品行方正な冒険者
このところ、早朝とセイナの午睡の時間に、ヘリオスさんとジェイドが狩りに出掛けるようになった。これまで形稽古や手合わせが主だったジェイドの戦闘訓練が、実践的な段階にシフトしたのだ。新しく買ったジェイドの武器に慣れる目的もあって、野生動物や弱めの魔物を狙っているらしい。たまにお肉のお土産を持ち帰ってくれる。ジェイドは解体方法なんかも教えてもらっているようで、お土産は「肉」の形状になっているのが嬉しい。
ジェイド、オレよりよっぽど冒険者してるんだけど、年齢で引っ掛かって冒険者登録が出来ない。冒険者になれるのは15歳からで、まだ8歳のジェイドは弾かれる。その辺の冒険者よりも、実力は勝るのにね。
どうも昔、子どもに危険な仕事をさせるなと冒険者ギルドに訴えた聖女様が居たらしい。そこは同意するけど、だったら他に、孤児でも働ける受け皿も作ろうよ。ピーター達を見てそう思ったし、ジェイドも聖王都で冒険者登録出来ていたら、少なくとも食べるのには困らなかっただろうに。
「一応、10歳から冒険者登録が出来る、見習い制度もあるんだけどな」
夕食後、ジェイドと並んで剣の手入れをしながら、ヘリオスさんが解説してくれた。
「条件が厳しくて、滅多に使われない。まあ、ジェイドならクリア出来るから、10歳になったら見習い制度も視野に入れてる」
「どんな条件があるんですか?」
「まず、本人に相応の実力が必要だ。武術でも魔法でもいい、何かひとつ、冒険者としてやっていけるだけの能力があると証明しないといけない。ジェイドなら楽勝だな」
ジェイドの頭を撫で回すヘリオスさん。自慢の教え子だよね。ジェイドは照れて、下を向いているけれど、尻尾がピンと上を向いて喜びを表明してる。
「それから、後見人というか、責任持ってその子の面倒を見る冒険者が必要だ。Dランク以上の冒険者で、犯罪歴やギルドの規定違反の無い、優良冒険者がな。これも俺かアズで問題ないし、2年後にユウがDランクになってれば、ユウが後見人にもなれる」
おお、冒険者ランクを上げようなんて、これっぽっちも思っていなかったけど、目的が出来てしまった。2年でFランクからDランクか、不可能ではないな。採取依頼だけでも頑張ってみよう。
「それから、見習い制度の認定前と、登録後は定期的に、冒険者ギルドとの面談がある。これが少々手間で、嫌がられる。見習い制度が使われない一番の原因だ」
「そうなんですか? 定期的にっていっても、毎週って程じゃないでしょ?」
「登録直後の1年間は、毎月1回、本人と後見人揃っての面談だな」
そのくらいは許容範囲では? どうせ依頼受注とか完了報告とかで、しょっちゅう冒険者ギルドに行かなきゃいけないんだし。ついでに面談受ければいいだけだよね。
それの何処が手間なのかと思っていたが、続くヘリオスさんの話で腑に落ちた。
「面談は冒険者活動に関してだけじゃなく、私生活についても事細かく聞かれるらしいんだ。食事内容やら宿のランクやらはともかく、賭博場やしょ……ゴホン、あー、健全ではない場所に出入りしていないか、とかな」
あー、プライベートを丸裸にされるのか。そりゃあ嫌がられるな。
「まあ、見習い制度は子どもの保護とか養育とかが目的の制度だから、必要なことなんだが。品行方正な冒険者なんて、滅多にいないからな」
「ヘリオスさんは?」
「俺ほど品行方正で清廉潔白な冒険者なんて居ないだろ」
プフッとアステールさんが吹いた。本読んでるふりして、聞き耳たててましたね?
ヘリオスさんが憮然として抗議する。
「何だよアズ、異論があるなら受けて立つぞ」
「この場で具体例を挙げても良いんですか? 可愛い生徒に呆れられますよ?」
「それは無い。ジェイドも俺と同類な気がする」
「セイちゃん、可哀想に」
「セイちゃん、そろそろ寝よっかー。ラビちゃんに貰った絵本読もうなー」
話題がおかしな方向に逸れてゆく気がしたので、オレはセイナを抱えて寝室に撤退した。
さて、この世界、昔「図書館の聖女」と呼ばれる人がいたらしく、本も安価とまでは言えないが流通している。あらゆるところに影響を及ぼしてるな、聖女様。
図書館の聖女が現れるまでは、本といえば手書きの貴重品だったらしいが、今では文字は活版印刷、挿絵は木口木版での印刷が一般的。印刷技術の向上と普及によって、本は庶民でも手に取ることが出来る物になった。ただ、挿絵に色をつけるのは手作業で、色彩豊かな本は現在でも高級品らしい。
ラビちゃんから貰った絵本は、当然ながら白黒の、ページ数も少ないものだった。それでも何度も繰り返し大切に読んだのだろう、角が捲れていて、破れを補修した跡もある。題名は『プリンセス・モモ』とあり、お姫様と3匹の動物の絵が表紙を飾る。
……これ、たぶん『桃太郎』のパクりだよな。お供がフェンリル、ハヌマーン、フェニックスとパワーアップしてるけど。戦力過剰なんじゃ、あ、やっぱり戦わずして全面降伏か。オーガの首領とプリンセスモモが結婚して、首領は末永くプリンセスモモの尻に敷かれました、めでたしめでたし……うん、平和な物語、じゃなくて実話なの?
心の中で色々とツッコミながら、久しぶりの読み聞かせを終える。セイナは半分眠っていて、うつ伏せで絵本を覗き込んだ体勢で、うつらうつらと頭が落ちている。そっと絵本を外して背中をトントンしてやれば、すぐにコテンと眠ってしまった。ちょっと白目が見えてるのも可愛い。
セイナの寝顔は何時まででも見ていられるが、オレはまだやる事がある。ちょうどジェイドが来たので交代し、片付けるために絵本を手に取った。モノトーンな絵本に赤色が見えた気がして、パラパラとページを捲ると。
“さとうゆうりせんぱいですよね?”
最後のページに赤く光る日本語で、オレの本名が記載されていた。




