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貴族様なんですか!?

 年下の女の子に脅迫されるという事態にオレが呆然としていると、アステールさんがヘリオスさんを連れ、黙って部屋を出ていった。暫くして戻って来たヘリオスさんの手には、魔法陣が描かれた箱がある。ヘリオスさんに身振りで示され、その箱に絵本を入れていると、アステールさんも数冊の本を携えて戻って来た。全ての本を箱に入れ、蓋をすると、オレはアステールさんに手を引かれる。


 連れて来られたのはアステールさんとヘリオスさんの部屋。といっても元は物置部屋だったので、ベッドを置けばいっぱいの狭さだ。その、部屋の面積の8割を占めるベッドの中央に、三角錐の置物が鎮座していた。ベッドを閉じ込めるように立方体の半透明な膜があり、微かにブーンという作動音が聞こえる。無言で膜の中に押し込まれた。

 共にベッドに座ったアステールさんが置物を指し示す。


「盗聴覗き見防止の魔道具です」


「そんな物持ってたんですか?」


「ええ。私の寝顔を見たいという人が多くて」


 うんざりした顔のアステールさん、苦労してるんだな。顔が良過ぎるのも考えものだと思っていると、ヘリオスさんがジェイドと爆睡中のセイナを連れてきた。扉を閉め、全員が魔道具の効果範囲内に入って、揃って息をつく。

 さて、と。


「本名隠しててごめんなさい」


 オレはベッドの上で正座して、深々と頭を下げた。渾身の土下座である。


「異世界で本名知られたら隷属とか呪いとかの危険があるかと思って偽名使ってました。でも皆の事を信頼してなかった訳じゃなくて、うっかり他人に聞かれたりしたらまずいと思っただけで、ほんとーに、ごめんなさい!」


 言い訳しながらソロリと少しだけ顔を上げ、皆の反応を窺う。あれ? 皆どうして困惑顔なの?


「ええと、ユウ。何をそんなに謝ってるんだ?」


「え、だってオレ、ずっと本名隠してて」


「俺だって、今は偽名使ってるぞ」


 あ、そういえば。すっかり忘れてたけど、ヘリオスさんは今、「ヘリオース」名義の冒険者カードで活動してるんだった。


「でも、ヘリオスさんの本名、オレは知ってるし」

 

「家名は名乗ってないから知らないだろ」


「ヘリオス先生、貴族様なんですか!?」


 ジェイドが目を丸くして、ベッドに座ったまま器用に飛び退った。距離を開けられたヘリオスさんがショックを受けている。


「実家は貴族だけど、家を出た今はただのヘリオスだ!」


「私も教会に預けられた時点で生家とは縁が切れましたから、今はただのアステールですね」


「アステールさんも、元は貴族様」


「昔の話です。それよりジェイド、何故ヘリオスだけ先生呼びなのですか。私も貴方に魔法を教えているでしょう」


「ええと、何となく? です」


 わちゃわちゃと騒ぐ仲間達、誰もオレの本名なんて気にしていないようだ。それはそれで寂しい。というか、隠し事して後ろめたい気持ちだったのが、馬鹿らしくなってきた。


「セイちゃんもセイナなんだけど、如何でも良いかな」


 オレがボソリと呟くと、ジェイドのネコ耳がグリンッ! と、こっちを向いた。


「えっセイちゃんはセイナなんですか! セイナ、セイナ……ボクのセイナ、素敵な響きです!」


「ジェイド、セイちゃんの本名には興味があるんだな」


 オレがいじけてジェイドのネコ耳を引っ張ると、ヘリオスさんが何を当たり前の事を、と笑う。


「ハハッ、そりゃあツガイに関する情報なら、どんな些細な事だって興味深いさ。ついでだから教えとくか。俺の家名はフローガ。ヘリオス・フローガだ、まだ廃籍されてなければな」


「私の家名はイオディスでしたが、今は関係ありませんね」


「ええと、ボクは平民なので家名はありません」


「オレは佐藤ユウリ、妹は佐藤セイナです」


 改めて名乗り合うと、ヘリオスさんがまたプハッと吹いた。


「ユウ、名前まで甘いのか」


「えっ? いや、違いますよ! お砂糖とは関係ないです!」


 異世界言語翻訳能力め、翻訳が間違ってるんだけど?


「まあまあ、そんな事よりも、本名を隠していた理由が問題です。ユウ君、本名を知られると隷属や呪いの可能性があるというのは、どういう事ですか?」


 アステールさんが、笑いを引っ込めて軌道修正してくれる。だけど、おや、ここは「真名を知られると危険」なんて異世界あるあるが当て嵌まらない世界なのかな?


「ええと、勝手に魔法契約に名前を使われたりとか、名前で縛って奴隷にされたりとか、呪うのに相手の名前が必要だとか、無いんですか?」


「無いですね。魔法契約には本人の同意が必要ですし、奴隷は違法ですから隷属魔法は人に対しては使えない仕様になっています。聖王国における獣人のように、奴隷扱いというのは存在しますが、それは名前を知ろうが知るまいが関係ありません。呪いについては詳しくないですが、必要なのは名前よりも、相手の体の一部だったかと思います」


 最後の部分は怖いので聞き流すとして。


「じゃあ、人が対象の魔法、例えば位置情報特定魔法を使うときに、相手のフルネームとか本名で指定したほうが精度が上がったりは?」


「それも無いです。フルネームだろうがニックネームだろうが効果は変わりません。そもそも貴族だと何度も改名しますし、孤児には名前の無い者も居ますので、本当の名前と言われても」


 どうもこの世界、名前に特別な力は無いようだ。良かった。なら栞ちゃんがオレの本名を人質に取る意味が無いな。


「そっか。ならオレの杞憂だったんですね。本名知られても影響ないなら、栞ちゃんのお願いは断って……いや駄目だ! あの子アステールさんの素顔見てる!」


 しかも脅迫内容に仲間のことがしっかり含まれてたよ、抜け目ないな!


「アズの素顔がどうかしたのか?」


 そういえばヘリオスさんとジェイドには、栞ちゃんからのひらがな脅迫文を翻訳していなかった。なのにアステールさんの顔色だけで判断し、絵本を燃やそうとしたヘリオスさん。そのヘリオスさんに脅迫内容を伝えると。


「なるほど。アズの居場所を特定したい輩は多いからな……お喋りな口は封じるか」


 こうなるのは必然だよね。

 

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