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お財布さんに無理を言う

 ガタゴトガタゴト……ガタゴト……ガタンッ!


 車体が大きく跳ね、オレは反射的にセイナの身体を押さえた。座席から一瞬浮いたセイナが無事着地し、キャイキャイと笑う。楽しそうで良かったけど、危ないからね。


 乗り合い馬車の造りは簡素なものだった。荷台の左右に向かい合うように座席が設置され、屋根は布製の幌が掛けてあるだけ。後方は開けっ放しだ。スプリングとかは組み込まれていないのだろう、びっくりするくらい揺れる。セイナやジェイドの体重だとぽんぽん浮き上がって、下手すると転げ落ちるんじゃないかと不安なほどだ。だからオレが一番後方に座ろうとしたのだが。

 

 セイナと反対側では、眠っていたジェイドがカッと目を開き、瞬時に状況確認。オレ達が居るとわかると緊張を解いて、でも握っていたオレの服の端を握り直した。大丈夫、寝てる間に居なくなったりしないから。徹夜明けなんだからしっかり寝てな。拾ったからにはちゃんと面倒みるから。


 オレがにっこり笑ってジェイドの頭を撫でると、ぎこちない笑みが返ってくる。うん、可愛い。フードが外れないように慎重によしよししてると、セイナがオレの右手を掴んで自分の頭に乗せようとする。


「セイもー!」


 はいはい。両手でお子様達を撫でくり回していると、向かいの座席から微笑ましいものを見る目を向けられた。


「ご兄弟仲良しで良いですねぇ。3人兄弟ですか」

 

「あ、血縁は妹だけで。この子は、弟子、みたいなもので」


 そういう設定である。乗り合い馬車に乗る時に聞かれたので、咄嗟にそう答えた。


「お弟子さん? さっきから何か作ってたけど、職人さんかい?」

 

 向かいに座っているのは、ご夫婦らしき年配の男女だ。早朝出発のためか、この2人とオレ達3人しか客がいない。あとは御者と護衛の男が1人、御者台に乗り合わせている。その護衛の男が、オレが答える前に口を挟む。


「おう、小物細工の職人らしいぞ。若いのになかなかの腕だ」

 

 この護衛、昨日オレを誘拐犯扱いしたうちの1人だ。昨日の今日なので顔を覚えられていた。まあ、今朝も目立つ青髪ウィッグ被ってるからね。お陰で馬車の乗車手続きもスムーズだった。

 ところで貴方はなんでオレの腕前とか知ってるんでしょうか?


「ああ、昨日あんたのギルドカードを確認したろ? あの時商業ギルドに走ったの、俺」


 人物照会されてたのか。気付かなかった。


「で、あんたが売った飾り紐、格好良いから買っちまった」


 ニカッと笑って掲げた剣の柄頭には、オレの修学旅行の思い出の組紐が括り付けられていた。お買上げありがとうございます! ちなみにお幾らでした?

 商業ギルドのぼったくり指数を調べるべきか迷っている横で、年配夫婦の旦那さんがわざわざ席を立ち、組紐を見に御者台に近づいた。


「ほほう、これはまた美しいですな。素晴らしい。いや、実は私も職人でして。靴を作っております」


「そうですか。今日はお仕事で?」


「いえ、娘が次の宿場町に嫁いでましてね。その娘が産気づいたと、昨夜遅くに連絡が来まして。慌てて出てきたところです。それで、ご相談なのですが……」


 旦那さんが言うには、その娘さんには既に女の子が1人いるそうだ。ご夫婦にとっての孫娘だ。目に入れても痛くない初孫で、訪ねる時にはいつもお土産を沢山持っていくらしい。

 けれど今回は急だったので、お土産の準備が間に合わなかった。だから、何か孫娘が喜びそうな物を作ってもらえないか。急ぎでお願いするぶん、支払いは弾む。そんな相談だった。


 うーん。金欠なのでお仕事は有り難いし、市場で材料も買ったから作れなくはないんだけど。


「次の宿場町には夕方には着くんですよね。あまり時間がないし、馬車の中だと簡単な物しか作れませんが」

 

「構いません。無理を言っているのは承知してますし。一応私もね、新しく作った靴をお土産にと持って来てはいるんです。でも毎回靴を贈っているので、あまり喜んでくれなくて」

 

 なんて贅沢な。この世界、服飾品はお高いんだぞ。セイナに着替えを買ってやりたかったのに、財布さんに相談したら無理ですって断られたくらいだぞ。


 セイナが『きれいきれーい』を使えるから、洗濯の必要がなくて助かった。でなきゃ洗い替え用に、下着だけでも揃えなくちゃならなかった。こっちの世界のひとは着たきり雀でも平気みたいだが、現代日本の衛生観念を持つ身としてはね……。せめて下着は毎日洗いたいよね。


「わかりました。では、髪飾りかブレスレット程度でしたら。紐の編み方も、あれとは違って良ければ」


「ありがとうございます、ブレスレットでお願いします」


 ということで、初のオーダーメイド受注である。孫娘さんは明るい色が好きとのことで、本体部分は水色、黄色、白で作ることにした。黄色い芯のある白い花、縁取りが水色になるように編んでゆく。これ、組紐というよりミサンガだけど、別に良いよね。花がひとつ出来上がったところでご夫婦に見せて、OKをもらい、続けて編みあみ。


 玉ビーズとかあれば飾りに使えるけど、無いからなー。時間があれば梅の花結びでも追加で作ってくっつけるかなぁ。着脱可能に出来たらいいけど、どうやるんだっけ?


 集中してると、セイナがコテンと倒れてきて、オレの膝の上に収まった。寝てる。馬車の後ろから外を眺めてたけど、どこまでも草原だから飽きたんだろう。反対側ではジェイドが船を漕いでいる。両手に花、花? 片方男の子の時はなんて言うんだろな。


 セイナに続いてジェイドも本格的に寝始めたようで、もたれ掛かってくる重みが増した。よしよし、寝る子は育てよ。その足元を見て、オレは少し考える。お財布さんに無理を言うかな。


「あのー、すみません。こちらからもご相談が」


 ご夫婦は快く引き受けてくれた。旦那さんが荷物をゴソゴソやり始める。お手数お掛けします!

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