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無謀です

 滝、滝だって? オレの頭の中に、ナイアガラの滝、イグアスの滝、ヴィクトリアの滝、エンジェルフォールと有名な滝の映像が浮かんでは消えた。どれから落ちても無事ではすまない。

 いや日本だと落差5メートルから滝ってことになってるし、落差2メートルのヴェンタ滝のようなのもあるけれど。その程度の滝なら、エーコさんがあれだけ慌てているはずがないし、この先にあるのはきっとナイアガラ寄りの滝だよな。エンジェルフォール寄りだと詰む。1キロメートル近い自由落下なんて天国一直線だ。


 青褪めるオレを子ども達と残し、ヘリオスさんが緊迫した顔で甲板に出る。外ではアステールさんが風魔法を使い、船の進路を変えようとしているようだ。けれど船はぐんぐん進む。下流の滝に向かって。


「スライムを正気に戻せないのか!?」


「無理です!」


「気絶させるのは!」


「スピードは落ちても、流されるのは止められません!」


 ヘリオスさんとエーコさんが怒鳴り合っている。これはもう、滝から落ちるしかなさそうだ。オレはジェイドに、アイテムボックスに詰め込める限りの食料を、セイナにも食料と水、毛布やカンテラや金貨を手早く押し付けアイテムボックスに入れさせる。そして、転ばないように慎重に動き、子ども達を戸口の脇に待機させた。


「ユウ! 奥に居ろ、跳ね飛ばされるぞ!」


 ヘリオスさんがオレ達を見咎め、駆け寄ってくる。船は少しずつスピードを上げていた。今ならまだ間に合いそうだ。


「ヘリオスさん、子ども3人連れて、岸まで跳べますか」


「跳べなくはないが、ギリギリだ」


「私が風魔法で支えれば可能です」


 アステールさんも来て、口添えしてくれる。ヘリオスさんの顔がクシャリと歪む。


「だけど」


「エーコさん、川を泳いで渡れますか」


 ヘリオスさんが反論しかけたのを無視し、エーコさんに尋ねると、不安気ながらも頷いた。


「今ならまだ、何とか」


「では今すぐ飛び込んでください。アコちゃんはヘリオスさんが運んでくれます」


「おいユウ!」


「ヘリオス、急ぎなさい! 私がユウ君を引き受けます」


「ああっ、わかったよチクショウ!」


 ヘリオスさんがセイナとアコちゃんを両腕に、ジェイドを背中におぶって甲板の端に立つ。そこから反対の端まで助走して、勢いのまま渾身のジャンプ! 放物線の頂点で魔法の風が背中を押して、ヘリオスさんは無事岸に着地した。我が子の無事を見届けて、エーコさんも川へとダイブ。よしっ!


「ユウ君、次は如何するつもりです」


「アステールさんは岸へ。オレはロキ達と立て篭もります」


 甲板にテントを出すと、アステールさんは一瞬で考えを巡らせて、馬達をテントに入れるのを手伝ってくれる。助かるけど、でも早くヘリオスさんと合流して欲しい。オレのテントは特別製の安心安全設計だ。完全防水仕様だし、ヘリオスさんの斬撃に耐えたのだ、落下の衝撃にだって耐えるはず。


「アステールさん、ここはもう大丈夫なんで、早く岸に飛んでください」


「大丈夫なら、私がここに居ても良いでしょう」


「良くないです。ヘリオスさんが心配します」


「貴方の心配はされないとでも?」


 ああもうっ、言い争ってる場合じゃないのに!

 アステールさんは馬達をテントの支柱に繋ぐと、自分の腰にもロープを巻きつけ、支柱に結びつけた。ギューギュー固結びにしてるよ、船から逃げる気ないじゃん!


「ユウ君、貴方の考えている事くらい、私にも分かります。無謀です。テントは無傷でも、テントのなかの者も無傷とはいきません」


 そんな事はオレだって分かってる。だけどロキ達も含めて全員生存って考えて、これしか思い付かなかったんだよ。セイナの結界でまるっと囲めれば確実だったんだけど、セイナの結界はそこまで大きくない。でもテントの頑丈さは折り紙付きだし、内側は柔らかい布地だ、勝算はある。それに、生きてさえいればセイナが治してくれるとの打算もある。だからセイナの安全確実な脱出を最優先したのだ。


「ですが」


 アステールさんが、オレの肩に手を置いた。


「貴方のことは引き受けたと言ったでしょう。怪我などさせません。まずは結界を」


 オレの周囲を光の護りが覆い、アステールさん自身と馬達も光に包まれる。セイナの直径2メートルの半球型結界とは違って、それぞれの体の表面に沿った形だ。


「セイちゃんの結界ほど硬度はありませんが、無いよりはましでしょう。あとは落下時に風魔法を使い、落下速度を落とします。船はアイテムボックスへ入れるつもりですか?」


「はい」


「すぐに収納してください。周囲の状況が見えないと、タイミングが取れないので」


 何でもお見通しだな。ビーバー母娘の大切な家だ、オレのアイテムボックスに一時避難させるつもりでいた。オレは床に腹這いになって手を伸ばし、指先だけテントから出して甲板に触れる。船がアイテムボックスに収納されて、その下にいたスライムが姿を見せる。未だにご乱心らしく、半透明のスライムを透して見えた川の流れが速い速い。滝の音も近付いてきている。

 オレが床に這いつくばったままでいると、アステールさんが隣に膝をついた。オレの腰にもロープを巻きつけながら聞く。


「ユウ君、その格好は」


「これが落下する物体の中での体勢の、最適解です」


 エレベーターが落下したら、床で平らになっているのが一番生存率が高いと何かで見た。間違ってもジャンプしようとか考えてはいけない。

 アステールさんがオレと並んで寝そべって、鶏の仮面を脱ぎ捨てた。


「ここからは私に任せなさい。無傷で守ってみせます。ですから一緒にヘリオスに怒られてくださいね」


「喜んで!」


 怒涛のお説教タイムも、2人で一緒なら怒りが分散されそうだからね。

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