ネコ派です
井戸は全部で8つあったらしい。町中回ってこの数は少ないなと思ったが、井戸を掘るのも大変だし、近くに川もあるので妥当な数なんだろうか。岩長さんにはおにぎりを2個プラスして、10個渡しておいた。ヘリオスさんには甘過ぎると言われたけど、まあ、手間賃ってことで。
「元々井戸が汚れたのはコイツのせいだろ」
早速おにぎりを口に運ぶ岩長さんを横目に、ヘリオスさんが吐き捨てる。完全なるマッチポンプだけど、でも井戸が使えないと困るから。
岩長さんは聞こえないのか、聞こえないふりなのか、焼きおにぎりに夢中だ。
「この絶妙の甘じょっぱさ、外側はこんがりカリカリなのに中はふっくら、プロの仕事だわ。ユウ君、和食屋さんか何かでバイトしてたの?」
「実家がおにぎり屋でした」
「なるほどー! さてはユウ君の職業、おにぎり屋さん?」
「アハハハー」
「そうなんだ、別に勇者とかじゃなくても恥ずかしくないからね。シオリちゃんのお母さんは調剤師で、ヒロフミさんはバリスタだったもん」
共に召喚されてきた人達の話だろう。岩長さん、友達の電話番号を勝手に人に教えるタイプかな。この人に個人情報を渡すと危険だ、気をつけよう。
だけどここは、情報収集のために話に乗っかる。
「あと2人の、シオリさんと……」
「カレンちゃんね」
「そうそう、その2人は聖女だったんですか?」
「うん。シオリちゃんは書物の聖女、カレンちゃんは慈愛の聖女なんだって。シオリちゃんは名前からして本好きそうだし、実際ずっと図書室に篭ってたからねー。納得って感じだけど、カレンちゃんの慈愛の聖女は何なんだろうね? 趣味も特技も無いのかなって思った」
聖女候補は3人とも聖女だったのか。皆なになにの聖女ってなってるけど、それが普通なのかな。セイナの職業も聖女である事はアステールさんの鑑定魔法で確定してるけど、ただの「聖女」なのか「〇〇の聖女」なのかは聞いていない。趣味や特技が反映されるなら、セイナはさしずめ「猫の聖女」だろうか。伴侶も猫獣人だし。
岩長さん、手に付いた米粒をペロリと舐め取って、2つめのおにぎりに取り掛かる。
「あ、これ炊き込みご飯だ! 美味しっ! そういえばユウ君、ちっちゃい子連れてたよね。あの子の職業は?」
ふと思い出したように尋ねられ、オレは危うく正直に答えてしまいそうになった。
「せ、イは、ネコ派です」
「ネコ派? 職業が?」
「幼児ですからね。能力はネコ寄せです」
ジェイドもヘリオスさんも寄って来たからね、嘘は言ってないぞ。
岩長さんはケラケラと笑った。
「何それー! 何の役にも立たないねー」
そんな事はない。ネコ好きにとってスキル『ネコ寄せ』は垂涎の能力である。他にもオレは『肉球召喚』とか『ふみふみ回数券』とか『ネコ吸い許可証』とかのスキルが欲しい。オレのHPとポイント交換出来ないだろうか。
妄想を膨らませつつ、岩長さんとは相容れないなと再確認した。
こうして表面上は和気藹々と駄弁って探りを入れているうちに、日が傾いてきた。炊き出しの列に並ぶ人もめっきり減っている。炊き出しの後半はほぼ人任せになってしまい、申し訳無かった。後で孤児院と東レヌス商会に、菓子折り持って行こう。
オレが気を逸らすと岩長さんも空を見上げ、潮時だと思ったらしい。立ち上がって服をはたき、ピイッと指笛を吹いた。
「それじゃ、わたしはそろそろ行くね。ロックが寂しがってると思うから」
「あ、はい、お元気で」
遣り取りをしていると、通りの向こうが騒がしくなる。猛スピードで水飛沫をあげながら姿を現したのは、1匹のトカゲだ。エリマキトカゲのように後ろ脚で二足歩行する、馬のように大きなトカゲ。黒と蛍光イエローという警戒色で、とても目立つ。
「あ、そーだ、聞くの忘れるとこだった。ユウ君、日本に帰りたい?」
トカゲの背中におぶさりながら、岩長さんが質問してきた。
「うーん、このまま平穏無事に暮らせるなら、帰れなくてもいいかと思ってますけど」
「良かった! なら異世界召喚の魔法陣、壊しちゃうね!」
え?
「あの、それって如何やって」
「ロックが下敷きにすれば一撃でしょ、簡単簡単」
はい? 空からロックドラゴンが! を実行する気か?
「ちょっ、待ってください、それロックドラゴンが着地に失敗したら、聖王都が壊滅するんじゃ」
「大丈夫! ピンポイントで神殿狙うから!」
どっから来るんだよその自信、今朝やらかしたばっかだろーが!
「あの、さすがに失敗したら洒落にならないんで、止めときましょうよ!」
「失敗しなきゃ良いんでしょ? ちゃんと前もって警告もするから! じゃ、おにぎりの件よろしくねー」
「あっ待って岩長さんっ!」
オレの制止を振り切って、岩長さんを乗せたトカゲは猛スピードで走り去ってしまった。えええ、如何しよう!
オレはとにかく追い掛けようと、ロキの所に走ろうとした。けれどヘリオスさんがオレの肩に手を置いて、フルフルと首を振る。
「ユウ、あれは止まらん。諦めろ」
「でも」
「聖王都には結界がある。何とか凌げるだろ。たぶん」
「ヘリオスさん、本心では絶対無理だって思ってるでしょ」
目を逸らさないで!
「いやだって、ロックドラゴンだぞ? 無理だろ」
「だから、岩長さんのほうを止めないと」
「もう遅い。ほら」
指差された方角に顔を向けると、今まさに、巨大な黒い影が空に浮かぶところだった。あれが、ロックドラゴン!?
「あれは無理……」
「だろ? 俺達に出来る事はない、諦めろ」
オレは無力感に苛まれながら、飛び去るロックドラゴンを見送ったのだった。




