報告書【ヘリオス視点】
寝酒に付き合ってくれと、リヒトに連れて来られたのはサロンの隣の隠し部屋だった。壁の一面に特殊な加工がしてあって、サロンの様子を映し出している。拡声器からは、ユウが歌うゆったりとした曲が聞こえていた。歌詞からして子守唄なのだろう。
「良い曲だ」
「ああ」
耳を傾けていたリヒトに、同意する。ユウの歌声は美声とは少し違うが、柔らかくて耳に馴染む。
「あの花は疲れていたのかもしれん。宮廷音楽家の技巧に走った音楽や、肩の凝る格調高い声楽ばかり聞かされてきたようだからな。僕だって、途中で眠ると不興を買うような曲よりも、聴きながらウトウト出来る音楽がいい」
「寝るなよ。話があるんだろう?」
目を閉じてリラックスしているリヒトに釘を刺す。
リヒトは奔放というか、我が道を行く自由人だ。高貴な生まれからくる責務だなんだが性に合わなくて、成人したと同時に継承権を放棄したと聞く。冒険者になってからも王侯貴族との繋がりから耳敏く、その卓越した情報収集能力は、ギルドマスターになった今こそ存分に活かされていることだろう。
「そうそう、お子様達の耳には入れたくない類の話だ」
手渡されたのは分厚い報告書だった。冒頭に、俺達がこの国を拠点にしていた頃、アズに付き纏っていた女の名前がある。
「ここ10年の、付き纏い女に関する調査報告書。面白いから読んでみたまえ」
「この量を、今?」
「迷惑女の転落人生劇場、興味深くないか?」
「別に。俺としては、コイツが二度と俺達に関わってこなければ、それで良い。アズ、読むか?」
俺の隣で鶏の仮面が左右に揺れる。アズもあの女の事など、二度と、思い出したくもないんだろう。
「そうか。ではこれは本にして売りだそう。結末だけ知らせておくとだな。ワガママお姫様は他国の王族に横恋慕して色々やらかして、庇い切れなくなった父親に修道院に入れられた。それでも反省せず何度も脱走して迷惑を撒き散らすものだから、毒杯を与えられて死んだ、めでたしめでたし、だ」
「そうか、あの女死んだのか」
「ああ。だから、またこの国を拠点にするといい。君達のような優秀な冒険者が居てくれれば心強い」
「俺達は優秀とは言い難い、低ランク冒険者だぞ」
「実力はAランク相当だろう。望めばすぐにでも上げてやる」
「断る」
俺とアズの持っている冒険者ギルドランクは、最高でもCランクだ。面倒事が起こるたびに冒険者登録をし直しているので、ランクがリセットされるのが主な原因だが、高ランク冒険者になって注目されるのを避けたいという事情もある。Bランクから上に上がるには、条件を満たす複数名からの推薦と、ランクアップ試験に合格する必要があるため、いかにギルドマスターとて独断でAランクに認定は出来ない。
余計な事はするなと念を押すと、リヒトは苦笑いで了承した。
「そうか。残念だが、断られるのは想定済みだ。君達は厄介事に好かれるからな。だが、自分から厄介事に巻き込まれにいくのは感心しない。あの子達を如何するつもりだ?」
壁にはチェンバロを弾きながら子守唄を歌うユウと、近くのソファで抱き合って眠る、セイちゃんとジェイドが映っている。
「如何するもなにも、あれだけ良い子達だ。ずっと手許に置いて、守り育てていきたい。ジェイドには俺達の養子になって欲しいし、そうなるとセイちゃんも俺達の義娘、ユーも義娘の兄だから家族だな。幸せな家族計画だと思わないか?」
「美しい家族愛だ。気に入った」
リヒトが懐から封書を出す。渡された封筒には封がされておらず、入っていた便箋を広げると、数名の名前らしきものが書き連ねられていた。不思議な響きの名前の横には、髪色や目の色、背丈や体格といった身体的特徴が記されている。そして5名分の人物リストの下、名前のない2名の身体的特徴に当てはまる人物を、俺は知っている。
「僕は聖王国にも目と耳を置いているのだ。それらが拾ってきた最新情報さ」
「リヒト、これを如何するつもりだ」
「如何するもなにも、あれだけ良い子達だ。僕のお気に入りが増えて喜ばしい。それに比べて聖王国は美しくない。どちらの味方をするかなんて、聞くまでもないだろう?」
「俺達の敵に回ることは無いんだな」
「僕は美しいものの味方さ! 僕の美学では、美しき友情のためならば、超法規的措置も許される」
リヒトの顔が、新しい玩具を与えられた子どものように輝いている。リヒトがこの顔をする時は、周囲が振り回されたり走り回らされたり、胃が痛い思いをすることになる。
「あまり派手な事はしないでくれ。俺達は目立ちたくないんだ」
「わかっているとも。誤報が流れたり、問い合わせに対する返答が遅れたり、書類が紛失したりするだけさ。しかもあの国は今、聖女候補の一人が出奔して、そちらの捜索で手一杯だ」
「出奔だと?」
「ああ、報告書の最後を読んでみろ」
便箋をめくって最後の数行を読むと、3人いた聖女候補の一人が行方不明とある。行方が分からなくなった日時には今日の日付。隣国の情報が即日届くとは、リヒトの情報網は如何なっているんだ?
「この情報、正しいのか?」
「間違いない」
「そうか。ありがとう、助かる」
リヒトは笑みを浮かべ、ボトルに残っていた蜂蜜酒を全て、自分のグラスに注いだ。一気にあおってグラスを空にして、わざとらしくボトルを振りながら言う。
「ちょうど酒が無くなったな。今夜はお開きだ、部屋に戻りたまえ。夫婦の時間を邪魔した詫びとして、部屋には色々と趣向を凝らしたから楽しむといい」
「おい、何をした」
「それは部屋に戻ってからのお楽しみだ」
美しく笑うリヒトが悪魔にも天使にも見えた。




