エピソード5-②
昼下がり、チームゼットの四人は車で移動をはじめた。神妙な面持ちでハンドルを執る唐井は、ぽつりと言った。
「学生時代、あいつ、『勢太郎』って呼んでも、すぐ返事しないことがたまにあったんです」
権守が応えて言った。
「十五年間『善吉』と呼ばれてきたんだもの。まだ新しい名前に馴染めてなかったんでしょうね」
「俺、あいつの友達だなんて言いながら、あいつのこと何も知らなかったんだ・・・」
唐井は己の無知を嘆くばかりだった。
是藤家に到着すると、門扉の前で先の初老の女性が多数の使用人とともに出迎えた。
「『間もなく当家に怪人が出る』とは、一体どういう意味ですか。納得の行く説明がなければお引き取り願います」
高圧的に言う初老の女性に、衣笠は説明した。
「ファンタンはゼンゼ氏を追って移動している可能性があります。もしこちらにゼンゼ氏がいるなら、身柄の引き渡しをお願いします」
「そのような者はおりません。お引き取りください」
女性は頑なに否定した。衣笠は語気を強めて言った。
「お宅が危険なのです。せめて警邏を」
「不要です!とっとと・・・」
女性が衣笠たちを追い払おうとしたとき、邸内で大きな物音と悲鳴が聞こえた。敵襲は明らかであった。衣笠たちは女性と使用人たちを避難させ、是藤家に突入した。
降り注ぐ光弾の雨に、是藤家は火の海に変わりゆく。逃げ惑う家人には目もくれず、宙を舞う強敵ファンタンは手当たり次第に屋敷を破壊した。駆けつけたチームゼットは、瓦礫の中から、ゼゼールの民族衣装に身を包んだ青年が飛び出すのを見た。
「ゼンゼ、そいつの狙いはあんただ!逃げろ!」
唐井の忠告を無視し、ゼンゼはファンタンに殴りかかった。しかし、彼はファンタンの体をすり抜けてしまった。
"Zöne!"
『ファタン』
事態が飲み込めないまま、彼はファンタンの鞭のような触腕に強打され、地面に叩きつけられた。
"Ze, zää…"
ゼンゼの脚は傷つき、立つことはできなかった。
衣笠は隊員たちに指令を出した。
「作戦開始!」
「了解!」
衣笠はゼンゼを庇うようにファンタンの前に立ちはだかり、他の隊員らはファンタンを取り囲んでゼットガンを構え、攻撃に備えた。透明のファンタンの触腕が銀色になり、ふりゅうんと独特のうねりを起こしたのを見逃さず、衣笠は叫んだ。
「ゼットストライク!」
衣笠と権守のゼットガンが同時に火を吹いた。ファンタンは体を非物質化して衣笠のエネルギー弾を受け流したが、その反動で実体化した背を権守にエネルギー弾が命中した。
「やったか!」
『ファン・・・ファン・・・』
ファンタンの動きは奇っ怪なものだった。実体化して銀色になった背中の部分が移動し、被弾箇所は透明に戻ってしまった。
「何!」
『ファン・タン』
ファンタンは再び触腕をふりゅりゅんと実体化させ、凄まじい速さで振るった。衣笠と権守は避けそこね、瓦礫に叩きつけられてしまった。
唐井と山田はファンタンにエネルギー弾を浴びせたが、全てすり抜けた。
『ファン・タタン』
ファンタンの体がふぉちょん、ふぉちょんと震え、全身から無数の光弾が出現した。そのとき、ゼンゼは叫んだ。
「やめろ!お前の狙いは私だろう。私だけを狙え!」
辛くも立ち上がった満身創痍のゼンゼをファンタンが見た。その願いを聞き入れたように、無数の光弾はファンタンの胴部に集合し、巨大な一つの光弾になった。
『ファン・タン』
巨大光弾はゼンゼに向けて発射された。覚悟を固めたゼンゼはせめてもの抵抗とばかりに拳を構えた。その瞬間、ゼンゼの体は押し倒されて横転した。唐井が体当たりをして庇ったのだった。そのために、唐井は傷だらけになった。彼はゼンゼを抱き起こし、瓦礫の陰に隠れた。
「あんた、一人で死ぬ気か!」
「奴の狙いは私だ。私など放っておけばいいのだ」
うっちゃるように言うゼンゼの両肩を、唐井の大きな手が掴んだ。ゼンゼは面食らい、目を丸くして唐井を見た。唐井は戦友の目をしっかと見据えて言った。
「ロブスターゼーフェルの言ったこと、説明したくないなら、今はしなくていい。したくなるまで待ってやる。だが、あんたがみんなのために戦ってきたことを忘れるような人間は、チームゼットにいない!」
唐井の熱い思いに、ゼンゼは震える声で応えた。
「唐井、松・・・」
二人の隠れている瓦礫にファンタンの光弾が当たった。唐井はゼンゼに肩を貸し、別の瓦礫の後ろに隠れた。
そこにチームゼットの皆が駆けつけた。
「唐井三尉!ゼンゼ君!」
「ゼンゼ!唐井君!」
「松くん、ゼンゼ!」
衣笠と権守は仮包帯を巻いていた。仲間たちの顔を、ゼンゼは熱い瞳で順に見た。山田はゼンゼに土埃にまみれたゼンゼフェルを手渡した。
「ゼンゼ、はいこれ。苦労して掘り出したんだぞ」
「感謝する」
ゼンゼは頭を垂れた。
山田は作戦の改良案を説明した。
「ファンタンは実体化箇所を自由に移動させられるらしい。だからさっきの作戦をアレンジしよう。隊長のポジションにゼンゼが就いて、ゼンゼフェルで実体化箇所を切り裂く。名付けて善然ストライク作戦だ」
衣笠がゼンゼに訊いた。
「その脚でできそうか?」
「変身すれば問題ない」
「よし。では、唐井隊員とゼンゼ君で挟み撃ちにしてくれ。我々は援護に回る」
夕日と炎に赤く染まった瓦礫の山の中、ファンタンはゼンゼを探して辺りを見渡していた。
「私はここだ!」
背後から唐井が、物陰から衣笠たちが狙っているが、ファンタンは彼らには見向きもせず、沈みゆく朱色の恒星を背に立つゼンゼだけを見据えた。
『ファン・タン』
ゼンゼはゼンゼフェルを捧げるように持った。中央の宝珠を押し込んで鍔を展開させると、足元に魔法陣が投影され、ゼンゼの全身を鎧の形の光の筋が走り、彼の瞳は金色に輝いた。魔法陣から召喚された液体金属ゼルメタルが、光の筋に沿ってゼンゼの全身を包みこんでいった。
"Zenzen"
ファンタンの胴から、多数の光弾が同時に発射された。
『ファン・タン・ファン』
光弾は全弾ゼンゼに命中し、その身は爆炎に包まれた。
"Zei!"
ゼンゼフェルで炎を薙ぎ払い、黄金と真紅の竜の騎士となったゼンゼが姿を現した。大地を焦がす光弾の雨も、ゼゼール騎士の神秘の鎧には一条の傷だに負わせることは能わなかった。
またも飛んできた二発の光弾を、ゼンゼはゼンゼフェルで忽ちのうちに斬った。
"Zea!"
矢継ぎ早に降りかかる光弾をゼンゼフェルで跳ね返しながら、ゼンゼは走った。
ファンタンは胴から巨大な光弾を作り出しつつ、ふりゅんと触腕をうねらせた。
「今だ!」
「ああ!」
ゼンゼは地を蹴って飛び上がり、ゼンゼフェルを振りかざした。刃が朱色に煌めいたとき、唐井はゼンゼの一秒後の動きを鮮明に察知している実感に襲われた。そして、ゼンゼもまた唐井の一秒後の動きを認識しているという実感があった。それは不思議な感覚だったが、不安は無く、むしろ温かい安心感があった。
「善然ストライク!」
一度も示し合わせていないのに、二人の声は少しもずれなかった。唐井の放ったエネルギー弾がファンタンに当たると同時に、その反対側からゼンゼフェルの切っ先が実体化したファンタンの体躯を貫き、移動する傷口を逃さず、一気に切り裂いた。ゼンゼは両断されたファンタンを飛び越えて、唐井の横に立った。
『ファ・ターン・・・』
ファンタンは溶け、不気味な水たまりとなった。
しばし茫然自失となっていた唐井は、徐ろに問うた。
「ゼンゼ、今のは・・・」
ゼンゼが答えぬうちに、衣笠たちが駆け寄った。
「二人とも無事か!」
「はい」
「よくやった」
互いを労いあう彼らは、不覚なるかな、振り袖を着た何者かが、ファンタンの残骸に布団のようなものを掛けていることに気付かなかった。
『ファン・タン・・・』
ファンタンはむくりと起き上がった。ゼンゼとチームゼットが気付いたとき、既に謎の手は消えていた。
斬られた痕は癒着し、ファンタンはみるみる巨大化して、五人を見下ろした。
衣笠はゼットフォンの送話口に指令を送った。
「ゼットマシン、発進!」
ゼンゼはゼンゼイジンを呼んだ。
"Nai, Zenze'izin!"
ゼンゼイジンは巨神形態に、ゼットサツマ、ゼットフタバ、ゼットタンバの三機は合体してゼットロボとなり、並び立った。
「喰らえ、マスタービーム!」
ゼットロボがやや下向きに放ったマスタービームはファンタンをすり抜け、空き地に当たった。
「今だ、ゼンゼ君!」
ゼンゼイジンは巨大ゼンゼフェルを振りかぶった。
"Zai-Zenzen-fan!"
ゼンゼフェルが振り下ろされた。しかし、ファンタンは斬れなかった。
『ファンタン』
ファンタンはふりゅんふりゅんと触腕を放ち、ゼットロボとゼンゼイジンを絡め取ると、何度も衝突させた。
『ファン・ファン・ファン・・・』
「ゼットロボ、分離!」
ゼットロボは三機のゼットマシンに分離し、触腕から抜け出した。
「ゼンゼ!」
ゼットタンバがファンタンに電撃を加えた。
『ファー・・・』
ファンタンの動きは鈍り、ゼンゼイジンは解放された。
「さっきより強くなってる!」
権守は叫んだ。みな一様に復活したファンタンの頑強さに慄いた。
ファンタンの触腕に翻弄される彼らに、地上で待機している山田から通信が入った。
「ゼンゼに斬られた傷痕は常時実体化しています。ゼットタンバのゼルメタルをゼンゼイジンに共鳴させ、最大出力で叩くことを提案します」
「具体的な方法は?」
「ゼンゼイジンとの合体です」
唐井は疑問を口にした。
「タンバとゼンゼイジンが合体したら大爆発するんじゃ?」
「単体での武装はやばいけど、全部合体すればタンバの出力をフタバとサツマが抑えてくれるはずだ。合体コマンドを送るから、四人同時にコールするんだ!」
山田がゼットフォンを操作すると、ゼットマシン三機のコンソールに
「超・絶斗合体」
と表示された。衣笠は決意を込めて言った。
「ようし、やってみよう!」
ゼンゼも力強く言った。
「ゼゼール騎士の心得、其の二。ゼルメタルは人と人を繋ぐ」
ゼンゼイジンのコクピット内で、ゼンゼは両手を固く組み、ゼゼール語で高らかに命じた。
"Zeendam!"
ゼンゼイジンの装甲が複雑に変形し、頭部が格納され、四肢が折りたたまれて、合体待機形態に変形した。同時に、ゼンゼイジンのコクピットに立体映像の仮想コンソールが出現し、ゼットマシンと全く同じグラフィカルユーザーインターフェースが起動、四人の顔が映し出された。ゼンゼとチームゼットは頷きあった。
四人の勇士の声が合わさった。
「超・絶斗合体!」
『上位合体コマンドを受理。これより変形シークエンスを開始します』
電子音声が流れ、ゼットマシンは飛行しながら変形を開始した。妨害せんとファンタンの触腕が飛んできたが、ゼンゼイジンの生成した結界により跳ね返された。
宙に浮いた待機形態のゼンゼイジンに、三機のゼットマシンが続々と合体し、剛健な人型を成した。
『システム・オール・グリーン。完成、スーパーゼンゼイジン』
ゼンゼとチームゼットの戦力を結集し、赤、青、銀、金の四色からなる壮麗なる巨神スーパーゼンゼイジンが誕生したのだ。スーパーゼンゼイジンは、左手にゼンゼフェル、右手にゼットタンバの尾から分離した大剣ゼットセイバーを装備し、正二刀上下太刀の構えを取った。
『ファンタン』
ファンタンの触腕が二振りの剣を絡め取った。だが、二振りの剣はすぐに触腕を切り裂いた。
「ゼンゼ、左右から斬るぞ!」
「ああ!」
唐井とゼンゼは呼吸を合わせ、二振りの剣でファンタンを挟み撃ちにして斬りつけた。
『ファータンタン・タン・・・』
ファンタンは体勢を崩し、実体化と非実体化を目まぐるしく繰り返した
コンソールに「必殺技コマンド:グランドカノン」と表示された。
「みんな、必殺技だ!」
「了解!」
「よし!」
ゼンゼは再び小さくなったゼンゼフェルの宝珠を二回転させた。すると、スーパーゼンゼイジンの胸のハッチが開き、巨大な砲台が出現した。砲身にエネルギーが充填されたとき、四人は同時に叫んだ。
「グランドカノン!」
砲口から巨大なエネルギー弾が発射された。エネルギー弾はファンタンに命中した。
『ファンタンファンタタンファンタファファファファファ・・・』
やがてファンタンは完全に停止し、倒れ込んだ。
『ファン・タン」
ファンタンは蒸発し、暫くの間オーロラが耀うた。
四人の心が合わさり生まれた巨神スーパーゼンゼイジンは、初陣を勝利で飾ったのであった。
戦いを終え、消火の概ね済んだ是藤家を、ゼンゼンを解除したゼンゼは眺めていた。チームゼットの隊員たちは、彼の淋しげな背にかける言葉もなかった。
少し離れた所から呼ぶ声があった。
「勢太郎」
それは勢太郎の父であった。彼は続けて言った。
「すぐにもっと立派な家が建つ。是藤宗家の跡継ぎになれば、お前は一生安泰だ。怪我することも、ネットで誹謗中傷されることもない。
酒も女もいくらでも・・・」
「もし私があなたの息子だったらこう言うだろう。分家同士の争いの道具にされて一生を終えるより、自分がやるべきことのために命を賭けたい、と」
ゼンゼは踵を返した。
「勢太郎!」
ゼゼールの民族衣装をはためかせ、去り行くゼンゼはもはや何も言わなかった。
日本は危機に瀕している。こうしている間にも、怪しげな侵略者の魔手は、恐るべき計画を着々と進めている。万民の安らぎを守るため、戦え、チームゼット。戦え、善然戦士ゼンゼ。未来は君たちの双肩にかかっているのだ。
つづく
次回「魔王降臨」に御期待下さい。




