スーちゃんはウォータースライム
先頭をゆくアステールさんが、フレイの背中から風魔法を放った。道端に生えていた草花が刈り取られ、フワリと浮かんで風に乗り、オレのもとに届く。毒消しの材料になるというその草花を、オレはアイテムボックスへと収納した。
川を流され滝を落ち、本来のルートを外れてしまったオレ達。滝の行く先は南の国だというので、川下りは一時中断し、陸路を北西に進むことになった。イルミンスールの枝に行くのは断念し、エーコさんの旦那さんの目撃情報があったアサド国を目指す。まずは近くの街道に出ようと、地図を片手に北上中だ。
アステールさんに続くのは、短期間で乗馬をマスターしたジェイド。セイナが同乗している。2人が乗るフレイヤはお淑やかな牝馬なので、安心して見ていられる。そしてロキに乗ったオレを挟み、最後尾はトールに乗せられたエーコさんとアコちゃん。ヘリオスさんが手綱を引いている。
さて、ここまでで足りないメンバーといえば、エーコさんの従魔のスライムである。陸路を進むにあたり、このスライムの存在が問題となった。エーコさんのスライム、仮にスーちゃんと呼んでいるのだが、スーちゃんはウォータースライムという水生スライムなのだ。数分陸に上がる程度は可能だが、基本的に水中でないと生きられない。体が乾くと死ぬ。
川から離れて移動すると決まり、エーコさんはスーちゃんとの従魔契約を解除しようとした。しかしスーちゃんは、従魔契約解除を根性で拒否。そして、滝壺にザブンと飛び込むと。
スーちゃん、水中で高速回転。濡れた傘を回して水滴を飛ばすように、スライムの欠片を飛ばしてどんどん小さくなってゆき、最終的には体長20センチメートルほどに縮まった。ほぼ目玉。
滝壺から流れ出るスライムの欠片と共に、ドンブラコッコと流されそうになっていたスーちゃんを慌てて掬い上げ、スーちゃんの同行が決定したのだった。
サイズダウンしたスーちゃんは、オレの背負う背負子に括り付けた樽の中だ。チャプチャプと水と戯れる楽しげな音が、背後から聞こえてくる。身を削ってまでオレ達について来ることを選んだスーちゃん、何故かオレを気に入ってるみたいなんだよね。それは、まあ、良いんだけどさ。
「お兄ちゃん、その子とセイ、どっちが大事なの?」
オレがスーちゃんを背負うと決まった時に、セイナに言われてしまった。
「もちろんセイちゃんに決まってるよ」
「だったらセイと一緒にお馬さんに乗って!」
「それは……兄ちゃん、まだ二人乗りは出来ないんだ」
「ジェイドは出来るんでしょ? お兄ちゃんもセイと一緒に、ジェイドに乗せてもらえば良いよ」
「3人一緒に乗ったら重たくて、お馬さんが大変なんじゃないかなー」
そんなやり取りの末、
「お兄ちゃんなんか知らないっ!」
と、セイナにプイッとされてしまったオレ。傷心中である。一晩離れていた寂しさからの蜜月が、あっという間に終了してしまった。でもこれ、大好きなお兄ちゃんが取られたと思って、拗ねてるだけだよね。たぶんそう、絶対にそう、デザートを豪華にすれば挽回出来るはず。
しかし、渾身のチョコレートフォンデュをもってしても、セイナの機嫌は直らなかった。ヘリオスさんはイチコロだったのに!
仕方ない、スイーツに加えてプレゼントでご機嫌をとろう。あまり物に頼るのは良くないのだが、セイナに避けられると精神がゴリゴリ削られて重りをつけられて底無し沼に沈んでいくんだよ。スーちゃんを背負ってる時に近寄れないのは分かるんだけど、ご飯の時も隣に来てくれなかったんだよ……。
アコちゃんとお昼寝中のセイナに、添い寝しているジェイドをそっと呼ぶ。
「ジェイド、ちょっと手伝って欲しいんだけど。指輪を作りたくて」
ジェイドはセイナをキュッと1回抱き締めて、そろりとこちらに来てくれた。幸せな時間を邪魔してごめんな、すぐに済ませるから。
「ジェイド、足を、いや、手にしようか。だいぶ指が太くなってきたな、よしよし」
素直に右手を差し出したジェイドの親指に、ぬっとりと半透明の物体を塗りつける。ジェイドがブルルッと身震いした。それでも逃げようとはしない、健気なジェイド。
「師匠、これって……」
「うん、スライムの欠片。透明なガラスの筒みたいなのが欲しくて」
「指輪じゃなくて?」
「指に嵌めたら指輪だよね」
アーマーリングみたいなのもあるし。指輪の幅が極太を通り越して指の長さと同じでも、指に嵌っている輪っか状の物なら指輪と呼んで差し支えないんじゃないかな。そんな与太話でジェイドを丸め込んで、スキル発動。少し濁りはあるけど透明に近く、弾力のある筒が出来上がった。
「これ、何に使うんですか?」
「レイちゃんの花びらを入れる物を作りたいんだよ」
レインボーダンスフラワーのレイちゃんがくれた花びら、セイナはネコさんポシェットに、オレは財布に折り畳んで入れている。だけどアステールさんが、装備しないとって言ってたから、身に着けないと効果が発揮しないんじゃないかと思ったのだ。
レイちゃんは身長1メートルあるチューリップ擬きだった。花びらの大きさも縦20センチメートル横15センチメートルと、そのまま身に着けるには大きい。ただ、非常に薄くて折り畳んでも傷も折り目もつかないので、5センチ幅の三つ折りにしたうえでクルクル巻いて筒状にすれば嵩張らないなと。そして筒状にした花びらを小さな筒に入れ、首から下げられるよう紐で括れば身に着けやすいなと。アロマペンダントのイメージだ。
試しにオレの青い花びらを入れてみると、筒の長さが少し足りなかった。またジェイドに手伝ってもらい、今度は中指で作った指輪で試すと、すっぽりと花びらが収まった。
「よし、これでいこう。ありがとな。そうだ、ジェイドのも作ろうか?」
シュバッと右手を差し出したジェイド。ついでだからヘリオスさんとアステールさんのも、お揃いで作ってしまおう。オレは、セイナのご機嫌を直すプレゼントだったことなどすっかり忘れ、筒のカバーデザインを如何しようかと悩むのだった。




