拾うしかないよね
翌朝。まだ日が昇らぬうちに起き出したオレは、眠そうなセイナを連れて宿屋をチェックアウトした。外に出ると、薄くたなびく朝霧の中に人影がひとつ。ひっそりと街角に佇むその影には、猫耳と猫尻尾がついていた。
うん、そんな気はしてた。見ない振りをしてやり過ごしたかったが、眠そうだったセイナがパっと覚醒し、元気にご挨拶。
「ネコさん、おはよー! 早起きだね!」
……セイちゃん、元気に挨拶出来て偉いね……。ニコニコとご機嫌なセイナに、ネコ君は囁き声で答えた。
「あ、その……寝てなくて……」
これはアレか、徹夜で宿を見張ってたのか。オレ達が出てくるのを一晩中待ってたのか。昨日は夕方でさえ肌寒かったから、夜中はもっと寒かっただろうに。そんな中じっと寒さに耐えて宿屋を見上げる仔猫。想像してしまったら、あああ、もおぉ……。
頭を抱えるオレの前に走り出て、ネコ君は更に猫好きの良心に訴える。ごめん寝のポーズで畳み掛けてくる。
「お願いします、ボクも、ボクも一緒に連れて行ってください! 何でもします、迷惑はかけません!」
その言葉通り、ご近所迷惑にならないよう小さく、でも必死なのが伝わってくる声。声も身体も震えている。あ、これ寒いのか? 霧で衣服が濡れてるし、風邪ひくじゃんか!
「ほらこれ着て! これ被って!」
オレは着ていた外套を脱いで、ネコ君の頭からすっぽり被せた。昨日買った外套はこげ茶色の厚手の生地で仕立てられていて、毛布代わりになるほど暖かい。大人用だからネコ君に着せると丈が長く、尻尾まで隠れる。それにフードを被せればネコ君の猫耳も隠せる。
これで良し! いや、良くはないな……。
とうとう猫を拾ってしまった。そんな状況じゃないのは重々承知だけど、でもさ。
酷い目にあっていた仔猫を見捨てた後ろめたさを解消するために餌を与えただけなのに、その子が追い掛けてきて、凍えて震えながら「連れてって」ってお願いしてくるんだよ? ここでまた見捨てたら罪悪感で潰れそう。セイナを1人遺して圧死する訳にはいかないから、猫を拾うしかないよね?
……言い訳が苦しいな。でもオレ頑張ったんだよ。面倒事を避けるために、『この子を助けなさい』ってオレの中の天使が命じてくるのに抗ったんだよ。天使は無駄な足掻きだって嘲笑ってたけどな。ご明察だよ!
「オレ達、この国を出てサフィリアって国に行くつもりなんだ。馬車の時間が迫ってるから、急ぐよ」
サフィリアは、ここからずっと西にある大国。交易が盛んで、あらゆる種族が集うとか。もちろん獣人も普通に暮らしているらしい。
オレはセイナを右腕で抱え、左手をネコ君に差し出した。その左の手のひらに、ネコ君が、紐で首に下げていたものを外して乗せる。
「何? 指輪?」
「これを売って、お金にしてください。ボクじゃ買い取ってもらえなかったけど、馬車代くらいにはなる、と思います……」
この子が昨日商業ギルドにいたのは、これを売るためか?
「この指輪、どうしたの」
「盗んだんじゃありません! お父さんの形見なんです!」
「いやキミが盗んだとか思ってないから。じゃなくて、お父さんの形見を売っちゃ駄目だよ。大事に仕舞っとかなきゃ」
「でも、ボク、これしか持ってなくて……」
返した指輪を両手で握り締め、オロオロと視線を彷徨わせるネコ君。ピンと来た。この子、オレが手を差し出したのを『金よこせ』って意味だと誤解してるな? 違うから。
「いいから、ほら、急ぐぞ。馬車に乗り遅れる」
オレは強引にネコ君と手を繋ぎ、歩き出した。ネコ君がついて来られるくらいの早足で、乗り合い馬車の発着場へと急ぐ。
サフィリアがある西方への馬車は、昨日行った西の市場奥の発着場から出ている。
知ってる場所で良かった、オレ方向音痴気味だから、初めての場所だとよく迷うんだよね。ここじゃスマホのアプリにも頼れないし。早めに出てきたから間に合うとは思うけど。
「ネコ君、あ、名前聞いてなかった。何てゆーの?」
「ジェイド、です」
「ジェイドね、よろしく。オレのことはユウって呼んで。で、妹のセイちゃん」
「セイのことはセイって呼んでね!お兄ちゃん、お話終わった?」
「ああ、終わり──いやジェイド、もう1つ聞きたい。昨日スープ食べた馬車乗り場って、こっちで合ってる?」
「ええと、西の乗り合い馬車乗り場は、反対方向だと……」
念のために確認して良かった。
「すまんジェイド、案内して。朝イチの便に乗りたいから急いで!」
「は、はいっ!」
オレ達は早朝の街を駆け出した。霧が晴れてくると、まるで見覚えのない道を通っていたのだとはっきり分かる。いやね、霧のせいでね、よく見えなかったからね……。
ジェイドの道案内で大通りから小路を抜け、西の市場へ。幾つかの屋台は既に営業していて、美味しそうな匂いが空きっ腹に響く。今朝はまだ食べてない。朝ごはん用に何か買っていこうかと思ったが、市場の奥からカランカランとベルの音がする。発車時刻を告げるベルだ。
「まずい、走れ!」
「はいっ!」
「お兄ちゃん、ジェイド、ガンバレー」
ピカー!
セイナの身体強化魔法が光ったが、幸い朝日が射し込むタイミングと重なった。オレ達は特に見咎められる事もなく市場を走り抜け、発着場に到着。なんとか発車時刻に間に合って、西へゆく乗り合い馬車に乗車できた。つ、疲れた……。
「ジェイド、案内ありがとうな。助かったよ」
「い、いいえ」
「セイは? セイも助かった?」
「うん、セイちゃんもありがと。とっても助かった」
エヘへと得意気に笑うセイナ。実際セイナの魔法のお陰で最後まで走れた。だけど魔法の度に光るのは困る。特訓すれば光らないようにならないかな。
馬車に揺られながら、オレは魔法について思案する。だけどそれより先に、オレの体力向上が急務かな。