孤児院でのボランティア
町は酷い有様だった。水は完全には引いておらず、場所によっては膝まで浸かるような水溜りが出来ている。浸水は1メートルを超えていたようで、建物の壁はまだ濡れて変色していた。道には土砂や流木が散乱していたが、さすがにロキもふざけたりせず、ゴミを避けて進んでくれた。
「酷いな」
周囲の様子を確認しながら、ヘリオスさんが眉を顰める。トールに同乗する商人さんが、
「この辺りが一番水に浸かりましたからね。ですが不幸中の幸いで、今のところ人死は出ていません」
最も被害が大きな川沿いは、商店や役所関連の施設がほとんどなのだとか。川が氾濫したのが夜明け前だったのも幸いした。通りに人は居らず、自宅兼店舗の建物も寝室は大抵2階以上にあるため、人が流されたり溺れたりが無かったらしい。物見櫓からの警鐘も迅速だった。飛来する巨大な影に腰を抜かしつつも、警備兵はしっかり鐘を叩いて危険を知らせてくれたとか。
「わたしもロックドラゴンと聞いた時は、腰を抜かしそうでしたよ」
そう言いながらも商人さん、色々と情報が早い。さすがは大店に勤めるだけはある。
冷静に立ち回る商人さんとは対照的に、ピーターは、アステールさんの背後で興奮気味だ。
「ドラゴンなんてスゲーよな! おれまだ見た事無いんだ! 兄ちゃん、一緒に見に行かねーか?」
「オレは遠慮したいなー」
ゲームのドラゴンは格好良いって思ってたけど、実在のドラゴンにお目にかかりたいとは思わない。こっちではドラゴンって憧れの存在なのか? 恐怖の的じゃないの? 現地人、もっと危機感持って。
店の片付けをするという商人さんを店先で下ろし、孤児院へと向かう。孤児院はここより高い土地にあって、建物の被害はほとんど無かったそうだ。
「だけど畑は駄目そうだった。せっかく芋が大きくなってたのに」
「掘り出して洗えば食べられるだろ。料理してやるから」
「ホントか兄ちゃん! やった!」
ということで、今日の予定は全てキャンセル、孤児院で片付けと、芋掘りのお手伝いである。後で東レヌス商会に行って、炊き出しをする約束もした。調理場としてアイテムボックスにハウスボート持参なので、スーちゃんはロキに括り付けた瓶でお休み中である。孤児院に到着したら、主にゴミ処理で活躍してもらうつもりだ。
坂道を登り孤児院が見えてくると、昨日出会ったラビちゃんとビット君が門の外で待っていた。そして、オレ達が坂を登り切る頃には、わらわらと子ども達が集まってきた。
「全員、整れーつ!」
ピーターが偉そうに号令すると、チビっ子達は2列になって、ビシッと直立不動。ジェイドと同じくらいの年齢の子が多く、獣人と人族が半々くらい。女の子はラビちゃんを入れて4人と少ない。
「この人達は、昨日甘いパンをくれた良い人達だ! 今日も助けに来てくれた! 一同、礼!」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
おー、しっかり躾けられてるな。
ピーターが子ども達を割り振って、作業に当たらせる。オレは女の子チームに加わって、室内の片付けを手伝うことになった。セイナも一緒なので文句は無いが、このチームに配属された理由が「非力そうだから」というのはとても遺憾だ。
孤児院の中に入ると、杖を突いた年配の女性が、赤ちゃんが眠るベビーベッドの傍に佇んで、丁寧にお礼を述べてくれた。ここの院長だという女性の指示のもと、部屋を片付け、床を掃いて、そろそろ料理に取り掛かろうとしたのだが。
「井戸が、使えないの?」
院長の声に振り返ると、水を汲みに行った女の子が、ピーターと共に戻って来ていた。ピーターが提げた桶には、一応水が入ってはいるようだ。しかし桶の中を覗いてみると、水は濁って底に砂まで入っていた。
「川の水が、井戸に入ったみたいなんだ。通り向こうの井戸水も濁ってた。ヘリオスのオッチャンが、飲み水や料理に使うのは駄目だって」
ヘリオスさんがオッチャン呼びされてる。吹き出しそうになったが、背中にじっとりとした視線を感じて辛うじて堪えた。うん、20代はお兄さんだよね。ヘリオスさんハンサムだし、オッチャンってイメージじゃないよね、うん。
「ユウ、後で話があるからな」
「デザート2割増しで手を打ちません?」
「3割だ」
即刻和平条約が締結された。ガッチリと握手をして本題に移る。
「井戸水、スライムで綺麗にしても飲めないんですか?」
「スライムが綺麗に出来るのは、川に流せる程度までだからな。そもそも一般家庭で飼っているスライムは、鉱物なんかは分解できないし」
そうなんだ。鉱物を取り込んでメタルなスライムになる子は、山奥にでも棲息してるのかな。
水の浄化か。セイナの浄化魔法なら確実だけど、たぶん使えなくなった井戸はもっとある。全てに浄化魔法を掛けて回るのはリスクが高い。となると、使えるのはオレが作った魔法薬かな。あれの性能を上げれば、泥水を飲み水に出来るんじゃないかな。
「ユウ、今考えてる事は一旦置いとけ。何でも仲間と相談するって約束したろ」
ヘリオスさんが拳をオレのこめかみに当て、グリグリしてくる。痛いんですけど?
「ひとまず俺達の水を使って料理だ。余計な事を考えるのは、その後。パーティメンバー全員揃ってから。良いな?」
「分かりましたから。あ、ヘリオスさん、芋の収穫が終わったら、子ども達に料理の下拵えさせてください。ピーター、芋の蔓とか葉っぱも食べられるんだよな?」
孤児院で育てていた芋、サツマイモに似てるけど、中身が鮮やかなオレンジ色だった。院長先生に調理方法を聞く限り、サツマイモと同じ扱いで良さそうだ。蔓は卵と炒め、葉っぱはスープに入れる予定。芋は蒸して味見してから決めよう。
孤児院の台所は無事だったので、女の子達にも手伝ってもらって料理する。芋はオレが知ってるサツマイモより薄味だったので、たっぷりチーズをかけてオーブンで焼くことにした。作り手の特権で、出来たてを女の子達に味見してもらう。美味しさに目を輝かせる子ども達の可愛さよ。
蔦の下拵えを終えた男の子達に見つかって、ズルいズルいと大合唱になったけどね。蔦の卵炒めを男の子達に味見させると、少な過ぎだとブーブー言われたけどね。口いっぱいは、味見の分量じゃないんだよ。
そんな一幕もあったけど、孤児院でのボランティア活動は概ね問題なく終了した。別れ際に、ヘリオスさんが男の子達に登られていたので、初対面の時の印象は間違ってなかったなと思った。




