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チューリップのそっくりさん

 レインボーダンスフラワーは、一見普通の花だった。見た目はほぼチューリップで、違いは蕾が虹色で高さが1メートル程と大きめなくらい。オレ達が近付いても襲って来ることも踊り出すこともなく、大人しくプランターに植わっている。というよりも蕾がクッタリと項垂れていて、元気が無さそうだった。


「萎れてるな」


 間近で検分していたヘリオスさんが呟く。1歩下がって見ていたオレは、危険が無さそうなので手を延ばし、プランターの土に触ってみた。程良く湿っているので、水が足りない訳ではないようだ。


「ずっとこの様子なのだ。有名な声楽家のアリアを聞かせたというのに、何が気に入らないのか」


 悩ましげに言うのは依頼主さん、身なりの良い紳士だ。リヒトさんに連れられて来たこのお屋敷も高級住宅街にあり、気軽に有名声楽家なんぞを呼べることからも、お金持ちだと推察される。趣味で珍しい植物を蒐集しているそうで、冒険者に依頼を出すことも多く、冒険者ギルドのお得意様なのだとか。そんな人物なので冒険者を見慣れていて、全員が仮面姿のオレ達にも驚くことなく応対してくれた。


 また、依頼主さんは植物の品種改良にも熱心で、レインボーダンスフラワーはその分野で功績を上げた褒章として、王族から下賜されたものらしい。せっかく賜ったレインボーダンスフラワーが花も咲かせず枯れかけているため、魔法植物研究所に原因究明をお願いしているという。


 レインボーダンスフラワーの育成には、水や日光、養分などの植物の成長に必要なものにプラスして、音楽が必須なのだとか。地球でも野菜にクラシック音楽や、お花にロックンロールを聞かせて成長促進なんてのがあったからね。音楽が好き過ぎて音楽がないと生きていけない植物も、へーそうなんだと受け入れられた。

 だけどプロのアリアを聞かせてこの状態だとしたら、オレみたいな素人の出る幕じゃないと思うんだけど。下手なの聞かされた怒りを成長エネルギーに変換! なんて事態を狙っているんだろうか。


「研究所まで届けてさえもらえれば、後は専門家が何とかしてくれる。配達中に枯れさえしなければ良い」


 あ、これ言葉は悪いけど厄介払いか。やんごとなき御方から賜った植物を自分のところで枯らせたくなくて、研究所に丸投げして責任を擦りつけるつもりか。もしかしなくても、配達中に枯れたらオレ達が責任を負わされるのか。

 お断りしたいなーとの気持ちを込めて、ヘリオスさんと顔を見合わせる。ヘリオスさんも同じ気持ちらしく、頷き合うオレ達。そこに可愛らしい歌声が響いた。


「咲ーくーよ♩ チューリップーのお花ー♫」


 セイナが『チューリップを称える歌』を歌い出すと、レインボーダンスフラワーがピクリと身じろぎし、蕾が僅かに頭をもたげ。


「おおなんと素晴らしい、レインボーダンスフラワーが反応している、さすがはリヒト君が推薦する冒険者だけはある! 君達が依頼を引き受けてくれて良かった!」


 速攻で逃げ道を塞がれた。顔を見合わせたまま、オレとヘリオスさんは同時に嘆息する。

 いやセイナは悪くない、こんなチューリップのそっくりさんがあったら、あの歌を歌いたくなるのは仕方ない。プロの歌唱よりも幼児の歌声に反応する花が悪いのだ。まさかこのレインボーダンスフラワー、子ども好きレベルがマイナス成長しているんじゃないだろうな。もしくはセイナの『チューリップを称える歌』に、植物の成長促進効果があったり……いや光らなかったから、その可能性は低いか。


「後のことは君達に託す。リヒト君、細かい打ち合わせは任せるよ、いやー良かった良かった、ハッハッハ!」


 有無を言わさぬ強引さを言葉の端に滲ませて、依頼主さんは上機嫌で去っていった。取り残されたオレ達とレインボーダンスフラワー。この花、更に打ちひしがれたように見えるのは気のせいだろうか。寂しげというか悲しげというか、切ない。


「お花さん、元気ないね」


 セイナが蕾をよしよしと撫でると、若干持ち直したレインボーダンスフラワー。これ本当に意思があるみたいだ。だとすると、持ち主に捨てられるのは辛いよね。ペット……とはちょっと違うけど、生き物は最後まで責任持って世話しなきゃ。


 なし崩し的に依頼を押し付けられたオレ達だったが、全員が可哀想なレインボーダンスフラワーに同情したようだった。オレがひとりひとり見回しても、反対の声は上がらない。オレに音楽の才能なんてないけど、でも、研究所まで無事に届けてやるからな!

 オレがプランターを抱え上げようとすると、ヘリオスさんが手で制し、片手でヒョイと持ち上げた。そして、後ろで腕組みしてオレ達を眺めていたリヒトさんに言う。


「詳しい説明を頼む」

 

「君達なら、引き受けてくれると信じてたよ!」


 腕組みを解き、リヒトさんが美しい顔を輝かせる。仕切り直しにパンッと手を叩くと、右手を胸に、左手を進行方向へと延ばし、軽く膝を折った。


「それでは皆様、我が家にご招待いたします。どうぞ此方へ」


 芝居がかった口調で述べた後、パチンとウインクしたリヒトさん。格好良い人が格好良いことをすると、当然のごとく、おそろしく様になっていた。


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