ビーバー母娘
ビーバー母娘を椅子に座らせ、ジュースを2つ追加注文した。運ばれて来たジュースを母娘の前に置くと、ビーバー母が突然泣き出した。
「えっ、あの、ブドウジュースは駄目でしたか?」
「……違うんです。こんな、親切にされたの久しぶりで……」
この程度のことで? でも、戸惑うオレの隣では、ジェイドが深く頷いている。あー、そういえば、聖王都でジェイドに屋台のスープを食べさせた時も、こんな感じだったなぁ。もう随分昔のことのようだ。
ジェイドの膝の上では、セイナがビーバーっ娘をまじまじと見つめている。そして、自分のデザートのイチゴが乗った皿を、ツツッとビーバーっ娘の前に押し出した。だいぶ食べちゃって、あと3粒しか残ってないけど。
「これ、あげる!」
「……いいの?」
「うん! セイはね、セイっていうの。セイちゃんって呼んでね!」
「アタシは、アコです」
「アコちゃん! よろしくね!」
小さな女の子2人の交流が微笑ましい。ほっこりかわいい。見守る体制に入ったオレの意識の外で、ビーバー母がヘリオスさん達に半生を語り始めた。耳を素通りしていく会話の切れ端を繋ぎ合わせると。
ビーバー母は下流にあるアサド国に、行方不明の旦那さんを探しに行きたいらしい。旦那さんは数年前、出稼ぎに行くと言って出て行ったまま戻らず、探しに行こうにもアコちゃんが小さくて遠出が出来ず、半ば諦めていたのだそうだ。けれど半年前に知り合いから、よく似た人をアサド国で見掛けたとの目撃情報を得た。それからこの半年、必死の思いで捜索費用を貯めてきたという。
「だけど、獣人には割の良い仕事なんて滅多に回って来なくて。おまけにあたしは女ですからね」
ああ、聖王国程じゃないけど、この国にも獣人差別があるってヘリオスさんが言ってたな。それに加えて男女差別もあるってことか。
「水かきに火を灯すような生活をしても、なかなかお金が貯まらなくて。この子にも、果物なんてもう長いこと食べさせてやれなくて」
「お兄ちゃん、イチゴおかわりして良い?」
「店員さーん、イチゴ、あるだけ持って来てください!」
ヘリオスさん、仮面の奥の目が呆れ返ってるけど、ビーバー母娘の服をよく見てくださいよ! ジェイドが初対面の時に着てた服と似たりよったりのボロさですよ!
いや分かってはいるんだよ、オレが甘いって事は。ヘリオスさん達から見れば、こんな母娘、きっと珍しくも無いんだろう。オレだって、この世界から貧困を無くそうとか、全ての子どもに幸福をとか、そんな大それた事は考えていない。だけど関わっちゃったからなー。
店員さんが、丸テーブルに並べきれない数の皿を運んで来た。イチゴの皿に混じって、ブドウの乗った皿が紛れ込んでいる。
「こちら、当店からのサービスです」
さり気なくブドウの皿をアコちゃんの前に置いて、パチンとウインクしてくれる店員さん。ありがとうございます!
オレはチップを多めに支払った。そんなオレの開き直った態度を見て、ヘリオスさんはわざとらしく、呆れと諦めを混ぜた溜息を吐く。
「ハアー、了解だ。この人の船に乗るんだな?」
「乗りたいです。セイちゃんも、アコちゃんと仲良くなったみたいだし。でも、ヘリオスさん達が絶対に反対だって言うなら考えます」
「ここで反対したら、俺が悪者じゃねーか」
「いいえ。ヘリオスさんが反対するとしたら、ちゃんとした理由があると思うので。オレは世間知らずだから、その辺の判断が出来ません。全面的にヘリオスさん達を信頼してます」
「ほんっとユウは甘いよな。俺が悪者だったら如何すんだよ」
「大丈夫です。セイちゃんが懐いてるので」
オレよりセイちゃんの方が、人を見る目は確かだからね。さあセイちゃん、ダメ押しするんだ!
「セイね、ヘリオスのお兄ちゃんもアズちゃんも、大好きなの」
ニコニコと言い切ったセイナの笑顔が、クリティカルヒット! そして、照れるヘリオスさんにヤキモチを焼くジェイドに向けて、セイナの波状攻撃!
「それにね、ジェイドと、もちろんお兄ちゃんも、だーい好き!」
クッ、オレにまで流れ弾が……! イチゴ食べ放題でご機嫌だからって、大好きの絨毯爆撃しなくても……!
身悶える男共に、ビーバー母がおそるおそる尋ねる。
「ええと、あたしの船を使ってくださる、という事でしょうか」
「ああ。礼はユウとセイちゃんに言ってくれ」
そこからは、ヘリオスさんとビーバー母とで契約の話になった。アステールさんが書いたメモを見ながら、ヘリオスさんがルートや日数、1日当たりの運送費、危険に対する割り増し費用、食事を如何するか等々、事細かに決めてゆく。ヘリオスさんが提示した平均的な運送費に、ビーバー母が、
「こんなに頂けるんですか!?」
と驚いていたので、今まで低賃金でいいように使われていたんだなと気の毒になった。知識がないと、搾取されてても気付けないよね。オレもなるべく早めに、こっちの常識を身に付けなきゃ。交渉事をヘリオスさんに丸投げしてる自覚はあるんだよ。
テーブルの皿が空になる頃には、話し合いは終わり、契約書も書き上がった。魔法契約ではないが、きちんと形式に則った物だという。書式を調えたのはアステールさんだ。
「ユウ、保管しといてくれ」
渡された契約書を斜め読みし、オレはアッと気が付いた。確認しなきゃいけない事が抜けてる。オレは声を低くして、ビーバー母に聞いた。
「あの、船の動力は何ですか?」
「うちの船はスライムが動かしてますが」
ジェイドの素早さが音速を超えていた。レイちゃんのくれた緑の花びらの効果かな。セイナはイチゴを口いっぱいに頬張るのに忙しく、情報を遮断されたのにも気付かない。セーフ。
オレはコソコソと、スライムの欠片の譲渡に関する項目を、契約書に追記してもらった。『ごっこ遊び』の素材、ゲットだぜ!




