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ニャッて何だよ

 轟音の中、オレ達のテントが空中へと飛び出した。と同時にアステールさんの杖から風の塊が噴出し、テントを包み、テントの下のスライムを押し上げる。束の間テントが宙に浮かんだ。凄い、オレ今空を飛んでる!


「ユウ君、しっかり掴まりなさい!」


 うっかり手を離そうとしたオレにアステールさんの叱咤が飛ぶ。落下し始めるテント、アステールさんが風魔法で抗ってくれているが、重力に完全には逆らえない。風でブレーキを掛けながらもテントは落ちてゆき……。


 ザバーン!!


 衝撃と共に、滝壺に着水した。


「ぐふっ」


 床にしがみつき、何とか衝撃をやり過ごしたオレ。テントは一度水中深く沈んだが、すぐに浮き上がり、また沈み掛けて浮き上がりと揺れ動いている。床が揺れるので這いつくばったまま、オレは全身をチェックした。鈍い痛みを感じる部分もあるが、動ける。


「アステールさん、大丈夫ですか? 怪我は?」


 顔だけ動かして隣を見ると、アステールさんは力尽きたように目を閉じ、横たわっていた。


「アステールさんっ!?」


「……大丈夫、生きてます」


 ホッとして半身を起こし、アステールさんの体に触れて、怪我がないか確かめる。何度か「イタタ……」と顔を顰めることはあったが、大きな怪我は無さそうだ。良かった……。


「少し疲れました……休みます……」


「はい、ゆっくり休んでください」


 アステールさんは眠るように気を失った。たぶん魔力が尽きかけているのだ。限界ギリギリまで魔力を使って、風を起こしてくれたんだろう。アステールさんの腰のロープをギッチリと締め、毛布を掛けておく。


「さてと。ロキ、トール、フレイ、フレイヤ。皆大丈夫だった?」


 馬達は、指示した訳でもないのに伏せたり寝転がったりしていた。賢い。でも馬って、ずっと寝転がってると身体に良くなかったはずだ。


「大丈夫なら立ち上がって。無理ならそのまま」


 4頭とも立ち上がり、怪我も無さそうだ。揺れは収まってきたけど床が傾いているので、トールとフレイヤに場所を交替してもらった。身体の大きなトールが浮いているほうに移動すると、傾斜が緩やかになり、歩きやすくなる。


「よしよし、皆よく頑張ったな」


 パニックにもならずにフリーフォールに耐えたお利口な馬達に、リンゴを食べさせ労ってやる。普通の馬なら恐慌状態からの大暴走、オレが踏み殺されるまでがセットだっただろう。異世界の馬だから、オレ達の言ってる事が理解できるのだろうか。それともオレの異世界言語翻訳能力が仕事をしているのだろうか。


 ロキ達が好きに飲めるように水の入った樽を置いて、アステールさんの傍に戻る。取り敢えず、今オレに出来ることはやった。後はアステールさんが目を覚ましてからだ。


 相変わらずテントはフワンフワン揺れている。どうもテントが滝壺に嵌ってしまっているようだが、オレには打つ手がない。幸い防水機能は完璧で、テントの入口が開いていても浸水しないという、不思議現象が起きている。なんなら床上50センチメートルくらいに水面があって、滝壺の中が見物できるよ。


 水流で自然に押し出されるのを待つことにして、オレはのんびり天然の水族館を眺めることにした。入口から外を見る。


 2つの目玉と目が合った。


「ニャッ!」


 人には聞かせられない情けない悲鳴が口から漏れた。ニャッて何だよ。そんな可愛らしい悲鳴はセイナとかジェイドとか、ヘリオスさんとかにしか許されないんだよ!

 いやしかし、悲鳴へのセルフツッコミで冷静になれたオレ。目を凝らして、水中に漂う2つの目玉を観察する。一見目玉だけしかないように見えるが、よーく目を凝らすと、半透明の物体が周りを取り囲んでいる。


「もしかして、エーコさんの従魔のスライム?」


 反応はない。別人、いや別スライムか? だとしたらまずいぞ、テントにスライム耐性は付けていない。取り込まれて溶かされたら一巻の終わりだ。

 だけどエーコさんの従魔の可能性も捨て切れない。エーコさんの従魔だとしても、まだ酔いが醒めてなくて襲って来る可能性もある。酔いが醒めて素面になっていたって、主人でもないオレは餌としか認識出来ない可能性も……キリがないな。

 オレは自分の異世界言語翻訳能力に、賭けることにした。


「そこのスライム君。オレの言ってる事が理解出来るかな。出来てたら」


 瞬きしてと言おうとして、スライムにまぶたが無い事に気がついた。不可能じゃん! ええと、他に何か、意思表示出来そうなことないか?

 アイテムボックスに手を突っ込んで、最初に手に触れたのは先程ロキ達に食べさせたリンゴ。これでいけるかな。ちょっとだけ細工してと。


「ごめんな待たせて。えーと、オレの言ってる事が理解出来るなら赤いリンゴ、こっちを食べて」


 オレは右手に棒に突き刺した赤いリンゴ、左手に別の棒に突き刺した青リンゴを持って、テントの外の水中に出した。スライムが赤いリンゴを取り込んで溶かす。しかも赤いリンゴを刺していた棒は、溶けずにそのまま残っている。

 これは、オレの言葉が理解出来てるんじゃないか? しかもオレの言うこと、聞いてくれるんじゃないか?

 念のためにもう1回質問する。


「スライム君は、エーコさんの従魔? エーコさんの従魔なら、赤いリンゴをどうぞ」


 リンゴを持つ手を左右入れ替えてみたが、また赤いリンゴを食べられた。続けて質問。


「スライム君は、まだ酔っ払ってるのかな。ハイなら赤いリンゴ、イイエなら青いリンゴを食べてね」


 スライムが食べたのは青リンゴ。これなら危険は無さそうだ。ついでだから、お願いしてみよう。


「スライム君、このテントを岸まで運んでくれることって、出来るかな。出来るなら赤いリンゴをどうぞ」


 スライムは赤いリンゴを食べると視界から消えた。そして、ぐらりとテントが揺れると、ゆっくりと岸へと動き出した。


「おおっ、ありがとう!」


 このスライム、とても親切で、テントを岸まで運ぶだけでなく、地面の上へと押し上げてくれた。助かる。アステールさんがまだ寝てるから、アイテムボックスに収納してからの場所移動が出来なかったんだよ。


「助かったよ。これ、お礼に食べて。エーコさん達もそのうち合流するはずだから、一緒に待ってような」


 おにぎりを幾つか食べると、スライムは水中に戻っていった。滝壺で遊んでいるようなので、暗くなる前に戻って来いよと声を掛ける。何とかなった。安心したら、どっと疲れが押し寄せてきて、オレはアステールさんの隣に寝そべり、瞬く間に眠りに落ちたのだった。



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