ほんみょうはかくしたい
オレは無言で、開いていた絵本をパタンと閉じた。見なかった事にしたい。
だけど、絵本からはチカチカと赤い光が漏れ続ける。光はだんだん強くなっていて、文字の存在を強固に主張する。
「気にしない気にしない、気にしない」
「師匠? どうかしましたか?」
冷や汗ダラダラなオレに、ジェイドが心配そうに尋ねてくれる。ごめん、ぶつぶつ自分に言い聞かせてるの、不気味だよね。すぐに落ち着くから……うん、ダメだ、気になる。オレ、こっちに来てからはユウとしか名乗ってないし、名字は徹底して隠してきたのに。
スーッ、ハーッと1回深呼吸して、セイナ、は寝てるの起こしちゃうから止めて、ジェイドの頭を撫で撫で。緊急事態なので耳も触らせて。ジェイドのネコ耳、毛の流れに沿って撫でるのも毛の流れに逆らって撫でるのも良きかな。ふううう、よし、落ち着いてきたぞ。
「ありがとジェイド、ちょっと問題が起こって」
「えっ! 師匠、ボク何か手伝えますか?」
直ぐに手助けしてくれようとするジェイド、良い子だなー。
「うーん、じゃあ、一緒にこの絵本を見てくれるかな」
「はい!」
ベッドを下りたジェイドと床に並んで座り、そーっと絵本の最終ページを開く。消えてますようにという願いも虚しく、赤く光るひらがなは激しく自己主張していた。ただし、内容は変化して、
“おどろかせてごめんなさい はなぎれしおりです”
となっていた。ひらがなばかりで読みにくいが、後半は「はなぎれ、しおり、です」だよな。しおりって名前は、確か。
「書物の聖女?」
“はい”
「え、なんでオレの名前知ってんの?」
“おぼえてないですか しょうがっこうのえんそくでおにぎりくれたの”
小学校の遠足で、おにぎり……あっ!
「もしかして、動物園でお弁当落として泣いてた、栞ちゃん?」
“はい”
書物の聖女がオレの知り合いだと判明した。もっと早く気づけよって言われそうだけど、言い訳させて欲しい。栞ちゃんと関わったのは、オレが小学6年生、栞ちゃんが小学2年生だった1年間だけなのだ。小学2年生から中学生に成長した女の子、気づくの無理では?
オレと栞ちゃんが知り合ったのは、さっき話に出た小学校の遠足の時だ。1年生から6年生の学年縦割り斑で同じ班になり、一緒に動物園に行った。そこで栞ちゃんがおにぎりコロリンしてしまったのだ。
オレの通っていた小学校、弁当格差を無くすために、遠足のお弁当はおにぎり2個のみって決まりがあったんだよね。おかずやデザートは禁止。だからおにぎりを落としてしまうと、お昼ご飯抜きになってしまう。泣きたくなるのも道理だ。小学2年生なんてジェイドと同じくらいの年齢だし、涙も出るよね。
低学年の女の子が泣いているのに耐えられなかったオレは、最高学年としての責任感もあり、自分のおにぎりをひとつ差し出した。幸いオレのおにぎりは、具材を何種類も詰め込んだ爆弾おにぎりだったから、ひとつだけでもかなりのボリューム。栞ちゃんには十分な量があり、食べ終わる頃には栞ちゃんに笑顔が戻っていた。それからオレが小学校を卒業するまで、栞ちゃんにはやたらと懐かれたのだった。
オレが、召喚時に見た中学生に栞ちゃんの面影を探していると、ひらがながまたピカピカ光りながら、白いページに浮かび上がる。
“ゆうりせんぱい”
「あ、オレこっちではユウって名乗ってるから、ユウで」
“わかりました ほんみょうはかくしたいですよね”
栞ちゃんは、異世界で本名を知られる危険性について、理解しているみたいだ。きちんと呼び方を変えて、ひらがながつらつらと綴られる。
“ゆうせんぱい おねがいがあります”
コンタクトを取ってきたからには、何か伝えたい事があるんだろうとは思っていた。だけどこちらは逃亡中の身。出来る事は限られている。
「オレ、チート能力とか持ってないから、叶えてあげられるか分からないよ?」
“はい だけどほかにたよれるひとがいなくて”
そんな風に言われると困る。だけど、知ってる子だしなー。オレに出来る範囲でなら、力になってあげたいけど。
「とりあえず、言うだけ言ってみて」
“おしろからにがしてほしいです”
「それは」
無理だと口にするのを阻止するように、ひらがなが高速で表示されてゆく。
“ここまできてくれとはいいません すこしてつだってほしいだけです あんぜんなばしょにまほうじんをおいてくれるだけでいいので”
うーむ、そう言われると、簡単な事のようにも思えるけど。オレ、魔法にも魔法陣にも詳しくないからなぁ。
「栞ちゃん、オレだけじゃ判断出来ないから、仲間と相談しても良い?」
“はい みなさんともおはなししたいです”
「ちょっと待っててね、呼んでくるから」
魔法に詳しいアステールさんを呼んでこなければ。ヘリオスさんも。
オレが立ち上がろうとすると、ジェイドにガバッと抱きつかれた。ん、どした?
「師匠、こんな怖い本と置いていかないでください」
プルプル震えるジェイドが可愛いが、何をそんなに怯えてるんだろ。
「ジェイド、これ、ただの絵本だよ?」
「絶対違いますよね、呪われてますよね」
「いや別に呪われてなんて」
「だったらその、赤い不気味な模様は何ですか!?」
最後は悲鳴のような声になりながら、ジェイドが絵本を指差す。ああ、そうか。ひらがな表記だからジェイドには読めないんだ。
「ジェイド、大丈夫。これはオレ達の故郷の文字だから」
「……本当に? 呪いとかお化けじゃなくて?」
「うん、本当。セイちゃんも読めるよ。たぶんアステールさんも」
「見せてください!」
うおっと、呼びに行くまでもなくアステールさんが来ちゃったよ。好奇心で目がランラン、何処から聞いてました? 最初から? 早く呼びなさいって言われても、あ、はい、報連相大事ですよね。
ずっと様子を窺っていたらしいアステールさんとヘリオスさんが加わって、栞ちゃんがもう一度名乗る。
“はなぎれしおりです しょもつのせいじょです あすてーるさんかおがけいこく”
「栞ちゃん?」
“しつれいしました だいじょうぶです わたしはさんじげんにはきょうみがありません”
なるほど、栞ちゃんは二次元に恋人とか推しとか婿とかが居るんだな。だったら安心、なのか?




