 蜘蛛型怪人は軽快に飛び跳ねながら、唐井に向かってきた。唐井は怪人を撃った。エネルギー弾は確かに命中した。しかし、向かって来る勢いは衰えるどころか、いや増しに増した。

「効かない!」

 蜘蛛型怪人は唐井の体を掴み、コンクリートの壁に叩きつけた。八つの目が唐井を睨み、鋭い牙を持つ口が言葉を紡いだ。

"Jene fedzenne, begene shogenfa ZEZEZE…!"

「く、口を利いた・・・!」

 普通、不明外来怪人に知性は無いとされている。だのに、今目の前にいるこの敵は、確かに言語を操ったのだ。

 蜘蛛型怪人の六本の腕は、唐井の体をめきめきと押しつぶした。この巨大な力。かつてエヴェレストで感じたのと同じ、命を破壊する天然の暴力だ。

「命は・・・お前なんかが奪っていいものじゃない!」

 唐井は怒った。彼は力を振り絞り、蜘蛛型怪人を何度も殴りつけた。だが、蜘蛛型怪人の硬い皮膚はびくともしなかった。その牙はまさに唐井の首を食いちぎろうとしていた。

 そのとき、蜘蛛型怪人の背にエネルギー弾が浴びせられた。衣笠隊長と権守であった。

「待たせたな!」

「唐井君から離れなさい!」

 蜘蛛型怪人は、傷ついた唐井を乱暴に突き放し、二人に襲いかかった。その腕は権守を殴り飛ばし、尻から出した粘着質の糸で衣笠を絡め取って自由を奪った。衣笠を踏みにじり、権守の首を締め、蜘蛛型怪人はゼゼゼと嗤った。暴力を心から愉しんでいる様子だった。

 この人知を超えた怪物の前に一縷の希望も絶たれたか。そう思われたときだった。天より幾条もの光が降り注ぎ、怪物を盲いしめたのだ。

 蜘蛛型怪人は六臂で八つの目を覆い、権守の身は開放された。

「こ、今度は何・・・?」

 梯子なす光の中から、更に強い光を放つものが降り立った。唐井も、権守も、衣笠も、皆まばゆさに目を覆った。闇を切り裂く光の化身のごときそれは、ゼーフェルと同じ金属光沢を持つ、金地に赤の、竜を思わせる甲冑に身を包んだ騎士であった。

"Zenze…!"

 蜘蛛型怪人は、この騎士を見て大層驚いたようであった。怪人は更に続けて言った。

"Deda enat Zenze foodo!"

 騎士は両刃の大剣を下段に構えた。彼は蜘蛛型怪人と同じ言語で悠然と言った。

"Enenejo Zaifelne, Zenzeme enat."

 怪人は叫んだ。

"Ze…ZEEEAAA!"

 蜘蛛型怪人は、騎士に尻を向け、糸を放った。騎士はひらりひらりと全て躱し、蜘蛛型怪人にじりじりと迫った。蜘蛛型怪人は、勝つも逃げるももはや叶わぬと見てか、捨て鉢に騎士に飛びかかった。騎士の指が、剣の鍔の中央に嵌まった宝珠を回転させると、刀身は根本から切っ先にかけて赤く輝いた。

"Zenzen-Fan"

 騎士はそうつぶやいた。そして一瞬呼吸を止めると、敵の鉤爪を躱して間合いに踏み込み、その腹部を一撃で斬り裂いた。


"PRIDON ZUNÄSIENNNN!"

 蜘蛛型怪人はこの世のものとも思えぬ叫びを上げて爆発四散した。衝撃は山を揺らし、眩く輝く騎士の上に山桜が舞った。


 糸から脱出した衣笠、権守、そしてよろめきながら立ち上がった唐井は、この竜の騎士を取り囲んだ。

 騎士は三人を見回し、おもむろに言った。

「忠告する。ゼーフェルとは戦うな」

 それは紛う方無き流暢な日本語であった。


 三人は口々に訊いた。

「ゼーフェルだって?」

「不明外来怪人のことか?」

「あんたも『ゼーフェル』とやらの同族なの?」


 騎士の頭上より、再び光が降り注いだ。光の源は、天翔ける雄偉なる金色の竜であった。

 騎士の指は剣の宝珠を押し込んだ。鍔が自動的に変形して拵に格納された。甲冑はたちどころに液状化してみるみる消滅し、異国の民族衣装に身を包んだ青年の姿に変わっていった。

「私の名はゼンゼ。ゼーフェルを狩る者だ」

 まばゆい光と桜吹雪の中、ちらと見えたるその顔は、童顔ながら、口元は引き締まり、長い睫毛を備えた双眸は、彼が剣のごとく鋭く冴えていた。唐井は我が目を疑った。あまりにも似ていたのだ。あろうことか、ヒマラヤで死んだはずの、あの是藤勢太郎に。

「勢太郎・・・?」

 ゼンゼは首を傾げたきり、何も答えず、竜の中に吸い込まれていった。竜はその巨躯をうねらせて、雲の彼方へと消えてしまった。

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