大きさ自由自在
湖面は穏やかに凪いでいて、肌寒い季節だというのに舟遊びの舟が浮かんでいた。周辺の木々はほんのりと色付きかけている。景色が良いこの湖は、訪れる観光客も多く、湖畔の町の収入源になっているのだそうだ。オレ達は観光に来たんじゃないけど、水面に映る紅葉の美しさに歓声を上げた。
エーコさんが家を手放したのに伴い、スーちゃんの従魔契約も解除された。今回は素直に契約解除を受け入れたスーちゃん、そのまま野良スライムになるんだろうと思っていたのに、オレにペタッとくっついて離れなくなったのだ。身体が乾いていくのにオレの肩から梃子でも動かないので、困ったオレは、スーちゃんが気に入りそうな水場を探すことにした。お嬢様をはじめ、お屋敷の使用人さん達がこぞって勧めてくれたのが、この湖という訳だ。
「スーちゃん、ここなら暮らしやすそうだよ」
カピカピにならないよう、スーちゃんの体表に水を掛けてやりながら、オススメしてみる。反応がない。
「気に入らない? 良い所なのに」
「なあ、そのスライム、俺達について来るつもりなんじゃないか?」
ヘリオスさんの言葉に、フルフルと震えるスーちゃん。そうなの?
オレは赤いリンゴと青リンゴを左右の手に持った。
「スーちゃん、オレ達と一緒に来たいなら、赤いリンゴを」
言い終わらないうちに、スーちゃんがニュルニュルッとオレの手を伝い、赤いリンゴを取り込んだ。スーちゃん、仲間になるタイプのスライムなのか。後々人間に……さすがにそれは無いよな。
赤いリンゴを溶かし終わると、またオレの肩に戻るスーちゃん。困った。ぐるりと皆を見回すと、アステールさんがオレの隣に腰を下ろした。ジェイドがセイナと並んで、オレの正面に対峙する。ヘリオスさんは議長席。スーちゃんを仲間に迎えるか否か、緊急会議である。
「ゴホン、あー、ユウ、そのスライムを仲間にするかどうか、話し合うってことだよな」
「イヤ!」
「ボクも反対です!」
早速セイナとジェイドから反対票が入る。ですよね。この2人が反対なのは知ってた。
「俺は正直、どちらでも良い」
ヘリオスさんは中立。だから議長席の位置に居るんだね。アステールさんは、わざわざオレの隣に座ったことで既に意見を表明しているが、更にはっきりと意思表示した。
「私は仲間にするのに賛成です。船を動かすのに必要でしょう」
「その大きさで、船を動かせるんですか?」
ジェイドに睨まれたスーちゃんは、オレの肩から飛び降りて湖へと向かった。ヌルリと水に浸かり、小刻みに震えてさざ波をたてながら大きくなってゆく。瞬く間に元の大きさに戻ったスーちゃんを唖然と見ていると、ドヤ顔を返された気がした。
「スーちゃん、大きさ自由自在なのか?」
フルリと震えるスーちゃん、何となく自慢げ。反対理由を潰されたジェイドに代わり、セイナが言う。
「大きいスライム嫌!」
「セイちゃん、小さくても大きくても駄目って言ったら、スーちゃん可哀想だよ」
「だって嫌なんだもん! お兄ちゃんはスライムがついて来てもいいの?!」
「良いかなって思ってる」
「セイが嫌って言ってるのに?!」
そう言われるとな……。でも、こんなに一生懸命なスーちゃんに、ついて来るなとも言えなくて。
答えあぐねるオレを見兼ねたか、ヘリオスさんがセイナに問う。
「なあ、セイちゃんは、スーちゃんの何が嫌なんだ?」
「怖いから」
「何処が怖い? ここまでスーちゃんは大人しくしてたろ」
「でも、見た目が嫌」
「セイちゃんは、見た目で相手を判断するのですか? それでは猫耳と尻尾があるからとジェイドを虐めていた聖王国人と同じですよ」
ちょっとアステールさん、子ども相手に容赦無いな。正論パンチ止めて。ジェイドも臨戦態勢にならないで、お願いだから。オレがジェイドを、アステールさんをヘリオスさんが宥め、何とか双方矛を収めてもらう。
「ねえ、セイちゃん。スーちゃんの見た目さえ怖くなくなれば、一緒に来ても良いかな」
「……」
「セイちゃん?」
「……うん」
「ジェイドはどう?」
「……ボクは、セイちゃんが良ければ」
「うん、じゃあ2人共、少しだけスーちゃんに時間をくれるかな」
会議は一時中断とし、オレはスーちゃんの見た目改造に取り組むことにした。目標は、超有名ロールプレイングゲームのスライムのような、愛されスライムだ。パーツはほぼ同じなのに、何故こうも受ける印象が違うのか。配置か? 肖像画でも、目鼻の配置が数ミリずれただけで、美形になったりソコソコになったりするもんな。
「スーちゃん、こんな事言うのは申し訳無いんだけどさ。目の位置を変える事って出来るかな」
スーちゃん、目玉の位置を動かしてみてくれたけど、うーん、あまり変わらないな。目玉自体が怖いってのもある。ホルマリン漬けにされた目玉の標本みたいに見えるんだよ。
オレが苦戦していると、ヘリオスさんもやって来て、あーだこーだと意見をくれる。眼力が強過ぎるんじゃないかとか、まつ毛を描いたらどうだとかね。でも、根本的な怖さは払拭されなくて、だいぶスーちゃんの見た目に慣れたオレでも、ふとした瞬間に恐怖を感じてしまう。
今も、スーちゃんが捕食したカエルに気付いて、ヒッ! と声を上げてしまったオレ。オレに怖がられたスーちゃんは、ペッとカエルを吐き出して涙を流し始めた。泣いて泣いて、どんどん縮んで小さくなるスーちゃんに、オレは狼狽えた。
「ごめんねスーちゃん!」
オレが謝罪を口にするより先に、セイナがスーちゃんに頭を下げた。
「セイ、悪い子だった。怖いって言ってごめんね!」
アステールさんの正論パンチでダメージを受けた所に、スーちゃんの涙がとどめを刺したみたいだ。何度もごめんねと謝るセイナの前で、スーちゃんは泣き止まず、20センチメートルサイズから更に縮んでオレの手のひらサイズになった。水分が抜けて、ドロッとしたゼリー状だったスーちゃんが、蒟蒻ゼリーっぽい弾力になる。形も崩れてグチャグチャのゼリーから、少し潰れた球体に。
「あれ? スライム、可愛い?」
セイナが目を丸くする。手乗りスーちゃん、弾力の増した身体でポヨンと跳ねた。もしかしてスーちゃん、狙ってこの形状になったのか?
ともあれスーちゃんの見た目問題が解決し、オレ達のパーティにウォータースライムのスーちゃんが仲間入りしたのだった。




