表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石の魔法  作者: つぶ丸
第一章
3/29

箱宮星 自宅

「ただいま、父さん」

「おかえり星。今日は少し遅かったな、何かあったか」

 父さんの声がリビングから聞こえ少し躊躇ったがここは秘密にすることにした。本当は打ち明けてなんとかしてもらいたいがせっかく見つけた腕輪を持ってかれるくらいなら自分でなんとかしたほうがいいだろう。

「いや、今日は花凛と一緒に話しながら帰っていたから」

「そうか、なら安心した」

 父さんはそういうなり黙った。するとテレビの音らしきものが聞こえ始める。どうやら、外国の国営放送を見ているらしく音声は聞きなれない言語だった。

 学校から英語の授業がなくなったのは僕が幼稚園ぐらいの頃からと親から聞いたが確かに他言語などAIが勝手に翻訳してくれるから知っている必要がないわけで十分に合理的な判断だったと中学生の時の僕は思った。

 なにせ、他の教科の勉強が忙しすぎて言語学習などやっている暇などない。そんな勉強をするくらいならさっさと個人AIの拡張を学んだほうが今後の人生にも大きく役に立つだろう。だから、僕の親は早々と個人AIを僕に買い与えたわけだ。

 最近我が家に導入されたホログラム化された洗浄機で手洗いを済ますと自分の部屋に入る。そこで待ち構えていたのは巨大な段ボール箱。中身は当然把握している。そう、これこそ個人AI拡張パーツのボディーだ!

「やっと届いたか! 発注してから随分と経ったから忘れかけていたよ。人気商品だから仕方ないけどさ」

 愚痴をこぼしながら段ボールを開けていくと入っていたのは大体百二十センチぐらいの背丈をした少女型AIボディーであった。

「嘘だろ! 確かに身長と外見性別はランダムだったとはいえこうもハズレを引くとは思わなかったな。全く、これでは生活補助というより生活補助を僕が施さなければならなそうだな」

 ため息が自然と出そうなのは流石に許容してほしいぐらいだが、こうなったらせめて不良品でなければよしとしよう。

「起きろ、α!」

 机にあったホログラムディスプレイが起動し点滅する。数秒後に点滅が止まり一瞬ブラックアウトした後、αの文字が浮かび上がりそして起動する。

《二千五十年、七月二十日、午後六時三十二分、個人AI、名称α、起動しました。こんばんは、マスター》

「起動確認よし、α、拡張パーツボディーをスキャンしデータをインストール後、自分のデータを僕の個人クラウドにバックアップをとってからAIコードをボディーに転送しろ」

《了解、マスター。全工程推定終了時刻は午後七時ジャストです》

 七時か。まだ時間があるな、晩御飯でも食べて待っていようかな。

 自分の部屋を出てダイニングへ向かうと丁度良く母さんがキッチンで料理の準備をしていた。

「母さん、帰っていたんだね。丁度料理をしようと思って来たし何か手伝うよ」

「あら、星いたのね。気づかなかったわ。いたのなら帰って来た時に声をかけてくれても良かったじゃない」

 エプロンをしながら母さんは会話を続けようとするがなかなか紐が結べず焦り始める。

「星、少し紐を結ぶのを手伝ってもらっていいかしら。なぜだかうまく結べないわ」

「仕方ないな、今行くよ」

 キッチンにいる母さんの元へ向かい紐を結んであげる。前まではここまで症状が悪くなかったはずなのに最近になって酷くなり始めた。

「ありがとうね、星。それにしても嫌になってしまうわね。自分の思ったように体が動かせないのは気が滅入るのよ」

「大丈夫だよ、母さん。いつでも手伝ってあげるから」

 母さんに微笑んであげるといつも喜んでくれるが結局のところ解決する方法が無い。

「星は優しいわね、いつも助かっているわ。──あら見慣れない腕輪をしているわね、どうしたの、それ」

 反射的に左手を隠してしまったがもう手遅れであった。

「何? 星、小物を買ったのか」

 リビングにいた父さんまで反応してしまい最早為す術無しといったところかと思われたが起死回生の言い訳を思いつく。

「いや、違うんだ。友達から面白い腕輪があるって言うので貸してもらったんだ。これからちょっと調べる予定なんだ」

 一瞬の沈黙の後、どうやら二人とも納得した様子になった。

「ところでさ、母さん。次の検診明日じゃない? 準備終わった?」

 すると母さんは突然思い出したかのように頷く。

「そうだったわね、ありがとう星。なんだか世話になりっぱなしね。料理は星に任せるわ」

 母さんは急ぎ足で部屋に戻って行く。

 往診に来てくれればいいものをわざわざ行かせるのだから現代の医者というのも患者に対し明白な嫌悪感を持っているのだろう。

「父さん、最近母さんはどうなの。あんまりよく無い感じだけど医者はなんて言っているの」

「どうやら、AIを使えないから古来的な検査しかできなくて詳しくわからないそうだ。こんなのは職務怠慢だろうと何回も言っているが相手にされなくてな。これから医者を変えようと思っている次第だ」

「医者の風上にも置けないやつだ、そいつ。AIにできないから医者に頼んでいるのにわからないとか存在定義の破綻だろ」

「全くだ……」

 どうやらチャンネルを変えたらしくホログラムディスプレイが別の画面を映していた。


《速報です。昨日行われた閣僚会議でデータ障害者に関する法律が閣議決定されました。記者によりますと差別撤廃を中心とした様々な法律が盛り込まれており今後の法整備にも期待ができるそうです。また会議後の首脳記者会見では、二千五十五年を目安にデータ障害者に関する法律の完全整備予定を目指しているとの事です。以上、速報でした》


「この辛い環境もあと五年か」

「まだかかるよ、差別はそう簡単には消えないから」

「それもそうだな」

 父さんはホログラムテレビを消し、ソファに寝転がって音が聞こえるほどの欠伸をした。

「世の中、何も変わらないな」

「それは不変の真理だよ」

 時計を見ると部屋を出て来てから十二分しか経っていなかった。

「さて作るか」

 有機物用ホログラム保存装置──昔の名残で冷蔵庫と呼ばれているがつまるところ食料を一時的に保存しているところから今日使う食材たちを取り出し調理を開始する。やることは簡単で食べやすい大きさに包丁でカットしたら後は自動調理マシーンに具材たちを入れてメニューを設定しスタートボタンを押すだけだ。

「メニューはなんでもいいだろ、父さん」

「ああ」

 この頃、食に対する関心というものが段々薄くなって来ている気がするのは自分だけでは無いだろう。最近はレストランも金持ちだけが楽しめるような環境になりつつあるし外食という文化そのものが消えつつある中で人の三大欲求とまで言われた食欲が弱まりつつあるのは自然なことかもしれない。

「僕は自室に戻って、AI拡張しているから完成したら呼んで」

「わかった。すぐできるのだから早く戻って来なさい」

「わかってる」

 僕はそのまま自室に入るとボディーへの転送が終わっているか確認してみることにした。

「α、データ転送はどのくらい終わった」

《現在、七十二パーセント転送完了しています。百パーセント完了まであと十一分です》

 机上のホログラムディスプレイが待機状態になっていることを確認しボディーのチェックを始める。

「特に何もなさそうだな。それにしてもランダムでここまでハズレを引くとは心外だったな。交換はできなそうだしどうしたものか……待てよ、ボディー拡張パーツがあったはずだな。それを買えばいけるかな、いや高いから無理そうだな」

 携帯用ホログラム通信システム、名の通りの携帯を取り出しネットワークに繋げる。通販サイトで調べてみるとやはりボディー拡張パーツは数十万もしていた。

「これは無理だ、高すぎる」

 銀行預金はすでにこのランダムボディーのせいで三十万を切っている状態なのに新規拡張パーツで数十万使ってしまったら将来設計が崩れて無くなる。バイトらしいバイトもしていないしほぼお年玉でもらった分を継続して預金していたらすっかり貯まったものなので、もはや残された手段はギャンブルくらいなものだが……やめておこう。

「星、料理が出来たぞ。戻ってこい」

「わかった。今行く」

 リビングに戻るとすでに盛り付けを父さんがしてあって配膳も済んでいた状態だった。

「ありがとう、父さん」

「別にいい。お前も何か新しいことをしているから忙しいだろう」

「感謝は忘れないさ」

 母さんも丁度戻ってきたところだったようで席に着いていた。

「星、料理ありがとう。助かったわ」

「いいよ。いつでも手伝うから」

 僕も席につき家族全員が揃った。

「「「いただきます」」」

 名前もわからないが美味しい料理を家族で食べるというのはやはり幸せなことだなと思いながら味と共にその幸せを噛み締めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ