エピソード6-①
―エピソード6「魔王降臨」―
日出づる国、日本。その歴史は自然との共生と戦いの歴史である。大自然の猛威に人々は畏怖し、天災や怪獣に備え、ときには剣を執って果敢に立ち向かい、均衡を保ってきた。しかし、その均衡に崩壊の兆しが表れつつあった。
役所から放送された音声が街に響き渡っていた。
『怪人警報。ゼーフェルが出ています。なるべく家や建物の中にいてください。怪人警報。ゼーフェルが出ています。なるべく・・・』
人気のなくなった街に跋扈する何十体もの下級ゼーフェルに、衣笠光隊長ひきいる精鋭部隊チームゼットはゼットガンのエネルギー弾を撃ち込んでいた。歩道橋の上の権守語子は迫り来るゼーフェルの鉤爪をひらりと躱し、背負投に投げ、敵が路上に落ちる前に狙撃して空中で爆発させた。普段は研究室に籠っている山田健美も、文弱と侮るなかれ、チームゼット隊員の名に恥じぬ銃裁きで、ゼーフェルを一体、また一体と確実に仕留めていった。
車無き車道の上で戦う衣笠隊長は、同じく車道で戦う唐井松隊員に言った。
「唐井三尉、駅周辺を!」
「了解!」
唐井はその場を衣笠に任せ、駅に侵入せんと高架を攀じ登るゼーフェル三体の手足に弱いエネルギー弾を浴びせ、落ちたところを最大出力のゼットガンで次々に仕留めた。
手薄になった街角のビルの屋上から、異国風のマントをはためかせ、大剣ゼンゼフェルを握りしめたゼンゼが飛び降りた。彼は鍔の中央の宝珠を二度回転させた。
"ZEI!"
ゼンゼの着地はアスファルトを揺るがし、雷電を纏ったその剣は一度に十体以上のゼーフェルを斬り伏せた。
チームゼットとゼンゼは、それぞれの場所で、討つべき敵が残っていないことを確認した。
「やったな」
衣笠の一声が緊張を解いた。
「もうへとへとだよ!」
山田がぼやいた。
「最近特に多いですよね」
権守は深刻な面持ちで言った。
そのとき、皆の頭や肩に冷たいものが当たった。誰もが驚いた。
「雪・・・?」
季節外れの雪はしんしんと降りだし、歩道に植えられた紫陽花を凍てしめた。その花を憐れむように撫でながら、ゼンゼは言った。
「目覚めたようだ。巨大で邪悪なゼルメタルの力が」
ゼンゼの予感は的を射ており、足柄山地の豪邸で異変が起きていた。御三家が最上階へと足を急がせていた。
「ついに『あの御方』がお目覚めか」
「これから忙しくなりますなあ」
筋肉質な男と長身痩躯の男が言ったが、若い女は何も言わなかった。
最上階の大広間には、巨大な黒い卵のようなものがあり、殻には幾条もの罅が入っていた。
他方、ゼットフクイでは唐井が愚痴をこぼしていた。
「ゼンゼの奴、言葉が少なすぎるんだよ」
権守は応えて言った。
「言葉以上に、彼は行動で示してくれてるわ。命がけでね」
「それは勿論そうですけど、必要なことは説明してほしいですよ。そんなに俺達のこと、信頼できないかなあ」
「逆よ。私達は私達の使命を果たす。そう信じて、彼は彼の使命に没頭しているのよ。時が来れば、きっと話してくれるわ」
「そうですよね」
唐井は深く頷いた。
「そう言えば、健美は?」
「ゼルメタルについて、偉いさん方に説明するとか言ってたけど・・・」
内閣府にて、白衣を来た山田は官僚の前でデモンストレーションを兼ねた発表を行った。
「ゼルメタルはゼーフェルの体組織、並びにゼンゼ氏の武装を構成する非ニュートン原子の結晶であり、通常宇宙では金属と同様に振る舞います。その最大の特徴は、言語に反応することです」
山田は小さなゼルメタルの立方体をシャーレの上に乗せ、命じた。
「人型になれ」
ゼルメタルは人形のようになった。高級官僚たちは驚いた。
「戻れ」
ゼルメタルは液体になった。
「正六面体になれ」
ゼルメタルは再び立方体に戻った。
「これは録音音声には反応せず、AIの読み上げにも一切反応しません。恐らく人間の思考と連動していると思われます。四月に出現したヘケメラベ変異体はゼーフェルを同化して巨大化しましたが、ゼルメタルを制御するには至りませんでした。ゼルメタルはあくまで言語を介して正常に制御されるのです。言語の種類によっても反応が異なります。"Become a human form."」
ゼルメタルは円錐と球を組み合わせただけの簡単な人型にしかならなかった。
「わたくしの母語である日本語以外で顕著な反応は見られません。しかし、ゼゼール語では大きな反応が得られます。御覧ください。『プリッド・ファラフォッド・ゼンデ』」
山田が片言のゼゼール語文を詠唱すると、ゼルメタルは小さなゼットロボの模型に変形した。官僚たちは驚き、互いにあれこれ言い合った。
「我が怪獣対策室は既にゼルメタルを利用した軍事技術を実用化しています。それに目を付けた各国のインテリジェンス機関が既に動いていることは周知の通りです。諸リスク排除の観点からも、国際的なゼルメタル利用に関する条約の締結と、その上での各国への技術供与を強く進言します」
ざわめく官僚たちの中から、就中老獪な男が言った。
「追って通達する。下がって宜しい」
山田は一礼して踵を返した。部屋を辞する際に、彼女は梟雄たちを一瞥して言った。
「もはや一刻の猶予も無いことをお忘れなく」
足柄山地豪邸では、今まさに孵った漆黒の卵に、御三家が一斉に跪いた。広間の奥には御簾があり、その奥から、甘美な若い男の声がした。
「どれほど眠っていただろう」
女は答えた。
「七十七日間でございます」
御簾が独りでに上がると、濃い霧の奥に、玉座に座ったまま凍りついた人の姿が認められた。それは蝶が羽化するように、玉座からぺりぺりと身を剥がしながら立ち上がり、次第に色を取り戻していった。漆黒のマントに身を包んだ彼は、柔らかい声を発した。
「私が眠っていた間、苦労を掛けたな」
「いえ、滅相もございません」
「君たちは優秀なゼーフェルだ。これからも期待しているよ」
三人は深々と頭を垂れた。
その様子を、廊下からカニ型の使い魔が見ていた。使い魔は変形し、カニの中級ゼーフェルの本性を現して、広間の様子をしきりに覗っていた。
ゼーフェル軍団の中枢をなす彼らの動きは怪獣対策室の察知するところなった。ゼットフクイ作戦室で、チームゼットはスピーカー越しに室長直々の命令を拝した。
「気象庁の発表では、異常気象の中心は足柄山地、静岡県のこの地点だ」
ディスプレイに地図が表示された。
「推定気温は摂氏マイナス十九度。ゼーフェルの異常発生もこの周辺で頻発している。君たちにはゼットマシンで現地調査を行い、場合によっては潜在的危険の排除を実行してもらいたい」
「了解!」
ゼットフクイの格納庫に向かう途中、戻ってきた山田が制服に袖を通しながら合流した。衣笠は歩きながら作戦を説明しようとした。
「山田隊員、今から・・・」
「ゼットフォンに作戦概要が届いたので把握しています」
「それなら話は早い。君も同行してくれ」
「了解」
ゼットサツマに衣笠、ゼットフタバに権守、ゼットタンバに唐井と山田が乗り込んだ。コンソールにステッキモードのゼットフォンを接続すると、ゼットマシンが起動した。ゼットフクイのハッチが開き、外の景色が見えた。
「ゼットサツマ、発進!」
「ゼットフタバ、発進!」
「ゼットタンバ、発進!」
陸、海、空の三体の巨竜が出撃した。
移動中、巨大な飛翔体が並行した。竜の姿のゼンゼイジンであった。三機にゼンゼから通信が入った。
「私も同行する」
「ありがたい」
衣笠はチームゼットを代表して礼を述べた。ゼンゼから共闘を申し出るのは初めてであった。
足柄山地は吹雪に覆われていた。唐井の目に映るそこは日本ではなく、七年前のヒマラヤであった。
「松くん、震えてる・・・」
複座の山田に言われ、唐井はゼットフォンを握る自分の手の震えに気付いた。
「武者震いさ」
唐井は強がった。もし是藤勢太郎がこの場にいたら、彼もまたあの夜のことを思い出すだろうか。そう思いながら、唐井は窓外のゼンゼイジンに視線を流した。
ゼットタンバの人工知能が警告音を発した。コンソールには
"3 KAIJU AHEAD"
と表示された。目を凝らすと、吹雪の向こうに三つの巨影が見えた。「ゼ!」「ゼ!」と鳴くそれらは、巨大化した下級ゼーフェルであった。
「合体するぞ!」
「了解!」
「絶斗合体!」
三人が同時にコールすることで、ゼットマシンはゼットロボへと合体した。
"Lel"
ゼンゼの命を受け、ゼンゼイジンは巨神モードへと変形、巨大化したゼンゼフェルを構えた。
「マスタービーム!」
"Zai-Zenzen-Fan!"
二大巨神は同時に攻撃を放った。しかし、下級ゼーフェルは一体も倒れなかった。
「何っ!」
ゼーフェルは鉤爪を振り上げて襲いかかってきた。ゼットロボは腕を交差し、ゼンゼイジンは剣で攻撃を禦いだ。
「ただでかくなっただけじゃない!強くなってやがる!」
唐井は喚いた。
ゼンゼから通信が入った。
「隊長、力を貸してくれ」
「わかった。分離!」
ゼットロボはゼットマシンに分離した。
「天空武装!」
電子音が流れた。
『武装コマンド受理』
"Praujenema!"
ゼットサツマは再度変形し、ゼンゼイジンと合体した。
『ゼンゼイジンカッター。システム・オール・グリーン』
ゼンゼイジンカッターは飛び上がり、ゼットフタバとゼットタンバが二体を攻撃している間に、左右の羽に付いた刃とゼンゼフェルで一体を斬り裂いた。
「ゼンゼ、こっちにも力を貸して!」
「心得た」
権守の呼びかけに応じ、ゼンゼイジンはゼットサツマと分離した。
「激流武装!」
『武装コマンド受理』
"Praujenema!"
ゼットフタバは変形し、ゼンゼイジンと合体した。
『ゼンゼイジンドリラー。システム・オール・グリーン』
ゼンゼイジンドリラーは下級ゼーフェルの攻撃を華麗に躱し、その腹部にドリルを打ち込んだ。