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ボクにとっての奇跡【ジェイド視点】

 ボクはジェイド、8歳です。半年前までは、聖王都の貴族様のお屋敷で飼われていました。一応下働きってことになってたけど、扱いは家畜より下で、お屋敷での最底辺。食事は残飯、寝床は物置、仕事は皆さんの憂さ晴らしの的という生活でした。


 そんな風に扱われていたのは、ボクが猫の獣人だからです。この国の国教で、獣人は罪深いものだとされています。存在自体が罪なんです。だから、どんなに酷い事をされても黙って耐えるしかありません。殺害が禁じられているだけ有り難いと思えと人は言うけど、死ぬより辛い事なんて幾らでもあるので、殴る蹴るされてありがとうなんて思えませんでした。


 そんなボクは生意気だと、お屋敷の番犬をよくけしかけられました。猫獣人の身軽さがなければ、とっくに噛み殺されていたはずです。禁止されているとはいっても、獣人を殺したところで大した罪にはなりませんから。

 それでも殺されなかったのは、ボクが人質だったからです。ボクのお父さんが、貴族様のお仕事の、ちょっと人には言えない部分を手伝っていたからです。お父さんが逆らったり裏切ったり出来ないように、ボクは生かさず殺さず、お屋敷に閉じ込められていました。


 お父さんは偶にしか帰って来なかったけど、お屋敷にいる時は必ずボクと一緒に寝てくれました。そんな日はいつも、寝物語に遠い国の話をしてくれました。その中のひとつに、獣人と人間が仲良く暮らしている国の話がありました。でもボクは、それがお父さんの作り話だと思っていました。だけど、本当に在るのなら、そんな国に行ってみたいとも思っていました。

 ボクはお屋敷から出たことが無かったので、外の世界への憧れがあったんです。大人になったら冒険者になって、獣人が普通に暮らせる国に行こう。そう考えると、番犬に追い掛けられるのも鍛錬の一環だと思えるようになりました。


 そんなボクのお屋敷での生活は、突然終わりを迎えました。ある日、滅多に姿を見ない執事長がボクの寝床にやって来て、言いました。


「お前の父親が死んだから、今日中に出て行くように」


 何の説明もありませんでした。お父さんが死んだ理由も、遺体が何処にあるのかも。何も分からないままに、ボクはお屋敷を追い出されました。


 それからの半年は過酷でした。お屋敷にいた時は、死なない程度には食事が貰え、屋根のある場所で眠れましたが、食べ物も寝床も自分で調達しなければならなくなりました。獣人に食べ物を恵んでくれる人間なんて居ません。飲食店の裏で残飯を漁っては、石を投げて追い払われる日々でした。

 井戸も使わせてもらえなかったけど、ボクは簡単な水魔法が使えるので、飲み水だけは確保できました。冒険者になった時のためにと訓練していたのが役に立ちました。


 だけど、肝心の冒険者にはなれませんでした。お屋敷を追い出されたその日に冒険者ギルドに行ったけど、登録出来なかったんです。冒険者になれるのは15歳からだと断られました。それが本当の事なのか、ボクが獣人だから嘘を吐かれたのかは分からないけど。


 仕方がないので、ボクは裏町や色街にいる獣人達を頼りました。人間が嫌がるような仕事場では、獣人が働いていることも多いのです。そんな獣人達も生きるのに必死で、ボクの事なんて構っていられません。それでもたまに洗濯とか使い走りとか、細々とした仕事を引き受けて、この半年間、ボクはなんとか食い繋いでいました。


 だけど、もう限界だったんです。


 半年のうちに何度もお屋敷を覗いてみたけれど、お父さんが帰って来た様子はありませんでした。お父さんが唯一ボクに遺してくれた指輪を売るのは嫌だったけど、そうも言ってられなくなって。泣く泣く指輪を売りに行った商業ギルドでも酷い扱いをされたボクが、もう死ぬしかないのかと絶望しかけていた、その時でした。


「ネコさん」


 その囁きが、嬉しくてスキップするかのように弾んでいて、ボクは思わず目を向けて。


 天使がいました。艷やかな髪を天使の輪が縁取り、キラキラと輝く瞳でボクを見つめる天使が。天使を抱き抱えるお兄さんも、優しい顔をしています。もしかしてボクはもう死んでいて、あの人達は天界からボクを迎えに来てくれたんでしょうか。でも罪深い獣人は天界にはいけないはずだし……。


 商業ギルドの外でぼんやりと考えていると、天使とお兄さんが出て来ました。ボクはいけないと思いつつも、お二人の後を追うことにしました。


 匂いを辿って追跡するうちに、お二人が天界からの使者ではなく、人間なのだと分かったけれど。それでもこの人達は、ボクにとっての奇跡でした。


 ボクは何ヶ月ぶりかの温かいスープを飲み、カビが生えていない、土も付いていないパンを食べました。迷惑だと知っていながら宿屋まで押し掛けたのに、外套を着せてくれ、手を繋ぎ、名前を呼んでくれました。馬車代にと差し出した指輪は受け取らず、なのに朝ごはんも昼ごはんも、2人と同じ物をくれました。そして。


 今ボクの手には、新品の靴が置かれています。ええと、これは、靴磨きをしろって事でしょうか……え、違う?


「ほら、ジェイドの靴、ぼろぼろだからさ。長旅になるし、新しい靴が必要だろ?」


「え、え?」

 

「1回履いてみな。ちょっとだけ大きめだけど、歩き難かったら調整してもらえるから」


「え、これ……ボク、の……?」


「うん、そう。あ、他の色が良かった?」


 慌ててブンブンと首を振りました。ボクの、ボクのための靴。新しい靴。こんなの初めてです。嬉しい。幸せ。夢みたい。


 ボクは、まだ革の匂いの残る靴を抱き締めて泣きました。泣きながら誓いました。

 この先、何があっても2人を護ります。絶対に裏切りません。この、真新しいブーツにかけて。

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