レイちゃん
リヒトさんのご自宅も、結構なお屋敷だった。街なかにあるのに敷地面積が広い広ーい。馬車で連れて来られたのだけど、門から建物までまだ距離があるというね。何故かロキ達馬4頭が先に到着していて、庭──というより森──で草を喰んでいるし。
本邸では使用人さん達が、ズラリと両側に並んで出迎えてくれた。セバスとか呼ばれてそうな執事さんが進み出て、案内されたのはサロンとでもいうのか、いい感じにソファやオットマン、スツールなんかが配置されたお部屋。壁際にピアノに似た楽器が置いてある。
「我が家には生憎チェンバロしかなくてね。これで妥協してくれたまえ」
なんてリヒトさんが言うけど、弾けって意味だろうか。こんな立派な楽器をオレに触らせて良いの? 細かい彫刻が施されて、明らかに高級品なんですが。バイオリンを習い始めたばかりの子どもに、ストラディバリウス持たせるようなものですよ?
戸惑うオレに構わず、ヘリオスさんがチェンバロの傍にプランターを置いてしまった。ううう、スパルタ止めて。
「あの、ちょっと今手汗が酷くて、この手でこんな高そうな楽器に触るのは」
「ああ、気にすることは無い。インテリア用のチェンバロだ、壊れてもいい!」
「壊しませんって」
「ならば問題ない!」
残念無念、逃げられない……しょうがない、セイちゃんごめん、巻き込むよ!
オレはセイナの手を引いてチェンバロの近くに立たせ、演奏用の椅子に座った。たしかチェンバロって、音を出す仕組みは違うけど、基本的な演奏方法はピアノと同じだったはず。
「セイちゃん、一緒に歌ってね」
「うん!」
そこからオレは、ピアノで練習した曲を次々と演奏していった。オレが弾ける曲はほぼ童謡なので、セイナも楽しげに歌ってくれる。『チューリップを称える歌』に始まり『ネコを踏んじゃってごめんなさい』、『迷子の子猫ちゃんと犬』、『メリーさんと執事くん』、『小さな栗の木の上で』を歌う頃にはセイナもノリノリで、振り付けまでやってくれた。カワユス。
そしてオレの思惑通り、セイナのカワユイ歌声に惹かれ、レインボーダンスフラワーがソワソワしている。顔は無いんだけど、チラッ、チラッとこっちの様子を窺って、気にしているのが丸分かり。プランターの土がポコッ、ポコッとリズミカルに飛んでいくので、こっそり根っこでリズムを取っているのかも。綺麗な部屋を土で汚して申し訳ありません、後で掃除しておきますので。
程無くしてオレのレパートリーが尽きた。オレは椅子から立ち上がると、セイナと並んで観客の皆さんに一礼。微笑ましげに見守ってくれていた皆さんは、一斉に拍手をしてくれた。その中に密かに、人間の手がたてる音とは別の音が混じっている。
「お花さん、元気になった?」
セイナが言うと、レインボーダンスフラワーは拍手していた葉っぱをピタリと止めて、隠すように背後に回した。胴体部分は細い茎なので、全く隠れてないけどね。自分でも気がついたようで、今度は葉っぱで蕾を覆って、恥ずかしそうに俯いている。
その姿が、セイナには嫌がっているように見えたらしい。
「お花さん……セイのお歌、キライだった?」
しょんぼりするセイナに、レインボーダンスフラワーがアワアワと狼狽えている。
「セイちゃん、お花さんはお歌好きだって」
「そうです、この花、さっき拍手してたじゃないですか。楽しかったですよね? ね?」
ジェイド、笑顔でレインボーダンスフラワーに圧をかけない。爪を引っ込めなさい。
「ほんと? お花さん、楽しかった?」
蕾を上下に動かすレインボーダンスフラワー。ニパッと明るく笑うセイナ。
「じゃあ、お花さんも一緒に歌おう!」
「いやセイちゃん、お花さんはお口が無いから、歌うのは無理だと思うよ?」
「えー、でもセイ、お花さんも一緒がいい」
「うーん……なら、手遊び歌で一緒に遊ぶのは?」
「うん、そうする!」
そこからは、思いつく限りの手遊び歌を披露していった。最初は『アルプス一番ジャック』にしたんだけど、あれ、2人1組でやる遊びだから、セイナがレインボーダンスフラワーに教えているとジェイドが拗ねちゃって。おまけにセイナがレインボーダンスフラワーを『レイちゃん』なんて呼びだしたもんだから、ジェイドのヤキモチ指数が爆上がり。でも楽しそうなセイナの邪魔をできなくて、プックリ頬を膨らませてむくれるジェイドが不憫可愛かった。
なんとかジェイドを宥めてからは『ランチボックスの歌』みたいな1人ずつで出来る手遊び歌を中心に、遊んでいった。オレが知らない歌をセイナが教えてくれたりもして。童心に戻って子ども達と遊ぶのは楽しくて、当初の目的なんて、すっかり忘れていたね。ついでに時間が経つのも忘れていて、執事さんがそろそろ夕食をと呼びに来てくれるまで遊び倒してしまった。
「君達の音楽は、ずいぶんと気に入られたようだね。これほど美しくなるとは」
リヒトさんの言うとおり、レインボーダンスフラワーは色鮮やかに瑞々しくなっていた。半日前まで萎れていたのが嘘のよう。この調子なら、初の依頼を無事に完遂できそうだ。




