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20.君を捜して

 部屋の中に空虚なノックの音が響いて、ラスは我に返った。扉を開けると、廊下に桃色の髪を持つ人物が立っている。


「殿下……」


「ラス。フロル嬢の行方は?」


「まだ、分かっていません……。ですが殿下、ここは女子寮です。なぜ殿下がここにいらっしゃるのですか」


 王子といえど、女子寮に侵入した時点で、不審者と変わらない。

 ラスの場合は、男でありながら、公爵家が莫大な寄付金に物を言わせ、特例でフロリアナに侍ることが許されたのである。


「非常事態だからね。なんとか、潜り込むことができた。僕もなにかしたいんだ。とりあえず、部屋に入れてくれないかな。ここではすぐに見つかってしまう」


「お嬢さまの部屋にですか? それは……」


「いいから。作戦会議をしよう」


 渋々クローディアスを部屋に入れると、さっと室内を見渡した彼は、小さく微笑んだ。


「こぢんまりしていて、可愛らしい部屋だね。フロル嬢らしい」


 クローディアスは促されてもいないのに、椅子のひとつに座った。ラスも、渋々と椅子に腰かける。


「殿下。お嬢さまの部屋を覗きに来られたなら、今すぐお帰りください」


「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。というか、君のフロル嬢とそれ以外に対する態度の違いはいったいなんなのさ」


「私はお嬢さまにしか、忠誠心を持ち合わせておりませんから。それで、作戦とはなんなのですか」


 ラスはじろりとクローディアスを見た。彼の、フロリアナへの好意は見え見えで、ラスとしては面白くない。


「今、学院総出でフロル嬢を捜している。だから、捜索は彼らに任せて、僕たちは彼女の失踪の理由を探るべきなんじゃないかと思ったんだ」


「失踪の理由……?」


「フロル嬢が自ら家出をするはずがないだろう? だったら、誰かにさらわれたとみるべきだ。でも、学院にそんなことをできる者がいると思う?」


「侍従もメイドも、人柄が信頼できる者を厳選して配置していると聞きます。とてもそんな大それたことは……」


 クローディアスはぴん、と人差し指を立てた。


「じゃあ、犯人が生徒だとしたら?」


「それは更にありえないのでは? 仮に生徒が悪事を企てたとて、人ひとりを誘拐することは難しいでしょう」


「そうなんだけれど……。実は、やりかねない人間がひとりだけいるんだ」


 菊の花、強引な呼び出し、机への落書き。それを聞いたラスは驚愕で呼吸を忘れた。


「いじめを受けていた……? しかし、お嬢さまはそんなこと、ひとことも……」


「うん。言わなかっただろうね。というか、いじめだと認識していたかどうかも怪しい。なんせ、嫌がらせの数々を喜んで受け止めていたようだから」


「くっ……。私はお嬢さまのなにを見ていたというんだ……」


「いや、ありのままの彼女だと思うよ?」


 悔しさに歯ぎしりをするラスに対し、クローディアスが諦めの混じった表情を浮かべた。


「問題は、フロル嬢をいじめていた生徒のことだ」


「その人物が、お嬢さまをさらったと?」


「あり得ることじゃないかな。だって、いじめの犯人はルース男爵令嬢なんだから」


 ラスは椅子を蹴立てて立ち上がった。


「その名は……! 王太子殿下の寵愛を受けているという、女子生徒のものではありませんかっ」


「そうだよ。先日のパーティーでも、優雅に踊ったフロル嬢のことをずいぶんと目の敵にしていたようだ」


 もはや、クローディアスの話をじっと聞いていることはできなかった。気持ちが急くままに、部屋の扉へ向かう。


「ルース男爵令嬢の部屋は、ここから一つ下の階にあります。今から問いただしてまいります」


「じゃあ、その間僕がここで待機しているよ」


「殿下……。王族といえど、お嬢さまの私物に触ったらただじゃおきませんからね」


「もちろん、分かっているよ」


 クローディアスがラスに向けてひらひらと手を振った。


 屋根裏部屋のある四階のすぐ下には、下級貴族の令嬢たちが起居している。急いで階段を下りると、廊下には数多くの扉が並んでいた。

 扉の間隔が狭いのは、部屋が小さいからだろう。


 ラスはトラブルがあったときにフロリアナを守れるよう、全ての部屋の持ち主を暗記している。

 記憶によれば、シーリアの部屋は階段のすぐ隣。つまり、いちばん格が低い部屋ということになる。


 扉をノックすると、「だれえ?」と気怠い声が聞こえた。


「私はフロリアナの執事で、ラスと申します。ルース男爵令嬢に取次ぎを願えますか」


 突然、扉がばん、と開いた。


「あんた、馬鹿にしてんの? この部屋に用件を取り次ぐような召使いがいるわけないじゃない」


 きんきんとした声が廊下に響く。ラスは努めて冷静に、口を開いた。


「突然お訪ねしたこと、お詫びのしようもございません。実はお嬢さま……、フロリアナさまの行方が分からなくなってしまったのです。今日の放課後、お嬢さまをどこかで見かけませんでしたか」


「なんであたしに聞くの? そんなの知らないわよ」


「どんなことでもいいのです。お心当たりはありませんか」


 ラスは食い下がった。この娘から、情報を引き出さなくては。


 しかし、シーリアはつん、とラスから顔を背ける。


「あたしはフロリアナと親しくないの。でも、そうねえ……。考えられるとすれば、フロリアナは逃げ出したんじゃない?」


「それは、どういう意味でしょうか」


「だって、みじめじゃない。マティアスさまに振られて、あげくに没落。今じゃ学院で下働きまでしてんのよ? あたしだったら、恥ずかしくて学院になんかいられないわ」


 ラスはゆっくりとかぶりを振る。


「お嬢さまは、そのようにお考えにはなりません」


 ラスの言葉に、シーリアが歪んだ笑みを浮かべた。唇は引きつり、苛立ちを隠しきれていない。


「なにが言いたいの? あんたの大切なお嬢さまは誰かにさらわれたとでも?」


「その可能性もあると考えております」


「ありえないわ。そんなこと、この学院の人間にできると思う?」


 くすくすと笑うシーリアの言葉を聞いて、ラスは目を見開いた。この学院の、人間。彼女はそう話した。


 ――まさか。


「失礼しました」


 踵を返したラスは、屋根裏部屋に取って返した。


「殿下。もしや犯人は、実行犯を外から導き入れたのではないでしょうか」


「どういうこと?」


「ルース男爵令嬢が犯人だという証拠はありません。ですが、彼女は笑っていました。お嬢さまがいなくなったというのに……。そして、言ったのです。この学院の人間に、そんなことはできないと」


「うん、それで?」


「学院では、週末の限られた時間だけ、外出が認められておりますね? 外部の人間を雇うことは、充分にできるはずです」


 ラスは思い出していた。


『この間、東棟の奥で、塀が崩れているのを見つけたんですの。危ないから、ロイド先生に報告しておいたわ』


 フロリアナが、そう話していたことを。


「この学院の警備は、厳重なことで有名なんだよ。入り込める場所なんてない。さすがにそれは……」


 言いかけたクローディアスが、あっ、と呟いて、空中で視線を止めた。


「そういえば、フロル嬢がロイド先生に、塀が崩れている場所があるって、話しているのを聞いたな」


「そのとき、周りには誰がいましたか」


 ラスは声を抑えた。そうしないと、叫び出してしまいそうだったから。


「クラスの皆がいたよ。フロル嬢は、教室でその話をしたんだ。皆さんも気をつけてねって言って」


 ラスは不吉な光景を想像して、震えた。もしも、自分の大切な主が捕まっていたりしたら。主を捕らえたのが、男だったら。


「やはり、私もお嬢さまの捜索に加わります」


「待って。それじゃあ、誰がこの部屋でフロル嬢を待つんだ」


 クローディアスの言葉はもっともだと分かっていながらも、思わず声を荒らげた。


「ですが、じっとしていられません! お嬢さまに万が一のことがあれば、私はあとを追います。お嬢さまは私の命そのものなのです」


 公爵家が没落した日、命を懸けてでも守りたいのに、ラスの手をすり抜けて行方不明になってしまった彼女。

 あのときの絶望を思い出して、ラスはぎり、と歯を食いしばった。拳を固く握り締める。爪が皮膚を突き破り、掌から血が滴った。


 ふう、とクローディアスがため息をつく。


「仕方がない、僕も行くよ。留守番をしてくれそうな子に、心当たりがある。校舎の前に捜索隊がいるから、まずはそこへ行こう」


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