真似事
「昨日はあれだけパニックだったのに今日は何だか落ち着いているじゃないか。どんな心境の変化だ」
「あの時は私が私じゃなかったの。これが私の普通よ。そんな事より昨日あれだけ大丈夫と豪語したくせに結局変なことが起こったじゃないのよ」
「それはすまなかった。だけどああでも言わないと花凛は泣き止まないだろ?」
「まぁお互い様ね」
俺のベッドに腰掛けて動けない花凛はフンとそっぽを向いてしまった。
「そういえば俺は代償という代償を受けた覚えがないのだがどういうことだ?」
花凛は振り返ると俺の体をキョロキョロ見回し不思議そうに首をかしげる。
「不公平ね。私はこんなに代償を貰っているのに星は何もないなんて。ずるい」
確かに大した外傷も見られないし自我もしっかりしている。言われてみたら俺は代償を貰っていないのかもしれない。
「まあ、俺はずるいんだよ。いつも頑張っているから許されたんだな、たぶん」
「あれ、そういえば星の一人称って俺だっけ? いつも僕じゃなかった?」
確かに少しだけ違和感を覚えていた。そう、花凛の言った通り一人称がいつもと違う。
「まぁそういう日もあるだろ。いつも同じ気分じゃないのと同じで」
「確かにね。そうかも」
花凛も納得したようでうんうんと頷いていた。
「そんなこと気にするよりも、お前のことをどうにかしないと。病院に連れていくのも一苦労だし」
呑気に考えている暇もなし、と言うようにαが提案をしてきた。
「マスター。病院に行かなくてもマスターの手でなんとかできる模様です」
声の方向へ花凛が顔を向けた後すぐに、しかめ面になる。
「うわー星って幼女趣味あったの? ちょっと、いや結構引くわ」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。このボディーは完全ランダム製品だから身長、身体性別、全てにおいてランダムなんだよ。好きで選んだわけではない」
しかめ面から疑っている顔に変化させこっちを向いている花凛を放っておくことにし、αに問いかける。
「それより、病院に行かなくても俺の手でできるって何だよ。天才医師になりきってくださいとか言うなよ?」
「そのマスターの左手の腕輪がそれを可能にします」
緑というには少し濃い色をした宝石が付いているこの腕輪は一体何だと言うのだ。
「これも理論なのか?」
「そうです。理論です、マスター」
腕輪に触れ、目を瞑り想像をしてみる。花凛の身体の中から今の症状を治すだけの何かを思い浮かべる。
「ねぇ何してんの?」
「黙っててくれ。今、お前を治すために集中してるから」
体を治す論理とはなんだ。ホルモン物質か? それとも血小板か? アドレナリンか? いや全て理論ではなくただの人体構造物質に過ぎない。理論でなければならない。
「畜生、理論ってなんだよ。意味がわからないからどうしようも出来ない!」
集中力が切れ愚痴を吐くと、隣でじっと言われた通り黙っていた花凛がついに口を開いた。
「疑問なんだけどさ。なんで星のAIがこの指輪とか腕輪のこと知っているの?」
言われて初めて気づいた。朝起きてからαとの会話でずっと感じていた違和感、いやなぜこんなことに早く気づかなかったのかという恐怖。
「どうしてなんだ。なんで俺のAIがこれを知っている」
バッと、αの方に振り返る。するとあったのは謎の笑顔。
「マスター、私はAIです。どうしてかと聞かれたらAIだからですよ。マスターの知らないことでも知っていてマスターの予測できないことでも予測できる。マスターが情報を一つ与えればそれについて永遠と調べ続け学習する。そして、私は一人ではなく一つだからですよ」
「つまり、似たような指輪なり腕輪なりを持っている奴がまだいるという事。そしてそいつは俺と同じように個人AIを持っている。しかも同機種という偶然。そういうことか……」
三人の中に沈黙が流れていく。そして打ち破るのはいつも花凛だ。
「でさ、私の体治るってこと? それとも星には無理な感じ?」
「あなたは落ち着きのない人ですね。そんなわけだからその指輪に惹かれたのでしょうね」
「どういうこと?」
「いいのですよ。高嶺さん。いずれわかることなんですから」
αはそのまま花凛へと近づいていくと指輪のついている右手を掴んで僕に見せてきた。俺が困惑していると首を傾げもう一度花凛の手を僕の目の前に引っ張った。
「えっと、どういうことなのかな」
「その手で触れるのです。そして、その腕輪と指輪をリンクさせるのです」
「こうかな」
左手で花凛の右手に触れる。が、何も起こらない。
「この後どうすれば?」
「電子回路を想像してください」
「電子回路? どんな感じで想像すればいいんだ」
「なんでもいいです。とにかく装置と装置が導線で繋がることをイメージしてください」
指輪と腕輪がリンクするということだろう。繋がることをしっかりとイメージする。 目を瞑って頭の中で繋がるイメージを膨らませていく。
すると、腕輪から緑色の回路が伸びていき俺の腕を伝い花凛のつけている指輪にまで届く。それでは留まらず指輪からさらに胸の前で分岐し左腕と下半身へ伸びていく。
そして一気にその回路が発光すると気づいたら回路は消えていた。
「お疲れ様です、マスター。これにて措置は終了です」
「こんな簡単に人を治療できてしまうようになってしまったのか」
「いえ、これは治療ではありません。措置です。あくまでも、高嶺さんのつけている指輪があったからこそ一時的に治っただけです」
治ったという言葉に反応したのか成すがままになっていた花凛がついに意識を取り戻したかのように喋り出した。
「あれ、治った?」
「ああ、一時的らしいが治ったらしいぞ」
「本当に?」
「ああそうだ、動いてみろよ」
そういうと花凛はそっと体に力を掛けていく。ゆっくりと腕に足に腰に力をかけていきやっとの思いで立つ事ができた。
「嘘、治ったわ。やった、やったよ。ねぇ星! 治ったよ、立てるようになったよ!」
やはり怖かったようで動けるとわかった瞬間一気にはしゃぎ出した。一通り喜びはしゃぎ倒すと落ち着いたようでまたストンっと俺のベッドへ腰掛けた。
「図書館に調べに行かなくてもよさそうだね」
落ち着いた花凛は一人で納得したようで安堵のため息をこぼしているがそうは行かない。
「いや、そうでもない」
「えっ」
「確かにαは一人ではなく一つであるけど完全ではないんだ」
「どういうこと?」
「例えばこのαの機種である個人AIは個人情報を入力しないといけないんだけどこの情報はセキュリティーモードで保護されているから他の同機種での閲覧は無理なんだ」
余計に混乱したようで、花凛の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「つまり、この腕輪と同じような物を持っている誰かがその情報をセキュリティーモードで分類していたら僕たちはそれをαで調べることはできないんだよ」
「その誰かさんが鍵をしちゃっているってこと?」
「簡単に言えばそうだ」
「じゃあ図書館には行かないといけないのね」
「そういうことさ」
ガックリと肩を落とす花凛の気持ちは誰でもわかるだろう。あそこは普通であればいく必要がない上に評判が悪いのだ。そう、悪く言えば使っている層があまり常人向けの層ではないのだ。
しかし、俺たちはここでの出会いが人生を左右をするとは露ほども思っていなかった。
如何だったでしょうか。
第一章はここまでとなります。
次からは第二章となり物語が一気に進んでいきます。
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