エピソード5-①
―エピソード5「虚人」―
日出づる国、日本。その平和と安寧を乱す強敵ゼーフェルと戦うは、精鋭部隊チームゼットと異国の騎士ゼンゼである。しかし今、両者の協力関係に危機が迫っていた。
恐竜を模した緑の城塞ゼットフクイの作戦室で、衣笠光隊長は重い口を開いた。
「国防大臣から怪獣対策室に、ゼンゼ君の警戒レベルを『要監視』に引き上げる命令が下った」
権守語子隊員は、この半ば予想していた裁定に敢えて反駁した。
「それでは、ゼンゼを逮捕しろというのですか?」
衣笠隊長は溜息を吐きつつ答えた。
「それが、そうでもないのだ。国防省はゼンゼ君の逮捕に消極的だ。中級以上のゼーフェルへの対処には彼の力が必要だからな。要はネット世論に忖度してのことだろう」
衣笠隊長はコンピューターを操作し、作戦室のメインディスプレイにSNSの抜粋を表示させた。ゼンゼへの毀誉褒貶が入り乱れ、論争が起きていた。中には、マッチと消化器を持ったゼンゼのコラージュ画像まであった。また、動画サイトには
【悲報】スーパーヒーロー・ゼンゼは全ての元凶?!【絶許】
などと題された動画が大量に投稿され、高評価と低評価がほぼ五分五分であった。
「ロブスターゼーフェルの発言により、世論はゼンゼ擁護派とゼンゼ糾弾派に二分されている。ゼンゼ君がゼーフェル案件の根本原因に関わっているかさておき、彼が我々の味方であるなら、その旨を彼の口から明言してもらわねばならん」
「あいつ、肝心なこと何も言わないから、こっちも困るんですよね・・・」
そう言った唐井松隊員は苦しい面持ちで腕組みをした。
山田健美隊員は話題を変えた。
「もう一つ懸念案件があります。ゼットタンバのAIについてです。ゼンゼイジンとの危険な合体を提案したというのがどうも腑に落ちないんです」
「それは俺も疑問だ。今まであいつの言うことを聞いたら不思議に上手く行っていたのに、なんでこの間はあんなことを」
「念の為にもう一度アルゴリズムを見直しとくけど、今後はタンバの提案を鵜呑みにしないようにして」
唐井は口ごもりつつ「わかった」とだけ答えた。
そのとき、衣笠のゼットフォンが鳴った。
「はい、こちらチームゼット本部・・・何、正体不明の怪人出現だと!」
チームゼットは直ちに出動した。
夜の帳が下りた繁華街に爆音と叫喚が響き渡っていた。宙に浮かぶくらげの如き半透明の怪人が、長い触腕で建物の壁や電飾看板を破壊していたのだ。
「そこまでだ!」
到着したチームゼットの隊員たちはゼットガンを怪人に向けた。
「十秒以内に降伏せよ。知的生命体保護法に則り・・・」
『ファン・タン』
衣笠隊長の言葉が終わらぬうちに、怪人は銀色に光る触腕をふりゅんふりゅんと振るった。チームゼットは散開しこれを避けると、怪人に威嚇射撃を行った。山田のエネルギー弾が怪人の足に当たったかと思われたが、怪人は怯まなかった。
『ファン・タン』
怪人の胴はふぉちょんふぉちょんと奇妙な振動を起こし、いくつもの光弾を発射した。チームゼットはこれを避けて走った。
「十秒経過。撃て!」
チームゼットは怪人に向けて一斉にエネルギー弾を放った。全弾命中した。しかし、エネルギー弾は怪人の体をすり抜け、背後の壁を破壊してしまったのだった。
「何!」
『ファン・タン』
怪人の顔には目も鼻も口も無かったが、感覚器官のようなものをチームゼットの面々に順に向けると、脚から順にモザイクのように反転してゆき、夜の闇に消えていった。
衣笠は言った。
「逃げた・・・のか?」
そして、唐井は当然の疑問を口にした。
「ゼンゼは?あいつはなぜ来なかったんだ?」
今を遡ること十九分前。
ゼンゼイジンの機能で怪人の出現を探知したゼンゼは、チームゼットより先に現場に駆けつけようとしていた。現場を目指して夜の街を走るゼンゼの行く手を、突如として幾台もの漆黒の車が阻んだのだ。車からは黒尽くめの男たちが出てきた。
「退きたまえ」
「是藤勢太郎様ですね」
ゼンゼは彼らの顔を見渡した。
「私はゼンゼだ。ここを通してもらおう」
「失礼ながら、強硬手段を取ります」
男たちは伸縮式の刺股を手にし、ゼンゼに飛びかかった。ゼンゼは一般人相手に剣を抜くわけにもいかず、ただ躱すばかりだった。
「何が目的だ!」
「善右衛門様が危篤なのです」
そのとき、ゼンゼは不覚にも背後を取られ、スタンガンで感電させられた。ゼンゼは気絶し、車に運び込まれたのだった。
その一部始終を目撃していた情報屋から、権守は連絡を受けた。
「情報ありがとう。追加報酬Bで引き続きお願い。・・・わかった、Dで」
権守はゼットフォンを切ると、仲間たちに向き直った。
「ゼンゼが何者かに誘拐されたそうです」
「反ゼンゼ派の民間人でしょうか」
「状況から見てプロの仕業ね」
ゼンゼを心配する唐井たちに、衣笠は力強く言った。
「ゼンゼ君のことは心配だが、我々はあの怪人、ファンタンの対処をせねばならない」
衣笠隊長はメインディスプレイに怪人ファンタンの画像を表示させた。
「山田一尉、君の見立ては」
「呼びかけに対して応答が見られず、かつ野生動物の行動原理に反していることから、他天体からの生物兵器の線が濃いかと。昭和四十一年に飛来したヒアデス星獣のような波動生命体にも見えますが、ファンタンは物理的な攻撃を可能としている点で特殊です」
「記録映像を解析して対策を練ってくれ」
「了解」
「それと、『船』の開発はどうだ」
「正直、順調とは言い難いです」
唐井が興味津々に口を挟んだ。
「『船』って?」
衣笠は淡々と答えた。
「上級ゼーフェルとの戦闘に備えて開発中の巨大兵器の通称だ」
山田はゼットフォンで図面を見せた。
「これまでのゼットマシンと違い、ゼルメタル技術を前提とした設計思想が取られてる。完成すれば大きな戦力になるはずだけど、通常金属がゼルメタルの負荷に耐えられない問題があってね。少量のゼルメタルで駆動できるよう設計を見直さなきゃなんだ」
山田は大きなため息を吐いた。
さて、他方のゼンゼは、朝日に顔を撫でられて純白の布団から飛び起き、腰に手を掛けたが、帯びていたはずの剣はなくなっていた。
障子を開けると、見事な日本庭園が広がっていた。物音を聞きつけ、使用人と思しき男がやってきた。
「お早うございます。勢太郎ぼっちゃま」
「私はゼンゼだ。ゼンゼフェル・・・私の剣を返してもらおう」
「それはまた後ほど。ご支度をして、旦那様のお部屋においでなさいませ」
ゼンゼは手早く身支度を済ませ、亭主の部屋に歩いていった。立ったまま襖を開けると、そこには顔に布を掛けられた亭主が横たわっており、親族がずらりと並んでいた。
「勢太郎!」
喪服を着た中年男がゼンゼに駆け寄った。
「よくぞ生きていてくれた」
ゼンゼはその男を無視し、故人の前に胡座をかいた。男は言った。
「残念ながら、死に目には逢えなかった」
「誰に気絶させられていたと」
「お前が抵抗するからだ」
両手を組んで天を仰ぐ独特の仕草で故人に祈りを捧げるゼンゼに、男は構わず言った。
「半年前、善吉様が亡くなられた」
何も答えず、ゼンゼは祈りを続けた。
「それから善右衛門様のご容態も悪くなり、昨夜、後を追うようにお亡くなりになられた。善右衛門様のご遺言は『勢太郎を呼び戻せ』だった。知っての通り、善右衛門様の嫡男は善吉様しかいらっしゃらない。分家の男子の中で、『是陀羅志の舞』の手ほどきを受けたのは、勢太郎、お前一人だ」
ゼンゼは祈りを終えてもなお瞑目していた。
「是藤家を継げるのはお前だけなのだ。宗家に戻り、善右衛門を襲名してくれるな?」
そこに初老の女性が舌鋒鋭く口を挟んだ。
「私は反対でございますよ。宗家の次男を差し置いて今更分家の者を呼び戻すなんて」
男はしたり顔で訊いた。
「失礼ながら、ご次男様は舞をお出来になられるのかな?」
「今からでも修行させます」
「前右衛門様の手ほどき無しにですか!しきたりに反しますぞ」
「分家の者を呼び戻す方がしきたりに反します!」
「憚りながらうちの勢太郎は善右衛門様の手ほどきを直々に受けております。故人のご意志を蔑ろにされるおつもりか?」
「それは・・・」
遺体を挟んで、静寂が辺りを占めた。
ゼンゼは目を開き、沈黙を破った。
「話が終わったら、剣を返して解放してもらおう」
男は諌めて言った。
「お前、親や親族に向かって何という・・・」
「人違いだ。私はゼゼール人ゼンゼ。君たちの親類ではない」
男は少し考えてから言った。
「なら今はそういうことにしておこう」
女性はまた口を挟もうとした。
「では・・・」
「『今は』と言いました。何、襲名披露まではたっぷり時間がありますからな」
ゼンゼは障子の方を一瞥した。スタンガンを持った屈強な使用人たちの気配があった。
「こちらに発言権は無し、か」
彼はため息を吐いた。
ゼンゼを誘拐したのが是藤家の手の者であることは、情報屋を通して権守たちチームゼットの知るところとなった。
「やっぱり、あいつ勢太郎なのか・・・」
「少なくとも是藤家はそう思ってるのでしょうね」
「じゃあなんで誘拐なんて手荒な真似を。家族でしょう?」
唐井の口にした疑問に、今度は権守が怪訝な顔をした。
「唐井君、勢太郎さんから是藤家のこと何も聞いてないの?」
唐井は、自分が是藤家のことを何も知らないことを思い知った。
「そう言えば、あいつ、家のこととか生い立ちのこと、何も話していませんでした」
権守は「私の知っている限りだけど」と前置きし、語りはじめた。
「江戸時代から我が国では怪獣慰霊祭が行われてきたわ。現代では形骸化して政財界の要人がコネを作る場になってるんだけどね。その慰霊祭の主催者として是藤家は栄えてきたの。当主の長男は必ず善吉と名付けられ、当主の座を継ぐと善右衛門を襲名するしきたり。でも、先代善右衛門には男子が生まれず、分家から生まれてすぐの赤ちゃんを養子に迎え、善吉と名付けて、怪獣慰霊祭のメインイベント『是陀羅志の舞』を教え込まれた。ところが、是藤善吉が十五歳のとき、是藤善右衛門に実の息子が生まれたの。是藤家はしきたりに則って、その子を善吉と名付け、養子の善吉は分家に戻して改名させた。それが、あなたの知る是藤勢太郎よ」
「そんな、俺、全然知らなかった・・・」
「是藤家のしきたりについて口外しないよう、厳しく躾けられていたんでしょうね。今から半年前に是藤善吉氏が亡くなったらしいわ。勢太郎君を呼び戻そうという魂胆なのでしょうね」
その是藤宗家では、ゼンゼが使用人に伴われて中庭に出てきていた。広大な池は花菖蒲に彩られ、その畔の椅子に、勢太郎の父が座っていた。使用人が下がると、父は話しはじめた。
「呼び出してすまんな。久々にゆっくり親子で話でもしようと思ってな」
「何度も言うが、私は」
「ああ、今はゼンゼだったな。まあ座りなさい」
ゼンゼは言われるまま、隣の椅子に座った。
「この七年間、どうしていた」
「力無き者たちに代わり、剣を振るってきた」
「それは大変だったろう」
「それが騎士の使命だ」
「危険な目にも遭ったんだろう」
「それも騎士の使命」
「なあ、勢太郎。これ以上、お前が危険な仕事を続ける必要はない。命を大切にしてほしいという親心を解ってくれ」
懇願する父の目に、ゼンゼは一顧だにくれず、ただ漫然と花菖蒲を見遣った。彼がやおら口にしたのは、どこまでも純粋な悲嘆であった。
「私の命は剣だ」
ゼンゼは席を立った。どこからか使用人が現れ、軟禁部屋まで付き添われた。戻る最中、ゼンゼはふと足を止め、言った。
「こうしている間にも人々が危険に晒されているかもしれない。私のことを想うなら、早々に私の命を返してくれ」
ゼンゼの言う通り、街のあちこちでファンタンが暴れては消え、暴れては消えを繰り返していた。いずれもチームゼットが駆けつけたときには既に姿を消していた。
ゼットフクイの作戦室で、唐井は歯噛みして悔しがった。
「逃げ足の早いやつめ!」
権守も頷いた。
「後手に回ってるわね・・・」
衣笠はコンピューターを操作し、地図をディスプレイに映し出しながら言った。
「だが、これではっきりした。ファンタンの暴れた場所は、ゼンゼイジンの着陸地点、ゼンゼ君が撮影されてSNSに上げられた場所、そしてゼンゼ君が誘拐された地点だ。ファンタンの狙いはゼンゼ君だ」
唐井は戦慄した。
「てことは、次に現れるのは」
「ああ。恐らく是藤宗家だ」
「それじゃ、すぐに行かないと!」
「待て。ファンタンの出現には四時間のインターバルがある。その間に対策を講じよう。山田一尉」
「はい」
一人ゼットフクイに残って解析を続けていた山田が立ち上がり、解説した。
「現場に遺留物が一切検知されなかったことから、ファンタンは純然たる波動生物、あるいは波動ロボットと考えられます」
唐井は疑問を呈した。
「それじゃ、なんで物理的な攻撃ができるんだ?」
「これを見てください」
山田はメインディスプレイに素粒子の波動の概略図を表示させた。
「波長十ピコメートル以下のヒアデス放射線は重力場を歪め、実質上の質量を持つ可能性が示唆されています。そして、この動画を見てください。ファンタンは攻撃直前に触腕を鞭のように高速移動させています。ファンタンはドップラー効果を利用して相対的な波長を変え、実体と非実体を自在にスイッチングしているというモデルが想定できます」
衣笠隊長が口を挟んだ。
「では、実体化している瞬間は攻撃が通用すると」
「このモデルに矛盾がなければ。しかし、非実体化は瞬時に行われます」
「ううむ、まるで獲物を襲うときだけ顔を出すサメだな」
権守が口を開いた。
「ドップラー効果説が正しければ、非実体化直後に反対側が実体化するなんてことはないかしら?」
「蓋然性は十分だね。攻撃の瞬間を狙って挟み撃ちにすれば、あるいは」
協議の末、唐井と山田が後衛に回り、射撃の腕が立つ衣笠と権守がファンタンを挟み撃ちにする「ゼットストライク作戦」が立案された。




