5.橋の下の家、フロルハウス
「なあ、フロル。小屋の場所はどこにする?」
ゲンが話しかけてきたのは、川べりに戻り、皆で昼食を済ませたあとのことだった。フロリアナは魚を五匹釣って、昼食の食材集めに貢献していた。
「わたくし、橋の下がいいですわ! なんだか落ち着きそうですもの」
「残念だけど、橋の下はだめさね」
そう話したのは、フロリアナに湯をくれた女だった。
「橋の下は、みんなの集会場になっているんだ。雨の日にも使えるからね」
「そうでしたの。では、どこがいいかしら。わたくし、ちょっと見て回ってきますわ」
「いや、待て」
その場を制したのは、ゲンだった。
「フロルには、橋の下がいいだろう」
「なんだい、この子だけ特別扱いかい?」
「そうじゃない。フロルはまだ子どもだ。橋の下なら男女どちらからも見守ってやれるだろう。目隠しにもなるから、よそから余計な詮索をされずに済む」
ゲンがそう話すと、女は頷いた。
「それはまあ、確かに……」
「お待ちになって。わたくし、そんなつもりじゃなかったんです。新しい場所を決めますわ」
すると、反対していた女がフロリアナの肩をぽんと叩いた。
「いや、やっぱりあんたは橋の下にしな。なんだか放っておけないよ。考えてみれば、雨よけもこれからだしね」
「雨よけ……?」
なんのことだろう。きょとんとしたフロリアナに、女はウインクする。
「完成した小屋は、そのままじゃ雨漏りしちゃうだろう? そうならないように、表面に蠟を塗ったり、水に強い布をかぶせたりするのさ」
「すごいですわ。生活の知恵ですのね」
内心で、フロリアナは衝撃を受けていた。今までは、貧しい人々のことを「恵まれない人」とひとくくりにしていた。
貴族として、未来の王妃として、そういった人たちに支援をしたいとは思っていたけれど、それだけの存在だった。
けれど、実際の彼らはどうだろう。自身の境遇をただ嘆くのではなく、少しでも快適に暮らせるように工夫を重ね、心豊かに生きている。
自分も強く生きていこうと、フロリアナは心に決めた。
「フロル。ちょっと横になってくれ」
「こうですの?」
「そうそう。よし、大きさはこれくらいか」
ゲンは素早く寸法を測ると、瞬く間に小屋を組み立てていった。
フロリアナにできることといったら、素材を運ぶことと、お茶を差し入れすることくらいのものだ。ちなみに、お茶とは仲間の女おすすめの、そこらへんに生えていた草を煮だしたものである。
できあがった小屋は、フロリアナが足を伸ばして寝られるほどの広さで、半身を起こしてなお、余裕があるくらいの高さがあった。
酒屋の店主からもらった小銭で買った、大判のタオルを敷けば、フロリアナだけの寝床の完成だった。ゲンは、フロリアナが小銭を渡そうとしても、頑として受け取らなかったのだ。
「ゲンさん、皆さん、なんてお礼を申し上げたらいいか……。わたくし、こんなに嬉しいのは生まれて初めてですわ」
ベルントに家が一軒買えるほどの価値がある宝石を与えられたときも、公爵家の一角にフロリアナのためだけの小さな離れが建てられたときよりも、学院で首席をとったときだって、こんなに興奮するほどの喜びを感じたことはなかった。
王太子との婚約が決まったときは……、家同士の取り決めだったので、特に嬉しくはなかったフロリアナである。
「よかったな、フロル。これでお前も正式な『家なし』の仲間入りだ」
世間では、こうして野外で暮らす人々のことを「家なし」というらしい。
「こんなに立派なお家があるのに、どうしてそんなふうに呼ぶのかしら。そうだわ、この小屋の名前はフロルハウスにしましょう。うふふ、おしゃれですわ」
川べりに咲いたたんぽぽの花がフロリアナを祝福しているかのようだ。フロリアナは上機嫌でうんうん、と何度も頷いた。
「見つけたーッ!」
大絶叫が響いたのは、そんなときだった。