カレーになんちゃってナン
「兄に、これ美味しー」
「だろー? おいら達が作ったんだぞ!」
「そうそう、兄ちゃんはちょびっと手伝ってくれただけで、ほとんどオイラ達が作ったんだ!」
チビビーバー達にドヤ顔で応え、偉そうに胸を張るお兄ちゃんビーバー達。彼らの手には、盛りに盛ったカレーの入った皿がある。本日の夕食の豆カレー、ビーバー一家用である。
「本当にあの子達が作ったのか?」
こっそりオレに尋ねるヘリオスさんの手にある皿には、肉の塊がゴロゴロ入った牛カレー。草食のビーバー一家に合わせて夕食は野菜メインのメニューにしたので、せめてもとオレ達のカレーは肉たっぷりにした。
「はい。豆カレーはほぼ、あの2人に作らせて、ナンはチビっ子達が生地をこねて、ジェイドが焼いてくれたんですよ」
本当はカレーライスにしたかったんだけど、お米は普及してないみたいなので。小麦粉と塩を水でこねてスキレットで焼いた、なんちゃってナンを作ってみた。イーストもベーキングパウダーも使っていないけど、見た目はナン。本格的なナンには程遠くても、ご家庭で食べる分には問題なし。
カレーになんちゃってナン、温野菜のサラダと果物が、夕食のテーブルに並んでいるんだけど。これだけつくるのに、まあ時間が掛かった。オレ1人で作ったほうが速いし楽だったんだけど、ビーバー一家のご飯はビーバー兄弟に作らせると決めてたからね。途中で何度も逃げたり遊んだりしようとするビーバー兄弟に、最後まで料理を作らせるのは、思ってた以上に大変だった……。
だけど、自分達で夕御飯を完成させたのは嬉しいようで、特にお兄ちゃんビーバー2人はやたらと自慢してくる。ビーバー兄弟、手先は器用で、やれば出来るんだよ。
「これも凄いな。水鳥?」
「うん! これもオイラ達が作った!」
アップルスワンを船長さんに誉められて、満面の笑顔のお兄ちゃんビーバー達。
「木を加工するより簡単だった!」
「面白かった!」
「そうか、良かったな。こういった経験も仕事の糧になる。頑張って修行するんだぞ」
船長さんの言葉で思い出した。思いがけず手際よくリンゴを白鳥に加工したので、何かやった事があるのか聞いてみたところ。ナイフで木を削って玩具を作っているとの答えが返ってきたのだ。
お兄ちゃんビーバー達、来年から家を出て、木工職人さんに弟子入りするらしい。ビーバー獣人は木の加工が得意で、木工職人ギルドにも多数のビーバー獣人が所属しているとか。この部屋の家具も、家自体も、お兄ちゃんビーバーの師匠になるビーバー職人の作品だという。
それを聞いて、オレは欲しかった物が手に入るかもしれないと、期待に胸を膨らませたのだった。
「あの、実は、この子達に作って欲しい物がありまして」
オレが欲しいのは、ズバリ、組紐を作るための組台だ。組台には角台、丸台、高台、綾竹台などがあるが、高台や綾竹台は構造が複雑で説明が難しいので除外。角台は仕組みとしては単純だけど、滑車が使われているし2日で製作出来るか微妙なところ。なので、小さくてシンプルな丸台を作ってもらいたいのだ。
この丸台、穴の開いた丸テーブルのようなシンプルさだが、侮る事なかれ。丸組(断面が丸い組紐)も平組(平たい組紐)も、単純な組紐から複雑な組紐まで作れる万能選手。ぜひとも欲しい。組玉(糸を巻く部品)もまとめて作って欲しい。
「作るのは良いけど、おいら達、まだ見習いですらない素人だからさ。お金貰えないんだ」
「前に作ったもの売ったら、めちゃめちゃ怒られたんだ」
おお、そこら辺厳しいんだな。オレは職人ギルドに所属してなくても作った物を売ってたけど、あれ違法だったのか? いやでも商業ギルドでも普通に買い取ってもらえたし。国によって違うのかな?
オレが考えていると、お兄ちゃんビーバー2人がチラチラと、こちらの様子を窺ってくる。作りたいんだな? でも、タダで作る気は無いんだな?
「物々交換は禁止されてないですか?」
船長さんに確認すると、それなら問題なしとのこと。あと、木工職人ギルドで職人以外との取引が禁止されているのは、扱う物が大型で、不具合や不備があった場合に危険なことが多いからなのだそうだ。手のひらサイズの物だと小物職人ギルドの管轄になり、そちらは素人の作品でも出来が良ければ売買可能だと教えてもらった。
良かった、違法取り引きしてなくて。しかし丸台は小さいとはいえ高さ40センチメートルほど、木工職人ギルドの管轄である。金銭の授受はご法度。
「支払いは、カレーを作るのに使った香辛料でどう?」
「カレー何回分?」
「5回くらいかな」
「もう一声!」
「完成品の出来によっては、上乗せする」
「だったら香辛料よりお菓子が良い!」
この世界というか、この辺りは食料品が安く、香辛料も、庶民にも手が届く値段のものが多い。胡椒も黄金と同じ価値ではなく、比較的リーズナブルだ。ただ、砂糖は高い。蜂蜜が安価なので、糖分はそっちで摂取するのが一般的。そして、更に高級品なのがチョコレートで、以前買ったお徳用チョコレートでさえ、有名パティシエが作ったショコラに近いお値段だった。
交渉の末、丸台の支払いはカレー5回分の香辛料プラス、オレが作るクッキーで話がまとまった。クッキーは明日台所をお借りして、大量生産する予定である。買うより手作りしたほうが安くつくので、この機会に自分達で消費する甘味も量産し、ストックしておきたい。頑張らねば!




