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ツガイのイメージ

「あたしだって、あの人の様子がおかしいのには気付いていたんですよ。あたしから逃げようとしてましたしね」


 アコちゃんと毛布に包まったエーコさん、ベッドに腰掛けてしょんぼりと肩を落とした。


「それにあの人、アコに触れさえしないんです。名前もうろ覚えだったし、この5年の成長振りを尋ねもしない。あの人にとって、あたし達は家族じゃなかったんですね」


 エーコさんとアコちゃんに温かいお茶を渡すと、一口飲んでズビッと鼻をすすった。


「それなんだが、教会に結婚の届けは出さなかったのか?」


 ヘリオスさんが聞く。


「出したと思ってたんですけどね。あの人が、届けは自分が出しとくって言うんで任せてたんですよ」


「提出しなかったんだろうな。結婚式や、親への挨拶なんかはしたのか?」


「してません。お金が無かったし、あたしもあの人も、親兄弟がいなくて」


「そうか。それだと夫婦の証明が難しいな」


 ヘリオスさんが唸る。え、待って、そうなると泣き寝入り?


「あの、アコちゃんが居るんだから、実質夫婦って事にならないんですか?」


「あいつの子だと、如何やって証明するんだ? 自分の子じゃないって言われたらお終いだ」


 そんな! 遺伝子検査が存在しなくても、ギルドカードは血液で本人登録するんだからさ、個人の識別は可能なんだよね。そこから応用で、親子鑑定とか出来ないの?

 思わずアコちゃんに目を向けると、アコちゃんは顔を上げ、キッパリと言い切った。


「アタシ、あのおじさんがお父さんだと思えません。あんな人がお父さんだなんて、凄く嫌です。他人が良いです」


「アコちゃん……」


 オレは無性にアコちゃんを甘やかしたくなって、油紙に包んだキャロットケーキを小さな手に押し付ける。あ、皆も食べる? どうぞどうぞ。ジェイドも、後で歯磨きすれば良いから食べような?


 皆でキャロットケーキを食べると、沈みがちだった空気がふんわりと上向いた。ケーキを噛りながら考え込んでいたエーコさんの顔つきが変化する。エーコさんは活を入れるためか、自分の頬を両手で叩いた。モフッ。


「そうだね、アコの言う通りだ。あのロクデナシが家族じゃ、苦労する未来しか見えないよ。あんな人をツガイだと思ってたなんて、あたしは見る目が無かったねえ」


 スパッと気持ちを切り替えたエーコさん、ヘリオスさんに向き直って、決意表明。


「あの人とはキッパリ別れます。そのうえで、町長さんの弟さんという人に、あたしも協力させてもらえませんかね」


「わかった。実は、その人の部下が1階に居るんだ。話を聞きにいくか?」


「はい」


「アズ、一緒に来てくれ。ユウ、子ども達を頼んだ」


 行ってらっしゃーい。大人3人を見送ってから、オレはジェイドに尋ねた。


「なあジェイド、獣人のツガイってさ、一生のものなんじゃないの?」


 話を聞いていて疑問だったのだ。オレは獣人のツガイって、生涯変わらず大切にされるものだと思っていた。だからエーコさん夫婦はツガイじゃないんだろうなと思ってた。ジェイドやヘリオスさんだったら、セイナやアステールさんが行方不明になったら何を置いても探しに行くだろうし、セイナやアステールさんと離れて出稼ぎに行くなんてこともしないだろうから。


 だけど、少なくともエーコさんは、フェリペさんをツガイだと認識していたらしい。それなのに、あっさりとフェリペさんとは別れると言う。もちろん、エーコさんの心の中では葛藤があったのだろうし、この5年ずっと悩んでいたのかもしれないし、あんな男とは別れて正解だとは思うけど。なんかしっくりこないというか。アコちゃんの前でこんな事、口には出せないが。


「ボクも、詳しくはないんですが。ツガイにも色々あるとは聞いた事があります」


「オレのツガイのイメージって、運命で結ばれてて、出逢った瞬間に恋に落ちるような、そんな感じなんだけど」


「昔はそういう運命のツガイも居たらしいですけど。今は、自分でこの人だって決めるのがほとんどだと思います。ボクもセイちゃんをツガイに決めました。一生大切にするし浮気もしません。安心してください」


「あ、うん、そこは全く心配してないよ」


 ジェイドは可愛いし、将来いい男になりそうなんだけど、他の女の子にうつつを抜かしてセイナを蔑ろにするとは想像出来ないんだよね。むしろセイナに近寄る男性を片っ端から手段選ばず排除するのに忙しくて、他の娘なんて目に入らない様子は想像出来るんだけど。


「セイちゃんが羨ましい」


 アコちゃんがポツリと呟く。アコちゃんにも、きっと素敵な王子様が現れるよなんて慰めは、嘘でも言えなかった。あの父親を見た後じゃ、夢も見られなくなるよ。


「皆、もう寝よっか。アコちゃんも、お母さんがいつ戻って来るかわからないし、こっちの部屋で寝る?」


 コクンと頷き、オレの服の裾を摘むアコちゃん。お兄ちゃんの貸し出し希望ですね。セイナが焼きもち焼きそうだけど、今日だけは特別って事で。

 アコちゃんをベッドに寝かせると、オレは枕元に座ってアコちゃんと手を繋ぐ。アコちゃんが眠るまでは、このままでいよう。隣のベッドでは、熟睡するセイナの毛布にジェイドが潜り込んでいる。子どもはとっくに寝る時間だ、ジェイドもアコちゃんも、すぐに寝息をたてはじめる。


 エーコさんが戻って来るまではレンタルお兄ちゃんを延長することにして、オレは囁き声で子守り歌を歌い続けた。

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