時代遅れ
『国家図書館に到着しました。お降りのお客様はお忘れ物の無きよう』
なんやかんやあって無事、図書館にたどり着くことができた。駅のホームに降り立つと目の前には大きな文字で《国家図書館》と書いてある看板が立ててあった。
「今時、こういう看板って珍しいね」
「確かに。なんでアナログ看板なんだろう。さっさとホログラム化しちゃえばいいのに」
疑問を抱えたまま奥へ進んでいくと右手に案内看板があった。
「さっきから設備が古いね、なにか意図があるのかな?」
「さあ?」
案内看板に従ってさらに駅の奥に進んでいくとついに国家図書館入口と書かれた看板を見つける。もう何も言うまいとそのまま素通りしようとすると不意に声を掛けられる。
「おい、止まれ」
「はい、なんでしょう」
声をかけられた方へ顔を向けるとそこには手元だけが見えるようになっている小さな窓口があった。
「招待状はあるか?」
「招待状? そんなものはないが。もしかして、なければ入れないのか」
「いや、なければ金を払えば入れるぞ」
「そうか、招待状はないから金を払おう。で、いくらだ」
「窓口の横に料金表を貼っている。それを見てくれ」
言われた通り横を見るとしっかりと料金表と書かれた紙が貼っていた。値段は五百円だった。花凛に値段を伝えようと振り返ると呆けた顔をして突っ立っている。
「花凛、金かかるぞ」
「ふぇっ!?」
「話、聞いてたか? 五百円だって」
「う、うん。もちろん聞いていたよ。それにしても、お金とるんだね」
「確かにな。まあ、諸々の維持費があるんだろう。仕方なく払ってやれ」
花凛と俺が携帯を取り出し支払いを済ませようとすると窓口の人がとんでもないことを言い出した。
「ああ、すまない。言い忘れていたが現金のみだ。キャッシュレスは対応できないんでね」
あまりにもすごいことを言い出すから二人して呆けてしまった。薄々気づいていたがこの場所は旧世紀の遺物並みにひどい。今までの道のりから現金のみの支払いシステム等、すべてが時代遅れにも程がある。
「無理だ。現金は持っていない」
「じゃあ悪いが今回はあきらめてくれ」
「仕方ないか。花凛、一回家に戻って現金を取ってくるぞ」
花凛はそれを聞き、口をあんぐり開けていかにも絶望という顔をした。
「そんなぁ……そこをなんとかどうにかできない?」
すると窓口の人が遂にキレ始めた。
「あんたらホントに何をしにここに来たんだ? 普通こういうことは事前に調べて来るものだろう。いい加減にしてくれないか?」
「うっ、ごめんなさい」
すっかり弱気になってしまった花凛を連れ帰ろうとすると図書館の入り口から声が聞こえた。
「あれ、もしかして同じ電車だった人達ですか? いやあ奇遇ですね、こんな所で戯れてどうしたんですか?」
入り口から現れたのはさっき電車で声をかけてきた少年だった。しかし、先に増してうざったい雰囲気を漂わせている。
「さっきの子だ! ねぇねぇ、今、すごい困ってるんだけど、ちょっと助けてくれない?」
「おいっ、やめろ」
少年は首をかしげると急に何かを納得したようでうんうんと頷きながら近づいてきた。
「もしかして皆さん現金を持ってない人たちですね。よくあるんですよ、現金忘れて入れず困っている人」
「いやまあそうなんだが。よくわかるな。そんなにわかりやすいかな?」
「そうですね、大体ここで詰まっている人は現金を持ってくることを忘れた人か犯罪履歴がものすごい人の二択ですからね。あなたたちは犯罪履歴があるとは思えないですから現金を忘れたのではないかな、と」
「なるほど。俺たち以外にも現金を忘れてくる人もいるのか」
「ええ、だから今回は特別に僕がお二人分お払いしますよ」
「いや、大丈夫だ。人様に金を借りるほど困っているわけではないからな」
お誘いを丁寧に断ろうとしたが相手はそういかないらしい。なぜかこちらをじっと見つめてなにかを訴えようとしている。それにやられたのか花凛がこちらを振り返った。
「星、いいんじゃない? 後で返せばいい話だし」
「いやいや、今度っていつだよ」
すると少年が口を挟んできた。
「返さなくていいですよ。今回は特別と言ったじゃないですか。ここは大人しく払われたほうがきっと未来良いことありますよ」
胡散臭くてとてもじゃないがわかったとは言えないのだが花凛があの電車で往復したくないという目をしながらこちらを見ているので仕方ない。
「ああ、ありがとう。お言葉に甘えるとします」
ニコっと少年は笑うとポケットから千円札を取り出し受付の人に渡した。
「よろしくね、受付さん」
「坊ちゃんや……毎度のことながら流石にやりすぎではないので?」
「いいんだよ、こんな端金は親にねだればすぐ貰えるよ。毎回言ってるでしょ」
千円を端金と言ったのかこいつ。給料事情を知らない子どもだからって千円を端金扱いとは親の教育はどうなっている。しかし、受付の人は少しの動揺もせず毎度ありと言い、席から離れていった。
「お昼ごろまで居られますか?」
「ああ、そのつもりだな。花凛もそれぐらいまで居るだろう?」
「うん。私は星についてきてるから」
「そうですか。それでは行きましょう、国家図書館へ」
少年につられて花凛と一緒に図書館の中へ入っていった。最初に目に入ったのは入り口からすぐ見えるようになっている大きな看板だ。ここでも看板かと思っていると少年が律儀に解説をしてくれる。
「今、なんでここはホログラム媒体が少ないのかと感じましたよね?」
「今というか駅に着いてからずっとだな」
「ホログラム媒体少ないというか一度も目にしてないね」
花凛も気づいていたようだ。少ないというより徹底的に無くしている。
「ええ、ここでは一切の個人ホログラム媒体の使用も禁止ですしもちろん他のホログラム媒体の使用も禁止です。なぜならマザーAIが非常に脆いからです」
「脆い? マザーAIは国の政治の中心そして現代社会における知識の集合体だと認識しているがそんなものを一切の防護もせずに使っているのか?」
花凛も頷き、疑問を口にした。
「それこそヴィンテージじゃあるまいし少しの電波で壊れるような性能じゃないでしょ」
少年は首を振り説明を続けた。
「もちろん防護はしています。しかしあなたたちが考えている防護とこの国家図書館が想定している危機への防護は全く違います。あなたたちの個人用ホログラム媒体如きではこのマザーAIは壊れたりしません」
なるほど、理解した。端から個人からの電波障害など考えていなかったのか。
しかし、花凛はわからないという顔をしていたので少しだけ俺も説明する。
「要するに他国からの電波障害、所謂ハッキングやクラッキング、はたまた居場所特定からの物理破壊の阻止のためということだ」
「そういうことです。ついでに付け加えると国内からの攻撃も阻止するためですね」
ようやく花凛も理解したようで深く頷いていた。
「では、このまま案内でもしましょうか?」
「いやいいよ、個人的に調べものをしにきただけだから。子機の位置も知っている」
「そうですか、それでは後の機会にまた会いましょう」
「じゃあね……えっと、名前なんだっけ?」
しまったという顔をし、気まずそうに名乗った。
「紹介遅れました。僕の名前は天之内蒼と言います。お二方は?」
そういえば、俺らも自己紹介を失念していた。
「俺は箱宮星だ。隣は高嶺花凛、同級生だ」
「高嶺花凛です。よろしくね」
「高嶺さんに箱宮さんですね。それではまた会いましょう」
「ああ、じゃあな。借りは忘れないでおくよ」
「さようなら、また会おうね!」
少年、もとい天之内蒼は会釈をするとその場を離れていった。
「さて、俺たちもこの腕輪たちのことを探すとしますか」
「うん」
最後に登場した少年の氏名ですが、天之内が苗字で蒼が名前です。