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別れの時

 配達先のタニカルの町に着いたのは、午前のおやつの時間頃だった。ちょうどピンク色のバナナに似た果物を食べている最中にヘリオスさんに呼ばれ、甲板に出ると、行く手に見えたのは川の流れを堰きとめる大きな水門。川幅いっぱいに、木製の門がそびえ立っている。ビーバーか? ビーバーダムなのか?


 タニカルの町へは本流から引いた運河で入れるとのことなので、船に乗ったまま町の中へ。ビーバー一家とは、冒険者ギルドの裏の船着き場でお別れした。


「兄ちゃん、また来てくれよ!」


「絶対だよ!」


「ああ、機会があったらな」


「今度いつ来てくれるの? 明日?」


「明日は無理かなー」


 お母さんビーバーに見張られていたので、ビーバー兄弟はお客様との適切な距離で見送ってくれた。冒険者ギルドにロキ達を預け、別の舟に乗り換える。タニカルの町は運河が発達している代わりに、道路が使いづらいらしい。オレ達が乗ったら満員の小さな舟で、魔法植物研究所を目指す。


 舟から見るタニカルの町は、写真で見たアムステルダムにそっくりだった。運河沿いには赤レンガ造りの細長い建物がみっしりと並び、石橋の下には舟が通るためのアーチ型の空間がある。アーチの天井が低いからか、行き交う舟の船頭さんは小さな人が多い。オレ達が乗る舟の船頭さんは、小人族だと言っていた。背丈はオレの半分だけど、ガッシリしていて腕には力こぶ。動力が人力だからね。


 魔法植物研究所は、町の中心部から外れた郊外にあった。塀に囲まれた広々とした敷地に、立派な建物が複数建っている。ちゃんとした施設のようで安心した。レイちゃんのお引っ越し先だから、住環境は気になるところだ。


「冒険者ギルドの依頼で、レインボーダンスフラワーをお届けに来ました」


「ああ、待ってたよ。遅くなるとの連絡がきてたけど、思ったよりも早く着いたな」


 門番さんの案内で、建物の1つに連れて行かれると、中から研究者らしき人達がわらわらと出てきて瞬く間に囲まれた。レイちゃんが。


「ほほう、本当に花びらが7色なのですな」


「枯れかけていると聞いたが、元気そうだな」


「リヒト氏からの通信に、歌で持ち直したとありましたぞ」


「歌い手は……配達を請け負った冒険者?」


 ザザッとオレ達パーティに詰め寄る研究者の皆さん。好奇心でギラギラした目付きが怖い。


「レインボーダンスフラワーの世話は、どなたが?」


 一斉にオレを指差す仲間達。人を指差すんじゃありません、確かにオレがメインでレイちゃんの面倒みてたけどさ、研究者達の面倒な気配を感じてオレを売ったな?

 レイちゃんに代わってオレが取り囲まれる。


「歌の種類はどの様な? カンツォーネ? シャンソン? ゴスペル?」


「伴奏つきですかな、それともアカペラで?」


「音域はどの程度だと反応が良かったでしょうか」


「取り敢えず、どんな歌で世話したか歌ってみろ」


「そうですな!」


 ええー、ここで歌えと? 歌うのはともかく、外は日射しがあるとはいえ肌寒い。レイちゃんも震えてるし、セイナとジェイドは寒そうに身を寄せ合っているんだけど。目に入らないのか?

 歌うのは建物の中でと言おうとした時、その建物から、かなりのご高齢らしき男性が出てきた。


「これこれ、こんな所に集まって、何をしておるんじゃ」


「所長」


「レインボーダンスフラワーは寒さに弱い。せっかく咲いた花を枯らすつもりかな?」


「あ!」


 そこ、お客様が寒いからじゃないんだ。ちょっと納得がいかなかったけど、でもレイちゃんを大切にしてくれそうなので良しとした。


 研究所の建物の中は、物が溢れていた。通路にまで植木鉢や肥料の袋が雑然と置かれていて、独特の臭いがする。けれど、レイちゃんのために用意したという部屋は、整理整頓され、清潔感さえ漂っていた。どうもレイちゃん、思った以上に稀少で貴重な植物らしい。

 所長さんの指示で、ヘリオスさんがレイちゃんのプランターを厚手の敷物の上に置く。そこからは怒涛の質問タイムが始まった。


「は? 童謡? そんな物がレインボーダンスフラワーの栄養になると」


「他のレインボーダンスフラワーの事は知りませんが、レイちゃんは喜んでくれますよ」


 馬鹿にしていた研究者達も、実際にオレが歌ってレイちゃんがご機嫌に踊りだすと真顔になった。手遊び歌でセイナとレイちゃんが遊ぶと、真剣な表情で、食い入るように凝視する。ちょっぴり音痴なヘリオスさんも加わった『かえるの歌が聴こえる』の輪唱に、レイちゃんがお腹を抱えて笑うような仕草をすると、興奮して鼻息荒く、メモを取る手が加速する。


「まさか曲の良し悪しどころか上手い下手も関係ないとは!」


「レイちゃんは、楽しい雰囲気が好きなんだと思います」


「これは学会が引っくり返りますぞ!」


 レイちゃんが幸せなら、学会とか如何でもいいんですが。


「あと、レイちゃんは寂しがり屋なので、放ったらかしにせず、話し掛けたり構ってあげてください」


「もちろん、毎日時間を決めて音楽を聞かせ、研究データを」


「そういう事じゃなくて!」


 研究対象としてじゃなくて、家族とか、友達みたいに関わってあげて欲しい。そう力説すると、研究者達はちょっと何言ってるか分からないって顔をしてたけど、所長さんは何度も頷いてくれた。お願いしますね所長さん、ウチのレイちゃんは貴方に託しますからね。


 とうとうレイちゃんとの別れの時がやって来た。セイナの手には、昨日の夜に皆で作った折り紙のメダル。1枚きりの金色の折り紙を使った力作だ。


「レイちゃん、これあげる。セイ達のこと、忘れないでね」


 メダルをレイちゃんの首に掛け、セイナがポロリと涙をこぼす。レイちゃんも、セイナに抱き着くようにして、蕾から涙を流した。


「なっ! レインボーダンスフラワーから水が!」


「採取を! 試験管くれ!」


 感動的な別れの場面に水を差す研究者達。オッサン共、セイちゃんとレイちゃんのお別れを邪魔すんなよ。


「レイちゃん、バイバイ。絶対また会いに来るからね」


 泣きながら、レイちゃんとお約束したセイナ。こうしてオレ達の初クエストは、涙なみだで完了したのだった。


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