冒険者ギルド食堂で
レイちゃん配達クエスト達成を冒険者ギルドで報告し、冒険者ギルド併設の食堂で遅めのお昼ごはん中である。アステールさんがいるので外食はまずいかなとも思ったけど、オレ、一度冒険者ギルド食堂でご飯を食べてみたくて。オレが覗き見してたのがバレて、ヘリオスさんがここで昼食にしようと提案してくれたのだ。微妙な時間帯で客の入りも少ないので、今なら絡まれることも無いだろうとの判断だった。
とはいえアステールさんは顔を出せないので、とても食べ辛そう。鶏の被り物の隙間から飲食してるけど、肉のソースとかサラダのドレッシングとかが鶏の首回りの毛に付いてしまっている。オレ達も仮面を着けたままなので、口元が開いているセイナ以外は、いちいち仮面をずらしてゴハンを口に入れている。うーん、テイクアウトにするべきだったか。
でもテントでは作り難くて持ち帰りにくい料理もたまには食べたいので。オレはグラタンを注文した。あと、クリームコロッケとかメンチカツとか、作るのが面倒くさいけど定期的に食べたくなる料理もたくさん注文している。食べ切れなくてもアイテムボックスに放り込んどけばいいからね。
「この後の事だけどな。ちょっと寄り道しても良いか?」
だいたい食べ終わって、オレが残った料理をせっせと仕舞っていると、ヘリオスさんが地図を取り出した。皿を重ねて空いたスペースに、地図を広げる。
「ちょうど良い配達クエストが無かったから、採取クエストで路銀を稼ぎたい」
「良いですけど。採取クエストだと、またこの町に戻って来るってことですか?」
「いや、俺がやりたいのは常設クエストだ」
常設クエストは、どの冒険者ギルドでも常に受け付けているクエストで、受注をすっ飛ばして成果だけ報告なんて荒技が出来るらしい。具体的には、道中で採取した薬草を持って冒険者ギルドに行き、掲示板の依頼書を引っぺがして「これ、達成したんでヨロシク」って事が可能なのだ。
ヘリオスさんが地図の1点を、指先でトントン叩く。ここタニカルの町だ。そこから川の下流へと指を滑らせて、次の町の手前で南に逸らす。
「この先に、イルミンスールの枝って呼ばれるデカい木があってな。この木の実が、万能薬の材料になるんだ。何時でも何処でも高く買い取ってもらえるから、取りに行きたい」
イルミンスールってなんか聞き覚えが……世界樹の別名だったような気がする。そりゃー薬効も高そうだ。葉っぱに蘇生効果とかは無いのかな?
っていうか、万能薬が存在したのに驚いた。ポーション類を見掛けないから、回復系アイテムが無い世界だと思ってたよ。
「良いですね、行きましょう。あ、でも危険度は」
「採取自体は、条件が厳しいだけで危なくはないんだが、近くに」
「あーっ、見つけた! あんた達だよな、何とかフラワー運んできたの!」
ヘリオスさんの声を打ち消す大声を上げながら、オレ達に近付いてきた集団。そのほぼ全員がビーバー顔の子ども連れだった。とても嫌な予感がする。人違いってことにして逃げたいけれど、椅子から立ち上がる前に囲まれてしまった。目立たないよう店の奥の席についていたのもあって、逃げ道を塞がれた形だ。
「なあ、川を下るんだろ? おれの船に乗りな!」
「いいや、おれの船だ。お前んとこのボロ船じゃ、馬まで乗せらんねえだろ」
「うちの船に乗ってよ! 台所も貸すよ!」
「お安くしますんで、差額をクッキー払いで如何でしょうか」
「子ども達に手伝わせるからよ、乗ってる間は暇だろ? 飯作ってくれよ」
「兄ちゃん、お願い!」
……これ、絶対ビーバー一家が情報源だよね。わざわざ子どもを連れて来てお願いさせるとか、やる事が小狡いな。しかも、籠絡するならオレが狙い目だとばかりに、オレにばかり子ども達が纏わりついてくる。大人達を蹴散らすのに躊躇いはないが、相手が子どもとなると……くっ、卑怯な! 正々堂々勝負しろ!
オレはナメられないよう、眉間に力を入れてビーバー獣人共を睨みつけようとした、のだけどチビっ子ビーバー達のつぶらな瞳が見上げてくるのに早くも負けそうだ。困る。ほんと困る。交渉事に子どもを使うなよ、汚い大人達め!
しかし、ビーバー軍団にオレが陥落する前に、強力な援軍が現れた! おもむろにヘリオスさんが立ち上がり、ビーバー達を見回して言う。
「俺達は支流を通ってウルマン平原に行くんだが」
ビーバー獣人の半数が逃げ出した!
「俺達パーティがイルミンスールの枝で採取している間も、逃げずに待機出来るんだな?」
残りのビーバー獣人達が逃げ出した!
あれだけ居たビーバー獣人達を二言で退けたヘリオスさん。素敵。なんて頼りになるんだ。
フン、と息を吐いて椅子に腰掛けたヘリオスさんに、オレは惜しみない拍手を送った。
「いや別に、俺は何もしてねえよ。行き先がビーバーには禁域だってだけなんだ」
「何かあるんですか?」
「イルミンスールの枝がある辺りは、闇狼の縄張りなんだ。狼はビーバーの天敵だから、皆逃げ出したのさ。なのに、まだ踏み止まってるのがいるな」
ヘリオスさんの視線を辿ると、ビーバー獣人達が逃げて行った扉から、2人のビーバー獣人がそろりと姿を見せた。ワンピースを着た大人と子ども。母娘かな。
ビーバー母娘はペタペタと歩いてくると、オレ達の傍で立ち止まり、丁寧に頭を下げた。
「お願いします。ウルマン平原でも何処でもお連れしますんで、あたしの船を使ってください」




