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婿として花丸

 昨夜はリヒトさんのお宅にお泊りになって、庶民には一生縁がないようなラグジュアリーな体験をさせていただいた。料理名を聞いても何だか解らない前菜が出てくるディナーとか、トランポリン代わりになるキングサイズベッドとか、浴室にメイドさんが控える入浴タイムとかだ。

 だけど小市民なオレにはどれもハードルが高く、心からは堪能出来なかった。特に、浴室のメイドさんがね……。


 メイドさんにはお湯の温度だけ調節してもらって、即退出をお願いした。そしてセイナと2人のんびりと、この世界で初の入浴タイムを楽しんだんだけど、やっぱりお風呂は良いね! セイナの『きれいきれーい!』のおかげで清潔は保てていても、湯船に浸かるのはまた別だ。改めて、テントにバスルームが欲しいなと思ったよ。


 この世界、思ったよりも衛生観念がしっかりしていて、石鹸とか消毒薬とか歯磨きなんかも普及しているんだけど。さすがに一般家庭にお風呂はなくて、宿屋も部屋にトイレが付いていれば御の字。その代わり、大きめの町には公衆浴場があり、庶民はそこを利用するのが一般的だ。

 ただ、オレ達の場合、公衆浴場だとセイナが一人で女湯になってしまうので。かといってセイナを男湯に連れて行くのも、ちょっと……と、異世界で初めての風呂は延期されていたのだ。


 ちなみに浴室に行く時に、セイナが


「ジェイドも一緒にお風呂入ろー!」


と誘ったんだけど、ジェイドはお誘いの言葉を耳にした途端に真っ赤になり、鼻血をタラリと垂らして失神した。その純情さ、セイナの婿として花丸100点満点だ。セイナの純粋な子ども心につけ込んで、これ幸いと裸の付き合いをしようとしたり、「誰も入ってないと思って……」なんて見え透いた言い訳しながら入浴シーンを覗いたりするようだと、生涯接近禁止令を発動しなければならなかった。一緒にお風呂なんて、結婚して10年仲良く過ごしてからランダム発生する隠しイベントだからね。


 幸いジェイドはすぐに意識を取り戻し、オレ達の後でヘリオスさん達とお風呂に入っていた。ジェイドにとっては人生初のお風呂だったらしい。風呂上がりの上気した頬で、手を使った水鉄砲のやり方を教えてもらったと嬉しそうに話していた。猫はお風呂が苦手な子が多いけど、ジェイドはお風呂が好きそうだ。よし、頑張ってテントにバスルームを増設するぞ!


 閑話休題。


 さて、今朝は朝食を頂いてから、お屋敷の使用人区画にお邪魔している。本来ならお客様が来て良い場所じゃない。だけど朝食の席で、水や食料品を買いに行きたくてーなんて話をしたら、リヒトさん家御用達の商人さんが呼ばれてしまったのだ。朝食を食べ終わって玄関ホールを通りかかったら、ピチピチしている魚や生肉が正面玄関から運び込まれようとしていたという……即日発送にも程がある、ビックリだよ。サロンに運ばれそうなのを慌てて阻止し、いつもの受け渡し場所でとお願いした結果である。


「あの……本当にそのお値段で良いんですか? 赤字になりません?」


 見るからに高級品ばかりが並べられ、恐ろしくなったオレがコッソリ聞いてみたところ、信じられない値段が提示された。リヒトさん家との繋がりがあるにしたって、驚きの低価格。だって木箱に入っているようなお肉だよ? そんな値段で売ってたら商売にならないでしょ!


「ご心配なく。わたしも商人ですので、損になるような取引はいたしません」


 そうですか? 本当に良いんですね? では遠慮なく。


 リヒトさんと御用商人さんのご厚意で、新鮮で高品質な食料品をたくさん仕入れることができた。特に嬉しかったのが挽き肉。なんと、その場で塊肉を挽き肉に加工してくれたんだよ。

 あと、香辛料の種類が豊富だったのも有り難かった。コリアンダーとクミンとターメリックがあったから、最低限カレーが作れる香辛料が揃ったのだ。この3つにチリパウダーを足せば、アステールさん用の辛口カレーにもなる。久しぶりにカレーライスが食べたい。


 その他諸々買い込んで、ホクホク顔で支払いを済ませると、商人さんが金属製のカードを渡してくれた。『東レヌス商会』とある。


「当商会の上得意様にお渡ししているカードです。レヌス川沿いに支店がございますので、ぜひお立ち寄りください」


 レヌス川は、この後船で下る川である。お礼を言って受け取り、食料品とともにアイテムボックスに仕舞った。


 そんなこんなで思いがけずリヒトさん宅に長居してしまい、出発する頃にはだいぶ日が高くなっていた。重役出勤のリヒトさんと冒険者ギルドに立ち寄って、レインボーダンスフラワー配達クエストの受注受付をしてから船に乗る予定だ。お出迎えの時と同じく、使用人の皆さんがズラリと並んでお見送りしてくれる。


「お世話になりました。これ、良かったら皆さんで使ってください」


 ヘリオスさんがリヒトさんと話しているすきに、オレは執事さんにカゴに入れた石鹸を渡す。ここの浴室に置いてあった石鹸、泡立ちがイマイチだったのだ。カービング石鹸は後でリヒトさんに渡すつもりなので、カゴに入っているのは小さめの、四角とか丸とかのシンプルな石鹸。使用人の皆さんで分けてもらえれば。


「ユー君、それは何だね?」


 リヒトさんに見つかってしまった。


「石鹸です」


「ふむ、僕にはくれないのかね?」


「あー、後でお渡ししようと思ってたんですが」

 

「今欲しい!」


 オレはリヒトさん用のカービング石鹸を取り出した。綺麗にラッピングしたかったんだけど、ちょうど良い入れ物がなかったので、お肉が入ってた箱でごめんなさい。

 

「これは……素晴らしいな! 商会長がまだ居たな、呼んでくれ!」


 お得意様カードをくれた商人さんが呼ばれ、その場で専属契約を結ぶことになり、更に出発が遅れたのだった。


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