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お嬢様のご登場

 朝起きると、目の前にセイナのふくれっ面があった。オレはアコちゃんと手を繋いだまま寝落ちしたようで、ベッドにもたれ掛かり、床に足を投げ出していた。毛布が掛かっているのは、既に起きているアステールさんの気遣いだろうか。お礼を言うと、眠そうな声が返ってきた。


「私達は結局徹夜でした」


 アステールさんに濃いめの紅茶を出し、ヘリオスさんの所在を問うと、町長家側との打ち合わせ中らしい。アステールさんは、フェリペさんが目覚めて逃亡しないよう、見張りに戻って来たのだとか。


「代わります。仮眠どうぞ」


「では、少しだけ」


 アステールさんが鶏頭のまま、空いているベッドに寝転ぶ。オレが廊下に面した扉を薄く開けると、隣室からエーコさんが出てくるところだった。


「見張りですか? 大丈夫、あの人は昼まで起きてきやしませんよ。強力なのを盛りましたからね」


 エーコさんがフェリペさんに盛ったのは、魔物用の睡眠薬だと言う。スライムのスーちゃん酔っ払い事件で危機管理不足を痛感し、スーちゃんが制御不能になった時のために、強めの睡眠薬を自作したのだそうだ。それを聞いたスーちゃんがブルリと震える。何故かスーちゃん、オレ達の部屋に居るんだよね。


 エーコさんの見立て通り、フェリペさんが目を覚ましたのは正午を回った頃だった。準備万端待ち構えていたオレ達は、フェリペさんを修羅場劇場公演会場へとご案内。表向きは、オレ達からのご家族再会のお祝いだと言ってある。逃げ腰だったフェリペさん、会場が町一番の高級レストランだと伝えると掌を返し、喜んでついて来た。


「いやー美味いですね、特にこの湖魚のムニエルは絶品で幾らでも食べられますよ! ああきみ達は草食だから魚は食べられないだろうからね、ぼくが代わりに食べてやるから皿ごと渡してくれ、さあ遠慮せずこっちへ」


 返事も聞かずにエーコさんとアコちゃんの皿を自分の前に持ってくるフェリペさん、あんたは少し遠慮したら?

 

「フェリペ、さん、は魚は平気なのか?」


 ヘリオスさんがうっかり呼び捨てしそうになって、慌ててさん付けしている。


「ええ、ぼくはカワウソの獣人なんで基本肉食なんですよね、魚はもちろん海老や蟹や獣肉なんかも大好物ですんで、肉は大きめでお願いしますね。野菜だの海草だのなんて味が無くて食えたもんじゃないんでサラダは下げてください、これを美味いという草食の連中の気がしれませんね」


 隣の席でエーコさんの表情が抜け落ちたのにも気付かず、フェリペさんがベジタリアンをこき下ろす。エーコさんはフェリペさんの何処を好きになったのか、甚だ疑問だ。顔か? 黙っていれば、とても可愛らしいもんな、フェリペさんのカワウソ顔。


 いや本当にフェリペさんは可愛いのだ。町長さん家のお嬢様も、フェリペさんの見た目に惑わされて親しくしていたらしいのだ。ただ、男女の付き合いではなく可愛い生き物を愛でていただけなのに、脈アリと勘違いしたフェリペさんに言い寄られ、対応に苦慮していたのだとか。ハッキリしっかりお断りすればいいのに、ペット枠で手元に置いておきたいからと曖昧にしていたのも拙かった。フェリペさんは恋愛の駆け引きだと受け取ったらしく、どんどん熱烈に鬱陶しくなり、お嬢様はここに来てやっと、関係を断つ決心をしたそうだ。


 そこにエーコさんとアコちゃんの存在が明らかになった。町長さんの弟さんによれば、これで心置きなくフェリペさんを振れると、お嬢様は喜んでいるらしい。そしてフェリペさんの所業に、とても怒っているらしい。


 バンッ! と大きな音を立て、個室の扉が開かれた。怒れるお嬢様のご登場だ。予定より早い、まだ肉料理もデザートも食べてないのに。お嬢様、食事が終わるまで待てなかったの?


「ごめんあそばせ、部屋を間違えましたわ! あら、そこに居るのはフェリペじゃありませんこと? 奇遇ですわね、お隣のレディはご家族かしら?」


 若干大根役者気味のお嬢様が、カッカッと靴音高く個室の奥へと進んでゆく。フェリペさんとエーコさんの間で立ち止まったお嬢様、何故か両腕を組んで仁王立ち。顔色の悪いフェリペさんと、フェリペさんが如何出るか静かに見守るエーコさんとで、修羅場トライアングルが形成される。オレは置物に徹し、ヘリオスさんとアステールさんは傍観者の構えだ。

 

「えーと、彼女には昔世話になったと言いますか……」


「あら、奥様じゃありませんの?」


「違います、ぼくは結婚なんてしていません!」


「確かに教会に届けは出していないようですわね。でも子どもが居るじゃないの」


「ぼくの子じゃない!」


 アコちゃんが唇を噛んだ。昨夜は他人が良いなんて言ってたけど、実の父親から血の繋がりを否定されるのは、やっぱり辛いだろう。建前上はお祝いだから子ども達も同席することになったのだが、別室で待機にするべきだったか。

 オレは、フェリペさんの口に野菜を詰め込んでやりたくなった。とびきり苦い、青汁の原料になりそうなやつを。フェリペさんが食べずに皿に残している、湖魚の付け合わせの香味野菜でもいい。

 ヒュルリと一陣の風が吹き、吹き飛ばされた香味野菜がフェリペさんの口に飛び込んだ。アステールさんナイス! お嬢様の手前吐き出すことも出来なくて、フェリペさんが苦悶の表情で飲み込んでいる。


「ふふっ、そうやって嘘ばかり吐く口を閉じて、一生黙っていれば良いですのに」


「ングッ、ぼくは嘘なんて」


「どの口がほざくのかしら。フェリペがその方と王都で夫婦として暮らしていたことも、その子が産まれて数ヶ月で逃げ出したことも、全て調べはついていますわ」


「他にも子どもが居ることもな」


 入室してきた男性が、新たな事実を告げる。町長さんの弟さんだ。


「あら叔父様、それはわたくし、初耳ですわ」


「今知らせが届いたばかりだ。やれやれ、もっと早くに本腰を入れて調査すべきだった」


「仕方ありませんわ、叔父様は伯爵のお仕事でお忙しいですもの」


「はく、しゃく?」


 目を剥くフェリペさんを一瞥し、伯爵様が持っていた紙束をバサリとテーブルに叩きつけた。


「そう、我が姪は伯爵家に連なる者だ」


「そのわたくしに求婚するなら、徹底的にフェリペの人物調査を致しますわ。よろしくて?」


 フェリペさんがガクリと項垂れた。観念したかと思ったが、なにか様子が変だ。小刻みに震え、ブツブツと呟く声が次第に大きくなり聞こえてくる。


「……ない、ぼくは悪くない、ぼくは悪くないっ!!」


 本当の修羅場はここからだった。


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