動力がスライム
色々と時間が押したせいで、船に乗ったのはお昼過ぎになってしまった。朝から待機していたという船長さんに謝りつつ、乗り込んだのは立派なハウスボート。見た目は完全に家なんだけど、川面に浮いていて、桟橋にロープで係留されている。
船長さんはビーバーの獣人さんだった。ジェイドやヘリオスさんのような人間に近い獣人ではなく、まんま直立二足歩行のビーバー姿だ。毛皮で暖かいからか上半身裸で、ゆったりしたズボンだけを身に着けている。
船長さんがロープを係留柱から外すと、ハウスボートは川の流れに乗って、ゆっくりと下流へ滑り出した。
「すごーい! お船のおウチだー!」
「セイちゃん、危ないから端っこに行ったらダメだよ」
大はしゃぎのセイナが走り回るのを注意しながら、馬達を軒下の柱に繋ぐ。庭というか、甲板部分が狭いので、すぐそこに水面があるのだ。ジェイドが付いてくれてるし、柵もあるから落っこちないとは思うけど。今も柵の手前から川の中を覗こうとしているセイナを、ジェイドが背中から支えてくれている。
「お兄ちゃーん、下に何かいるよー」
「んー、お魚ー?」
「ああ、ウチの船は動力がスライムなんですよ」
船長さんの声が「ス」から「ラ」に移行するより先に、ジェイドの両手がセイナの両耳を覆った。さすがジェイド、素晴らしい瞬発力だ。セイナの前で「スライム」は禁句だからな。しかも素早いのに耳への着地がソフトだった。ジェイドの手に肉球があれば、プニッと心地よい弾力が感じられただろうな。
ジェイドに両耳をガードされたまま、セイナが不思議そうに振り返る。
「ジェイド? 何してるのー?」
「あ、いえ、落ちそうだったので。セイちゃん、ボクと中に入りましょう」
「えー、お外見たいー」
「家の中でも、窓から外が見えたぞ。寒いから中に入っとけ、レイちゃんも待ってるぞ」
レインボーダンスフラワーのプランターを運び入れたヘリオスさんが、戸口から顔を出して言い添えてくれる。ジェイドがセイナを連れて中に入るのと入れ替わりに、ヘリオスさんが甲板に出てきた。
「ユウも入っとけ。馬達は俺が見とく」
「ヘリオスさん、寒いの苦手ですよね」
「アズとくっついとくから平気だ。それより花がまた萎れてきてるからな、あっちを頼む」
そうだった、オレは音楽担当だった。レインボーダンスフラワー、結構な構ってちゃんみたいで、ちょっと放置しとくとすぐ萎れてくるんだよ。
「わかりました。2人とも風邪ひかないでくださいね。あとこれ、お昼ご飯に」
毛布と温かいスープを入れた水筒、ホットドッグ、ホットサンドを渡して、オレはセイナ達の後を追った。
家の中は、船の上とは思えない快適空間だった。壁は板張りではなく木の枝を何重にも重ねてあって、隙間がありそうにみえて隙間風は入ってこない。フカフカの絨毯の上には木製の家具が置いてあるが、自然の形を活かした造形になっている。唯一レンガ造りの暖炉からは、薪が燃えるパチパチという音が聞こえてきた。
「おー、良いな、ここ。あれ? でもセイちゃん達は?」
「お兄ちゃん、こっちー」
頭上から声が降ってくる。振り仰ぐと、入り口の上が中二階のようになっていて、セイナとジェイドが窓から外を眺めていた。梯子を登ると進行方向がよく見える。
「お兄ちゃん、セイ、ここでご飯食べたい!」
船長さんに許可をとり、セイナとジェイドは中二階でお昼ご飯。スペースの都合上オレは遠慮して、レイちゃんと一緒に1階に残る。寂しくなんかなーいさ、寂しいなんてうーそさ、とか歌いながら一人飯。レイちゃんがポンと肩を叩いて慰めてくれた。優しさが身に染みる。
「よし、気を取り直してデザートでも作るか!」
甲板で寒さに震えるヘリオスさん達に、温かいデザートを差し入れたくて。だけど台所をお借りするほどの図々しさは持ち合わせていなかったので、船長さんに暖炉の使用許可だけ貰ったんだよね。
作るのは蜂蜜バターポテト。キタジンで買った焼き芋を食べやすい大きさに切って、スキレットで温め直して。熱くなったところにバターと蜂蜜を加えるだけの、簡単スイーツだ。アステールさん用に、蜂蜜抜き、塩コショウバージョンのも用意する。こっちはスイーツじゃなくてオツマミだな。
「いい匂いがするー。お兄ちゃん、セイのは?」
「はいはい、セイちゃん達のはこれね」
中二階から降りてきたセイナ達のぶんを木製のテーブルに置き、スキレットを両手に外に出る。ヘリオスさんとアステールさんは、宣言通り、1つの毛布に包まっていた。
「お昼食べ終わりました? これデザートです」
「ほらな。ユウがデザート忘れるはず無いだろ。俺の勝ち」
「なに人で賭け事してるんですか。ハイこれ、甘いのと塩っぱいのです。船長さんも、良かったら……あ、食べられない物ってあります?」
「ありがとうございます、基本草食ですが、肉や魚も少しなら大丈夫です」
ビーバーって草食なのか、知らなかった。材料と使った量を伝えると、その程度なら問題ないという。良かった。ジェイドもヘリオスさんも、猫には禁忌の玉ねぎとかチョコレートとか平気だから、全く気にしてなかったよ。
美味しそうに芋を摘む大人3人にホッとして、家の中へと引き返す。入り口の扉を開けると。
「お兄ちゃん、足りないからもっと作って。この子達のも!」
空っぽになったスキレットを見つめていた小さなビーバー達が、わらわらとオレを取り囲み、ウルリと潤んだ目で一斉に見上げてきたのだった。




