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18.フロリアナ、誘拐を満喫する

 たとえば、知らない人について行ったらいけないことは、フロリアナもよく知っている。でも、まさか同じクラスの人間が自分に悪意を抱いているなどとは、思ってもみなかった。 


 フロリアナは、東棟の離れに閉じ込められていた。


 その日、いつもと同じく、東棟へアルバイトに向かったフロリアナは、道の途中でシーリアに声をかけられた。


「フロリアナ、汚れている場所があるんだけれど、掃除はどうなってんの? ほら、こっちよ」


「あら、どこですの?」


 シーリアが示したのは、フロリアナがまさに行こうとしている、学園の東側だった。そちらはフロリアナの担当ではなかったが、汚れているならば綺麗にしなくてはならないだろう。


 なぜここにシーリアがいるのだろうと不思議に思いながらも、前のめりに歩く彼女についていく。


 シーリアが示したのは、東棟の離れだった。一軒家のような外観で、ドアノブを握ってみれば、扉はギィ、と音を立てて開いた。ここにはフロリアナも入ったことがない。


 中に入ってきょろきょろと辺りを見回したフロリアナは、やがて首を傾げた。


 ――どこも汚れていないけれど……。


 どこが汚いのか、シーリアに聞いてみよう。振り返ろうとしたフロリアナだったが、それはかなわなかった。フロリアナの首に、太い腕が回されたからだ。


「動くな。騒いだら殺すぞ」


 野太い声にそう言われて、フロリアナはこくこくと首を縦に振る。


 色々な体験をしてきたけれど、脅迫されたのはこれが初めてだ。そのまま布で目隠しされると、体が突然浮いた。どうやら、丸太でも担ぐようにして、男に抱えられたらしい。


 フロリアナを担いだ男は、ぎしぎしと不安定な場所を上る。階段にしてはずいぶん急だ。


 やがてどさりと降ろされ、目隠しを外されると、そこは天井が斜めになっている小さな部屋だった。もはや慣れっこの屋根裏部屋だ。


 男によって後ろ手に縛られたところで、床に空いた穴からシーリアの顔が現れた。

 どうやら、ここは隠し部屋で、床穴に梯子をかけることで、下の階と行き来ができるようだ。


 床に直接座り込んでいるフロリアナを、シーリアは見下ろす。


「フロリアナ、よくもあたしとマティアスさまのダンスを台無しにしてくれたわね」


 マティアスとは、王太子の名前である。


「台無し……? わたくし、なにかしましたかしら」


「お黙り! あんたが身の程も弁えずに踊り続けるから、あたしたち散々比べられて、ひどい目にあったのよ」


 どうやら、シーリアが言っているのは先日のガーデンパーティーでのことらしい。


「そうですの? でも、パーティーの日の王太子殿下とルース男爵令嬢はよくお似合いでしたわよ。王太子殿下の隣にいたあなたは、なるほどはかなげで可憐に見えましたわ」


「あらそう? むふふ、褒めたってなにも出ないわよ。って、そうじゃなくて! フロリアナ、今まで大目に見てあげていたけれど、もう我慢できないわ。あんた、学院を退学するって誓いなさい」


「はい?」


 フロリアナは目をぱちぱちと瞬かせた。シーリアはなにを言っているのだろう。


「あんたが退学届けを書くまで、ここに閉じ込めてやるわ。時々こいつがあんたのことを見に来るから、決心がついたら言いなさい」


 シーリアは、隣に立つ大男を顎でしゃくる。担がれたときには、目隠しをされていたのでよく分からなかったが、改めて見ると、男は筋骨隆々で、いかにも強そうだ。


「あのう、わたくしこれからアルバイトがあるのですけど」


「あんた、この状況を分かってんの……? まあいいわ、その余裕がいつまで続くのか見ものね。それじゃあ、あたしはもうここには来ないから」


「お待ちになって」


 踵を返したシーリアの背中に、フロリアナは問いかける。


「ルース男爵令嬢、わたくしはあなたの立場をおびやかす気はありませんわ。そもそも、身分がないのですから、そんなことができようはずもありません。それなのに、どうしてこんなことをするのですか」


 シーリアはぶるり、と肩を震わせた。拳を固く握ると、大声を張り上げる。


「そんなの、あんたのことが目障りだからに決まってるじゃない!」


「目障り……? わたくしが?」


 振り返ったシーリアは薄く笑う。


「なに意外そうな顔してんのよ。あたしは、あんたのことがずっと嫌いだった。王国でいちばん裕福な家に生まれて、皆に称賛されて、当然のような顔をしているあんたのことが。あたしはずっと貧乏暮らしだっていうのに」


 フロリアナは不思議に思った。こうして学院に通えている以上、男爵家には最低限の禄があるはずだ。

 その疑問を感じ取ったのだろう、シーリアは続ける。


「あたしは孤児院で育ったの。幼い頃、慰問で出会ったルース男爵夫妻に引き取られて、養女になった。貴族になれるなんて夢みたい、と浮かれたのは最初だけだったわ。男爵家なんて、貴族の世界では下っ端なんだもの。しかも、ドレスも自由に仕立ててくれないくらい貧乏な家なのよ」


「そういう教育方針なのかもしれませんわ。それに、貧乏なのはいけないことでしょうか」


「あたりまえよ! いつも上には上がいる……、あんたには分からないでしょうね。身分だって、成績だって、あんたにはかなわなかった。おまけに見た目まで比べられるなんて……」


 シーリアは悲しげに目を伏せたかと思うと、床に座るフロリアナを、挑むようににらみつける。彼女は落ち着きなく表情を変えながら、喋り続けた。


「男爵があたしを引き取ったのはね、あたしの容姿を気に入ったからよ。マティアスさまもそう。それなのに、皆あんたのほうが綺麗だって言うわ。あんたが没落してやっと評判が落ちると思ったのに、皆はやっぱりあんたのことばかり見てる。もううんざりなのよ!」


 シーリアは吐き捨てると、靴を床に叩きつけるようにして去っていった。


 シーリアにはシーリアのいいところがたくさんある。それに、自分と他人を比べたり、周りの評価を気にしたりする必要はないと思うのだけれど、そう考えるのは傲慢なのだろうか。

 考え込んでいると、あとに残された男が笑い含みに言った。


「女の嫉妬ってのは恐ろしいねえ。お嬢ちゃん、早く泣きを入れたほうが身のためだぜ。あの小娘は、退学届けを書くまでずっとあんたを閉じ込めるつもりだ。こんなところで夜を迎えたら、さぞ不安だろうなあ?」


「あら、わたくしを心配してくださるの? あなたよい方ですのね。わたくしはフロリアナ。どうぞフロルと呼んでくださいませ。あなたのお名前はなんて仰るの?」


「名乗る馬鹿がいるか! いいか、俺は下の階にいるからな。お前がもし助けを求めて大声を上げたら、お仕置きだ」


 そうして男が梯子を下りていって、フロリアナは東棟の離れに閉じ込められたのだった。



 ひとりになって、フロリアナは小さくため息をついた。はじめての無断欠勤。迷惑をかけただろう。アルバイトをクビになってしまうかもしれない。


 屋根裏部屋には窓がなかったが、木組みの壁のあちらこちらから漏れ入る光によって、室内の様子を見て取ることができる。


 辺りを見回すと、そこにはたくさんの木箱が積まれていた。これだけの木箱を解体したら、さぞや豪華なフロルハウスを作ることができるだろう。

 それら木箱の上には厚いほこりがたまっていて、この部屋に長期間人が出入りしていないことが窺えた。


 季節は春真っ盛り、太陽の光は日ごとに強さを増している。屋根裏部屋は、蒸し暑かった。


 ぱたぱたと顔を仰ぎたくても、手は体の後ろで縛られたままだ。そのままぼうっとしていると、視界の隅でなにかがちょろちょろと動き回るのが見えた。


 やがて姿を現したのは、フロリアナの手のひらよりも、更に小さい獣だった。黒い目はくりくりしていて、灰色の毛並みは柔らかそうだ。長い尾がぴょこぴょこと動いている。


「これはまさか、ねずみではありませんの……?」


 子どもの頃に好きだった絵本には、ひとりぼっちの姫君を励ます、健気なねずみが描かれていた。その本を読んでからというもの、フロリアナはずっとねずみを見てみたいと思っていたのだ


 自室を屋根裏部屋に移されてからというもの、いつかねずみに会えるのではないかと、フロリアナは夢見ていた。


 ところが、ラスの徹底した掃除によって、まだ一度もねずみに遭遇したことがなかったのだ。そのねずみが、念願かなってフロリアナの目の前にいる。


「なんて可愛いの。うふふ、監禁されるのも悪くはないですわね」


 ねずみを観察しているうちに、だんだんと日は落ちていった。


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