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話になりませんね

「つまり、書物の聖女が私達に求めるのは、魔法陣の設置に加えて転移後の生活の保証なのですね」


 寝室に入ってきた時の好奇心に輝く笑顔から一転、アステールさんが渋い顔でまとめた。簡潔。だが、栞ちゃんの「察して欲しいなー」とのコーティングに塗れた話を要約すると、こうなる。少し手伝って欲しいだけ、なんて、どの口が言う。ガッツリ関わらせる気満々じゃねーか。


 オレに聖王都の城から逃して欲しいと、助けを求めてきた栞ちゃん。栞ちゃんは書物の聖女だけあって、『書物』を媒介にすれば、大抵の魔法が扱えるらしい。だから、転移先さえ指定出来れば転移魔法を使い、自力で城から脱出出来る。オレがやるのは、転移先にする魔法陣が描かれた本を安全な場所に置くだけ、簡単なお仕事です! って感じで説明されてたんだよね。オレも、その程度なら引き受けても良いかなと思ってたんだけど。

 オレが返事をするのに待ったを掛けたアステールさんが、あれこれ突っ込んで細かい部分を突っつきだすと、ぼろが出始めた。例えば、オレが設置する本はオレに準備して欲しいだとか。安全な場所、の安全レベルが、現代日本と同等のものを求められてるとか。城から転移してきた後、しばらくは一緒にいて欲しいとか。


 特に栞ちゃんにとって重要なのが、転移後の生活らしい。最低限風呂トイレ完備の家に住みたいそうだ。仕事についても図書館で働きたいだの図書館が無いなら本屋で働きたいだの、せめて出版社とかの本に関わる仕事でだのとやたらと注文をつけてくる。そして、何処か紹介してくださいとか伝手を辿ってくださいとか、オレが仕事の斡旋をするのが当たり前、みたいに思っているのが透けて見えるのだ。オレにおんぶに抱っこする気かよ。


“そこまではもとめていません じぶんでせいかつできるようになるまですこしだけたすけてもらえれば”


「要は面倒を見ろという事でしょう。それに、自立出来るまでとは具体的にいつまでですか? 10日? それとも1ヶ月?」


“せめていちねんくらいは”


「話になりませんね」


 アステールさんが切り捨てる。確かに1年は長いよね。生活の基盤を整えるには短い時間かもしれないけど、オレ達だって余裕のある生活をしている訳じゃない。それに、聖女候補として聖王国で暮らしている栞ちゃんを抱え込むのは、不安しかない。


 栞ちゃんとの遣り取りで、栞ちゃんの置かれている立場が微妙なのは理解できた。どうも、王子様と結婚する聖女は、もう一人の聖女のカレンちゃんとやらになるらしい。だけど栞ちゃんを、というより栞ちゃんの能力を手放すのも惜しいので、栞ちゃんは辺境伯家に嫁ぐように言われているそうだ。そして栞ちゃんは、その結婚が嫌だから逃げ出したい、と。

 気持ちは分かるよ。中学生が結婚なんて、まだ考えられないよね。だけど、この世界では結婚に年齢制限はないらしく、栞ちゃんが嫁ぐのに何の問題も無いと強行されそうなのだとか。本人の気持ちを無視している時点で問題ありまくりだけど、年齢はね、セイナが4歳で結婚出来ちゃってるからね、断る理由にならないよね。


「だいたいそんなに逃げたいなら、何故石竜の聖女に頼まなかったのです」


 アステールさん、追及の手を緩めない。確かにその通りだよ、如何して岩長さんと一緒に逃げなかったの?


“あのひとにはきらわれていたので ゆうせんぱいだけがたよりなんです”


「貴女には共に召喚されてきた母親が居るのでしょう。ユウ君よりも親を頼りなさい」


 立て続けに厳しい事を言われ、とうとう栞ちゃんが沈黙した。


 光らなくなった絵本を眺めながら、これは断るべきかなと考える。ヘリオスさんとアステールさんに甘い甘いと言われるオレからみても、栞ちゃんは甘いんだよ。結婚したくない、生活レベルは下げたくない、でも自分が好きな仕事しかしたくないってね。しかもそれを、自分が努力して掴み取るんじゃなく、オレにどうにかしてもらおうと思っている。オレだってまだ高校生なんですけど?

 

 絵本に新たなひらがな文が現れる。


“どうしてもだめですか”


「ユウ君、はっきりとお断りなさい」


「そうだな、ユウ、俺達には手に余る。断ったほうが良い」


 黙って遣り取りを聞いていたヘリオスさんにも言われる。ひらがなが読めないヘリオスさんとジェイドには、オレがざっくりと通訳していたんだけど。かなりオブラートに包んで伝えた話を聞いてすら、栞ちゃんの話はお断り案件のようだ。


 オレは心を鬼にして、拒絶の言葉を口にしようとした。その前で、赤い文字が更に追加される。


“けっこんしたらふうふでいっしょにねますよね ゆうせんぱいといもうとさんのほんみょうをねごとでいったらごめんなさい ほかにもなかまのみなさんのこととかくちがすべったらごめんなさい”


 ……オレ、脅されてる?


 アステールさんの眉間にシワが寄る。イカン、麗しいご尊顔に翳りが! アステールさんの反応を見て、ヘリオスさんの拳が炎に包まれた。待って待って、絵本を燃やすのは最終手段です!


 何とか絵本が消し炭になるのを阻止したオレは、栞ちゃんに提案する。


「とりあえず魔法陣が描かれた本は探してみるから、その後の事は改めて相談で!」


“わかりました でもじかんがないのでこんげつちゅうにほんをみつけてください おねがいしますね ゆう()せんぱい”


 これ、明らかに脅迫されてるよね……。


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