エピローグ
フロリアナは道端のたんぽぽを見つめた。黄色い花は道案内をするかのように、真っ直ぐに並んでいる。その道の先にあるのは、一軒の酒場。
両開きの扉を勢いよく開けると、底抜けに明るい声が響いた。
「やっと主役が来たね! 皆、フロルだよ!」
タバサが顔を向けた先には、十人ほどの人物がいた。
「ああっ! お前は、赤い悪魔!」
そう叫んだのは、以前アルバイトでフロリアナをクビにした、宝石店の店長である。
「店長さん! その節は、大変お世話になりましたわ」
「お前のせいで、店の評判が落ちて大変だったんだぞ!」
「それは、わたくしのせいじゃありませんことよ」
フロリアナが店主をあしらうと、横からきんきんとした声が飛んできた。
「ちょっとフロリアナ! こんなところに呼び出して、なんのつもりなのよ!」
金髪碧眼の可愛らしい少女が、フロリアナをにらみつける。
「シーリアさん、よく来てくださいました。今日はお世話になった方々とのお食事会なのですわ。シーリアさんもたくさん召し上がってね」
「あんたねえ……。お世話になったって、皮肉で言ってんの?」
そうだよなあ、とこれを肯定したのは、宝石店の店主だった。
「姉ちゃんの言う通りだよ。俺はこの赤い悪魔を、一時間でクビにしたんだぞ。それなのに招待されるって、むしろ怖いわ」
「分かってくれますう? まあ、食事はもらいますけど」
なにやら盛り上がっている二人から視線を転じると、その隣には白いシェフコートを着た男性が立っている。
彼はフロリアナと目が合うと破顔した。
「よう、フロル。今日は招待してくれてありがとうな」
「そんな、こちらこそお礼申し上げますわ。シェフに会いたかったんですのよ」
「なあお前。シェフシェフ呼んでくるけど、俺の名前知ってるか?」
思いがけぬ追及に、フロリアナは目を泳がせた。
「そういえば……。ほら、シェフって称号でございましょう? 国王とか王子みたいな。格好いいではありませんか」
「称号じゃねえよ。こういうのは職業っていうんだ!」
この話の流れだと、シェフはまた怒り出しそうだ。そろりそろりと店の奥に移動すると、そこには川べりの仲間たちが並んでいた。
「ゲンさん! 皆さまも……、お久しぶりです」
「フロル! 会えて嬉しいよ」
ゲンと握手を交わす。この分厚い手に、何度助けてもらっただろう。
「あたしたちを呼んでくれるなんてねえ。店で食事をするのなんて、いつ以来だろう」
いつも湯を沸かしてくれた女は、感慨深そうだ。
「ラスも、久しぶりだな。もうフロルを家なしにするんじゃねえぞ?」
ゲンがフロリアナの背後に声をかけた。そこには、ずっとフロリアナに付き添う、ラスとクローディアスが立っている。
「もちろんです。お嬢さまのことは私がお守りします」
「家なしってなんだい?」
ラスとゲンの会話に割り込んだクローディアスは、不思議そうな顔をしている。
「わたくしの仲間のことですわ。親切な方ばかりですのよ」
「フロル嬢の仲間か。それはうらやましいな。僕もそんなふうに呼ばれてみたいよ」
微笑むクローディアスを見て、ゲンが疑問を口にした。
「あんたは誰だ? 初めて見る顔だな」
「僕はクローディアス。フロル嬢の騎士だよ」
エプロンで手を拭きながら近づいてきたタバサが、若い娘のようにきゃあ、と声をあげた。
「フロル、ラスとこの兄ちゃん、本命はどっちなんだい? 二人ともイケメンじゃないか」
「いけめん……?」
「格好いいってことさ。あたしはフロルなら、どっちもって選択肢もあると思うけどね」
「もう、タバサさんったら。二人とはそんな関係じゃありませんのよ。全然違いますわ!」
「全然……」
ラスがなにかを嘆くように、天井を見上げた。
「違うんだ……」
クローディアスは首が折れてしまうのではないかと思うほど、がくりとうなだれた。
「タバサさん、皆を呼んでくださってありがとうございます」
「なあに、全員町の一員さ。それに、貸し切り料金として、多すぎるほどの金額を受け取ったからね。まさか、フロルにお金を支払ってもらうことになるとは思わなかったよ。あんた、お金は大丈夫なのかい?」
王都に戻ってから、一か月。
フロリアナは週末の休みを利用して、世話になった人を集め、食事会を開いたのだ。
これだけは持っていってほしい、とベルントに持たされた小遣いは使い果たしたが、そんなことは構わない。
「また稼げばいいですわ。なんといっても、わたくしにはアルバイトがありますもの」
酒場には、盛夏のみなぎるような日が差しこんでいた。カーテンがひらりと翻って、窓から窓へと涼やかな風が通り抜けていく。
酒場に満ちた笑い声は、日が暮れるまで止むことがなかった。
お付き合いくださって、ありがとうございました。
もしも面白かったと思ってくださったら、評価や感想など頂けたら幸いです。
また、ブックマークや評価、いいねをつけてくださった方、とても嬉しかったです。
読んでくださった方に、いいことがいっぱいありますように!




