28.お嬢さま、貴方、前向きすぎて迷惑です!
約二週間ぶりに登校したフロリアナは、周囲の自分を見る目が、いつもと異なることに気がついた。
――きっと、学院の掃除が追い付かなかったのね。
フロリアナは重々しく頷いた。やはり、清掃令嬢たる自分がいないと学院は始まらないのだ。
「あっ、フロルさま!」
「フロル嬢がいない間、学院は退屈だったぜ!」
姫桃のクラスメイトに囲まれて口元が緩むフロリアナだったが、しっ、とその場を制する静かな声を聞いた。
「皆さん、王国の発表を聞きましたね? フロリアナ嬢はマラティヤの王女になられたのです。王族の名をみだりに呼んではいけませんよ」
生徒たちに注意したのは、クラスの担任ロイドだった。
どうしようもない寂しさを感じてクローディアスを見ると、彼は仕方がない、とでも言うようにかぶりを振った。
そうか、とフロリアナは理解する。クローディアスは生まれたときから、この寂しさを抱えているのだ。でも――。
――負けないわ。
「皆さん、わたくしのことは、これからもフロルと呼んでくださいませ。わたくしはただのフロリアナ。ひとりの人間ですわ」
「でも、それは……」
「無理だろ……」
クラスメイトの声は、諦めの色を帯びている。
一方のフロリアナは、どうしても納得がいかなかった。立場が変わった、ただそれだけのことで、級友たちの態度が変わってしまうなんて。
――わたくし自身は、なにも変わっていないのに。
思わず俯いた。悔しさと寂しさに唇を強く噛みしめる。気を抜くと、涙が滲みそうだ。
珍しくしおらしいフロリアナの様子に驚いたのか、クラスがざわついた。
「フ、フロル嬢、落ち着いて!」
「フロルさま、大丈夫です! 私たちはお友だちなのですから」
クラスメイトの声に、フロリアナはおずおずと顔を上げた。いつの間にか、姫桃のクラスを覗き込んでいる、大勢の生徒からの声援も聞こえてくる。
「フロルさま、応援してます!」
「清掃令嬢、頑張れー!」
それを聞いて、フロリアナはくしゃりと相好を崩した。令嬢らしくないが、構わないだろう。フロリアナはアルバイトをしている、ただの学生なのだから。
その日の放課後、フロリアナは寮への道を歩いていた。
隣には、フロリアナを校舎まで迎えに来たラスと、女子寮の前まで送っていくと言って聞かないクローディアスがいる。
「あら? あの方は……」
女子寮の前に立っていたのは、寮長だった。いつも怒ったような顔をしていた彼女はいま、迷い子のような表情を浮かべている。
「寮長さま。ごきげんよう」
「フロリアナさま……」
寮長は、静かに両膝をついた。
「今までのご無礼、なにとぞお許しください。長期休みには、いくらでも寮にいていただいて構いませんから。どうかどうか」
「それは調子がよすぎるのでは? 元々学院長が許可を出していたのに、あなたが勝手にフロル嬢を叩きだしたと聞いたけれど」
クローディアスの表情には険がありありと浮かんでいる。
「ありがとうございます、殿下。でも、そのことはもういいんですの」
フロリアナはクローディアスに微笑みかけると、寮長に向き直った。
「寮長さま、お立ちくださいませ。わたくしはなにも気にしておりませんわ」
フロリアナは胸を張った。寮を追い出されたくらいで、へこたれる自分ではない。
「家などなくっても、わたくしは生きていけますもの」
そのための知識も技術も、ちゃんと与えてもらった。おまけに、人は助け合うことができるのだ。自分なら、どこでもやっていけるとフロリアナは自信満々だった。
「……おそれながら、お嬢さま。ひとつだけ申し上げてもよろしいでしょうか」
「なあに、ラス」
「私はあなたをお守りしたいのです。できることなら大切に、大切にしまい込んで、手離したくない。それなのに、あなたはどんなところにでもしり込みせず、飛んで行ってしまう。お嬢さま、貴方は前向きすぎて、少しだけ――、ほんの少しだけ、迷惑でございます」
「あら、ラスったら。わたくしがひとりで飛び立つのが嫌なのでしたら、あなたも羽を広げればいいではありませんの。ラスなら、わたくしの隣を飛んでもよろしくってよ」
ラスの瞳がぱっと輝いた。
「お嬢さま、それは……!」
「僕は? 僕もフロル嬢と一緒に飛べるかな」
ラスの言葉は最後まで発されることがなかった。クローディアスがラスを突き飛ばして、フロリアナの前に立ったからだ。
「そうですわねえ。殿下もまあ……、よしといたしましょうか」
「やった! ラス、負けないよ」
「殿下……。お嬢さまに必要なのはあなたではなく、この私だと、思い知らせてさしあげます」
くすくす、とフロリアナは笑いだした。この二人はいつも、変わらない。そんな二人にどれだけ勇気づけられているか、彼らはきっと知らないだろう。
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