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ごめんな

 しばらくは3人背中合わせに、ひたすら無言でスープを食した。オレとしてはこれ以上の接触は無用、このままハイサヨウナラといきたいところだったのだが。


「ネコさん、これも食べる?」


 早々に食べ終わったというか、半分食べたらお腹いっぱいになったらしいセイナが、ネコ君に食べかけのスープ椀を渡そうとした。おっと、半分こはまだ早い。間接キスとかお兄ちゃんが許しませんよ!

 お椀を横取りすると、セイナが不思議そうに首を傾げた。


「お兄ちゃんもお腹空いてたの?」


「そうそう、そうなんだ。だからこれ、兄ちゃんにくれないかな」


「でも、ネコさん……」


「ネコ君にはこっちをあげような」


 鞄から市場で買ったパンを出し、セイナの手に乗せてやる。セイナに餌付けさせるのは、ますます情がわきそうで避けたかったけど。自分で食べ物を渡さなきゃ納得しそうにないから、仕方がない。

 セイナは受け取ったパンを、極上の笑顔と共にネコ君に差し出した。


「はい、これも食べてね!」


 ネコ君はおずおずと受け取ると、パンを小さく千切り、スープに浸してはスプーンで口に運ぶ。味わうようにゆっくりと咀嚼するネコ君。よしよし、たんと食え。

 涙ぐみながらスープを食べるネコ君を眺め、ついホッコリするオレ。まずいなー、オレのほうが情がわいちゃってるよ。でもここは心を鬼にして立ち上がる。


「じゃ、行こっかセイちゃん」


 セイナは座ったまま、動こうとしない。オレを見て、ネコ君を見て、またオレを見る。セイナが口を開く前に、オレは釘を刺した。


「セイちゃん、お家が無くなったから、ネコさんは飼えないよね? 飼えないのに捨て猫を拾えないよね?」


「じゃあ、今度はネコさんが飼えるお家にお引っ越ししよ?」


「それには沢山お金が要るんだけど、兄ちゃんはそんなにお金持ってないんだ。それに、兄ちゃんが毎日、朝から晩まで働いても、セイちゃんと2人で食べていくのがやっとだと思う」


「セイ、お手伝いできるよ! おやつも我慢する! だから……」


「ごめんな、無理なんだ」


 最後のはセイナとネコ君、両方に対しての言葉だ。どうあっても自分の希望が通らないと理解したのだろう、セイナの目から涙が溢れ、ポロポロとこぼれる。だけど、獣人が疎まれているこの国では、ネコ君を連れて歩くだけでも厄介事に巻き込まれそうだ。セイナの身の安全のためにも危ない橋は渡れない。


「ごめんな」


 もう一度謝って、オレは無理やりセイナを抱え上げ、その場を後にした。


 それからがもう、大変だった。ぐずぐずと泣くセイナを抱き抱えて、残りの用事を済ませたのだが。


 まず、発着時刻を確認しようと立ち寄った乗り合い馬車の停留場で、誘拐と間違われた。

 これはまあ、しょうがない面もある。セイナがずっと泣き続けていたし、オレとセイナの12歳という年齢差は、親子としても兄妹としても微妙だ。オレは青髪のウィッグを被ったままで、セイナの光を当てると茶色っぽい黒髪とは違うし。顔も、鼻水が垂れてても可愛いセイナと、地味なモブ顔のオレとではあまり似ていない。

 だけど、引き離されそうになったセイナがギャン泣きで「おに゛ぃぢゃーん!!」と縋りついてきたので誤解が解け、事なきを得た。オレを誘拐犯扱いした人達はお詫びにと、乗り合い馬車の割引券をくれ、乗り合い馬車含めたこの国の移動手段について、懇切丁寧に教えてくれた。


 それから、市場を引き返していると肌寒くなってきたので、外套を買った時のこと。

 衣服は高かったので、セイナの外套だけ買うつもりだったのに、店主にゴリ押しされてオレのぶんまで買うことになった。そこから熾烈な値切り交渉の末、2着で4割割り引いてもらうことに成功。得したと言えなくもないが、予定外の出費はダイレクトに財布を直撃し、家計のやり繰りに頭が痛くなる。


 その後、泣き疲れて眠ってしまったセイナを抱えて、ようやく宿屋にたどり着くと。

 なんと、押さえていた部屋がダブルブッキングで使えないという。申し訳ないが相部屋をという宿屋の主人と、それは困ると突っぱねるオレとの間でひと悶着あり、結果、支払った料金を返してもらい、他の宿屋を紹介してもらうことで落ち着いた。差額はダブルブッキングのお詫びにと、初めの宿屋の主人が出してくれたので、ここでも結果的には得したと言えるのだが。


 めちゃくちゃ疲れた。今日はあれこれあり過ぎて大変だったのに、ここにきて更に色々と重なって、あーもう限界……。


 寝よう。考えなきゃいけない事もやらなきゃいけない事も山積みだが、今日は無理。明日は早朝出発の馬車に乗るつもりだし、今日はもう寝よう。


 セイナも疲れたのだろう、ベッドの真ん中で大の字になって熟睡している。ちょっとだけ寄ってもらって、オレはセイナの隣で横になった。

 ベッドは2つあるが、一緒に寝たほうが何かの時に動きやすいし気付きやすいだろう。廊下に出る扉の下には開けにくいよう、三角の積み木を噛ませてみたけど。鍵は扉も窓も簡単な掛けがねで、ぶっちゃけ不安。眠れるかな……。


 しかしそんな心配は無用だった。宿屋がグレードアップしたおかげでベッドはふかふか、程良い寝心地。外は肌寒かったが室内は暖かく快適。市場であれこれと買い食いしたのでお腹も満ちている。そのうえ、肉体的にも精神的にも疲労困憊。


 セイナの寝息を聞くうちに、いつの間にか眠りについたオレ。夜中、猫の鳴き声が聞こえた気がした。

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