おにぎり定期便
お米は日本人の主食である以上に、心の拠り所である。我々の遺伝子には「お米大切、お米大好き、お米様は神様です」との情報が刻み込まれていて、定期的に米を摂取しないと体の不調どころか心の不調まで出てくる。外国や異世界で日本人が求める物の不動の第1位、それがジャポニカ米。2位以下は醤油や味噌や刺し身や豆腐なんかがしのぎを削る。
以上はオレの独断偏見ではあるが、日本人諸兄には分かってもらえるのではないだろうか。だから岩長さんが、「米を手に入れる為ならば手段は選ばない所存!」ってなるものだと警戒したのだが。
「ねえ、お願い! わたしにはお米が必要なの、何処で手に入るかだけでも教えてよ、言い値でお金払うから!」
岩長さんが取ったのは、拝み倒す勢いで訴え掛けるという、ある意味正攻法だった。美人な外見を活かした色仕掛けとか、ロックドラゴンの威を借りた脅迫とかされたら即お断りだったけどさ。オレは頼まれたら嫌と言えない日本人、最強の一手を打たれた。
「そんなにお金持ってるんですか?」
「王子に貰った宝石があるし、ロックの鱗がいい値段で売れるのよねー」
オレは、まだ見ぬロックドラゴンに同情した。こんな人に目を付けられるなんて可哀想に。ぼったくり価格を提示してみようかと思ったけど、ロックドラゴンが禿げるだけになりそうだ。
「うーん、オレが手に入れられるのは、米じゃなくて、おにぎりなんですよ」
「良いじゃない、おにぎり! 何処で買えるの?」
「いや、それは」
「もしかしてユウ君、おにぎり取り寄せる魔法が使えるとか?」
当たらずとも遠からず。速攻で正解に近い答えを出した岩長さん、お米レーダーでも搭載してるの? オレをストーキングしてたのも、「こいつ米食ってそう」ってお米レーダーが反応したから?
オレは苦笑しながら訂正した。
「取り寄せじゃなくて、おにぎりに似たものをおにぎりに変えられるんです。だから材料が必要だし、一度に1個ずつしか変えられないから一気に大量生産も無理で」
「でも、あっちで配ってるおにぎり、ユウ君が作ったのでしょ?」
「あれは、少しずつ作り置きしてたのを出しただけです」
「そっかー。わたし達の能力って、いまいち使い勝手が悪いよね」
ムウッと唇を尖らせる岩長さん。子どもっぽい仕草だが、美人がやると絵になる。美は力ってのは真理だよな、うっかり力になってあげたいとか考えて、下僕へと至る道に足を踏み入れそう。
ま、アステールさんの美貌で鍛えられたオレには通用しないけど! セイナのお陰で可愛らしさ耐性もあるし、見た目だけで優遇されると思うなよ!
「じゃあ、わたしを仲間に」
「断固断る!」
ヘリオスさん、そんなに岩長さんが嫌いですか。オレも苦手なタイプだけどね。この人、河川の氾濫を引き起こした事、なんとも思ってなさそうなんだよ。お城での窃盗疑惑もあるし、アステールさんの事情が無くても仲間にするのは躊躇われる。
オレは、穏当なお断り理由を捏造した。
「オレ達のパーティ、男所帯なんですよ。女性が加わると色々と困るんで」
「そうなの?」
「はい。特に、岩長さんみたいな美人が加わると、問題が起きると思います」
「まあ、そうよね」
やけにあっさりと納得したけど、コミュニティクラッシュした前歴でもあるのかな? この手の人からは、距離を取りつつフェードアウトしたいところだ。
「じゃあ、おにぎり定期便、お願いして良い? 週一で良いから、ね?」
「それ、かなり面倒ですよね」
「大丈夫、ロックに取りに行ってもらうから」
全然大丈夫じゃねーよ。ロックドラゴンをパシリに使うな、はた迷惑だろ。この町の惨状、見えてないのかよ!
「ロックドラゴンに来られるのは迷惑ですから止めてください。直接取り引きはしません。冒険者ギルドを通してください」
「えー、それだと好きな時にお米食べられないよぉ」
「アイテムボックス、持ってるんでしょ? 時間停止機能、付いてるでしょ?」
「まあ、そうだけどぉ」
グダグダと文句の多い岩長さんを宥め透かして、何とか最低限の条件を受け入れさせた。ヘリオスさんの勧めで魔法契約も結ぶ。ざっくりとした内容はこちら。
オレはサウスモアの王都の冒険者ギルドに、岩長さんのためのおにぎりを1ヶ月あたり50個預ける。
岩長さんはオレ達パーティのストーキングを止める。また、オレ達パーティについて、他者に伝えることを禁ずる。
オレが契約を破ったら、オレの位置情報を追跡する『GPS魔法』が発動する。
岩長さんが契約を破ったら、オレ達に直接関わることの出来なくなる『接近禁止魔法』が発動する。
特にストーキングは本気で止めて欲しいので、そこの部分は契約内容を事細かく決めてもらった。アステールさんにも確認してもらって、きっちり穴を埋めてもらったよ。
岩長さんは不服そうだったけど、そもそもストーキングは犯罪だからね。被害者が望めば接近禁止令が出されるのは常識だよね。異世界だから問題無しって言うなら、召喚という名の誘拐だって異世界だから無問題になるよね。城から無断で頂いた物は慰謝料だって主張も通らなくなるよね。
「あーもう、ユウ君うるさいなー、お母さんみたい」
渋々契約を受け入れた岩長さん、さっきから文句ばかり言ってる。
「確かにオレ、友達からオカンって呼ばれてましたけどね。嫌なら別に、おにぎりの取り引きしなくても」
「ごめんなさいおにぎりくださいお願いします」
おにぎり強いな。これならもうひと押し出来そうか?
オレはアイテムボックスから、おにぎりを1つ、取り出した。
「えっ? ユウ君、それってまさか」
「甘口醤油を塗って炭火で焼いた、焼きおにぎりです」
「さすがユウ君、わかってる!」
「味噌を塗って焼いた、焼き味噌おにぎりもあります」
「素敵!」
「この町の井戸を1つ浄化する毎に、これらのおにぎりを1つ差し上げます。この取り引き、受けますか?」
「もちろん! 浄化魔法なら任せて!」
ピーターを呼んで、案内と浄化した井戸の確認を頼むと、2人は張り切って出掛けていった。ちなみにピーターへの報酬は、日持ちのするクッキー詰め合わせである。




