ひたすら混ぜる
朝日に照らされた滝を、オレはホヘーッと間抜け顔で見上げていた。水量といい落差といい、ここを落ちてよく掠り傷で済んだものだ。間違いなくアステールさんのお陰である。オレの杜撰な計算だけで実行していたら、テントはともかく中に居た者はペシャンコになっていたことだろう。
想像してブルリと震え、オレは視線を下へと移した。滝壺ではスライムが元気に遊んでいる。見慣れてくれば、そのギョロリとした目玉もつぶらな瞳に見えてくる。可愛い……と言えなくもない。身体の中で溶けかけている、魚であった物に目をやらなければ。
滝を落ちて半日、先程やっとアステールさんが目覚めたところだ。なかなか意識が戻らないので、一晩中気が気じゃなかった。魔力が枯渇して死にかけているんじゃないかとか、頭を打ったんじゃないかとか、悪い想像ばかりしてしまった。一人で不安だったのもあり、アステールさんが目を覚ました時には思わず抱きついて、驚かれた。重ね重ね申し訳ない。
そのアステールさんはといえば、朝からカレーライスをおかわりして食べ、二度寝している。睡眠、というより休息によって、魔力を回復させるらしい。
下手に移動してヘリオスさん達と行き違ってもいけないので、オレ達はここを動かず待つことになった。
「行き違いにはなりませんよ。ヘリオスは私の匂いを辿れますから」
なんてアステールさんが言っていたが、まあ、うん。ヘリオスさんも、まずは滝のふもとを目指して下りてくるだろうし。子ども達とエーコさんを連れてウロウロするのは大変だろうし、ここは待機で! ヘリオスさんには負担を掛けてしまうので、待ち時間に甘味を作っておかなくては。
ということで、レッツクック! 時間があるのでカスタードクリームを作ることにした。
鍋に卵と砂糖を入れて混ぜ、薄力粉を加えて更に混ぜる。そこに温めたミルクを入れて混ぜ、火にかけてまた混ぜる。カスタードクリーム作りは、ひたすら混ぜる工程が続くのだ。混ぜながらクリームの状態をみて、材料を加える量を調節した。目分量で作っているから味にばらつきがあるだろうけど、良いよね。
作ってはアイテムボックスへを繰り返し、大量のカスタードクリームを保存する。皆でお腹いっぱい食べられるように。セイナとジェイドに渡した物資で何日かは凌げるだろうけど、デザートまでは渡せなかった。再会した時は甘味に飢えているはずだ。
セイちゃん、元気にしてるかな。
離れて1日も経っていないが、心配だ。体の安全はヘリオスさんが、心の安寧はジェイドが護ってくれるだろうけど。寂しがってないかな。というかオレが寂しい。
気を紛らわせるために、カスタードクリームを混ぜる。ひたすら混ぜる。
「────」
セイナの声が聞こえた気がした。まさかね。滝の両側は断崖絶壁とはいかないまでも、かなり傾斜のきつい崖だった。数日かけて回り込まないと、ここまで下りては来られないはずだ。
「──ちゃーん──」
いかん、またセイナがオレを呼んでいる気がするぞ。気のせい気のせい。それとも声真似をするモンスターでも居るのか? ろくでもないな、そんなたちが悪いモンスター、討伐依頼を出して狩り尽くしてもらわないと。
「お兄ちゃーーーーん!!」
「セイちゃん!?」
えっ、今のは絶対にセイナの声だ、オレが可愛い妹の声を聞き間違えるはずがない、でも何処から!?
オレはテントから飛び出した。キョロキョロと周囲を見回すと、またセイナがオレを呼ぶ声。
「おに゛い゛ぢゃーーーーーん!!!」
声は滝の近くから聞こえてくる。滝のほとりに駆け付けると、セイナの泣き声と、ヘリオスさんの声が降ってきた。
「ユウ、上だ上!」
「えっ!?」
声を頼りに探すと、ヘリオスさんとジェイドが崖の中ほどにぶら下がっている。それだけでも危ないのに、それぞれの背中の背負子にエーコさんとセイナが腰掛けていて、更にヘリオスさんはアコちゃんを片手で抱えている!
「ちょ、何やってんの!?」
オレが驚きと恐怖で立ち竦んでいる間にも、ヘリオスさんとジェイドは少しずつ、でも確実に崖を下りてきた。よく見ると崖には長いロープのような物が2本垂らしてあって、皆を支えているんだけど、これって自衛隊のレンジャー訓練でやるやつじゃんか! ヒイイイ!
オレがハラハラしながら見守る中、とうとうセイナを背負ったジェイドが川辺に降り立った。オレは膝が震えるのを必死に動かして、2人のもとに走り寄る。両手をオレへと延ばすセイナに抱きつき、ジェイドと一緒に抱き締めた。
「おに゛い゛ぢゃんのバガーーー!」
「ごめん、ごめんなセイちゃん」
「師匠、師匠……」
「ジェイドもごめんな、怪我してない?」
「はい゛っ!」
「う゛あ゛あ゛ーーーーーっ!」
「セイちゃん、セイちゃん泣かないで。兄ちゃんが悪かった、謝るから」
ジェイドに遅れること数分、無事に着陸したヘリオスさんが、アコちゃんとエーコさんを地面に降ろしている。エーコさんは腰が抜けているようで、へなへなと座り込んだ。身軽になったヘリオスさん、ジェイドに背負子を下ろさせ、セイナを背負子に括り付けていたロープを切断する。その間も、セイナはオレにしがみついたまま離れず、わんわん泣きっぱなしだった。
ヘリオスさん、皆を護って無事に合流してくれて、心から感謝しています。だけど、一言物申したい。
「なんで崖を下りるなんて危険なルートを選びますかね」
「ユウにだけは言われたくねーわ」




