ネコを踏んじゃってごめんなさい
セイナ達も加わり、ギルドマスターの部屋へと移動する事になった。移動中もヘリオスさんとギルドマスターさんの若干噛み合わない会話は続き、オレはギルドマスターさんの名前がリヒトで、元Aランク冒険者で、怪我で引退したのを機にギルドマスターに就任した事を知った。
招かれた3階のギルドマスターの部屋は、冒険者ギルドにしては洒落ているというか、品が良いというか、機能的なのに趣味がいい。勧められるままに革張りのソファに座ると、すぐに執事然とした男性がワゴンを押して入室してきて、テーブルに茶菓子をセットし、静かに退出していった。貴族のお屋敷か何かかな?
「さあ皆、楽にしてくれ。この部屋は盗聴覗き見防止魔術が施されているから、何を言おうと外部に漏れることはない。付き纏い女の悪口も言いたい放題だ!」
そう言われましても。オレ達が無言を貫いていると、ヘリオスさんが仮面を外して言う。
「ユー、コイツは変わり者だが信頼できる。俺達が死を偽装した時の協力者だ」
「ヘリオが死んでもう10年か! その子達は君とアステルの子か?」
「いや違う」
「ならば僕が貰い受けよう!」
「あげませんよ!?」
思わず口を挟んでしまったオレ。リヒトさんがこちらを向いて、ニコリと笑う。今のはわざとか。オレは狐の仮面をとり、左右に密着するセイナとジェイドの仮面も外してやった。
「はじめまして。新人冒険者のユーです。妹のセイちゃんとウチの子のジェイドは、誰にも渡しません」
両手でギュッと抱き締めると、2人もオレに抱きついてくれる。リヒトさんはそんなオレ達を見て笑みを深め、奥の執務机から1枚の紙を取ってくると、ペラリとオレに差し出した。
「君もなかなか美しいな! 美しいものは好ましい、これを受け取りたまえ!」
受け取った紙は依頼書だった。なになに? 植物を配達する依頼で、配達先はタニカルの町の魔法植物研究所。知らんな。報酬は小金貨3枚、交通費別途支給。備考に『なにかしら音楽の技能がある人求む』とある。
「これ、どう思います?」
オレは向かいのソファのヘリオスさん達に依頼書を渡した。
「そうだな……タニカルは下流の町だから、移動のついでに受ける依頼としてはピッタリだ。交通費が出るのも良い。全額支給か?」
リヒトさんが頷く。
「依頼主は僕の知人だ。指定する船に乗るのが条件だ」
「船か。馬が4頭いるんだが、一緒に乗れるか?」
「そこは要確認だな」
「ふむ。船ならタニカルまで2日、報酬は妥当かな。だがこの備考欄はなんだ? ギルマス案件な事といい、簡単なお遣いに見せかけた面倒な依頼じゃないだろうな」
ヘリオスさんがリヒトさんに胡乱な目を向ける。リヒトさんは、心外な、とでも言いたげな顔で否定した。
「僕が美学に反することをするとでも? 荷物が『レインボーダンスフラワー』ってだけさ!」
「あー……あれか」
ヘリオスさんが渋い顔になる。やっぱり面倒な依頼なのだろうか。虹色の踊る花なんて、名前だけみれば平和そうだけど、虹色の毒ガスを撒き散らす花だとか、花ではなく小麦粉のほうのフラワーで虹色に舞い踊って爆発するとかなのかな。粉塵爆発は危ないからお断りしたいな。
「あのー、危険があるようならお断りしたいんですけど」
「いや、危なくはない。問題はそこじゃなくて、俺もアズも音楽はからっきしってとこなんだ。ユー、歌が得意だとか、何か楽器の演奏が出来るとかがあるか?」
実はオレ、少しだけピアノが弾ける。将来は保育士か幼稚園教員になりたかったので、玩具のピアノを使って独学で練習していたのだ。保育士の実技試験でも必要だったし。音楽・造形・言語の3つから2つを選んで受験するんだけど、造形は絵を描く試験で、オレの絵の才能は壊滅的なので。半笑いで『画伯』とか呼ばれるんだよね……。
だけど、お絵描きよりはましとはいえ、ピアノの腕前も自慢出来るほどでは無い。得意な曲は『ネコを踏んじゃってごめんなさい』、頑張って『エリーゼさんのための』の冒頭部分が弾けるレベル。『エリーゼさんのための』、冒頭は右手の動きと左手の動きが交互で、両手が同時に動く部分が少ないから弾きやすいのだ。曲調が変わってからは難しいから無理。
その程度で「オレピアノ弾けますよ」なんて言えない。依頼内容に関係ありそうだし、吟遊詩人とかのプロな人に頼んだほうが良いんじゃないでしょうか。え、音楽戦隊ハーメルン? 何それ聞いたこともないですね。
楽器なんて出来ないと、すっとぼけようとしたオレ。しかし、オレがあれこれと考えて返事が遅れたために、素直で正直なセイナが代わりにお返事してしまったのだ。
「お兄ちゃんはね、ピアノが弾けるんだよ!」
「そうなのか?」
「あっ、セイちゃん待っ」
「うん! 『ネコを踏んじゃってごめんなさい』がね、すっごーく速く弾けるの!」
高速『ネコを踏んじゃってごめんなさい』を極めようとしたばっかりに……!
「あのオレ、弾けるけど下手なんで」
「ありがとう! さっそく依頼主に紹介しよう!」
「いやあの、受注するなんて言ってない」
「君ならきっとレインボーダンスフラワーにも気に入られるとも!」
えっ、レインボーなお花は自我があるタイプの植物なのか? 配達先が魔法植物研究所だっけ、マンドラゴラとか人面樹とかが思い浮かぶんだけど、そんなのに気に入られろと?
「すみませんオレ冒険者になりたてなんで、もっと簡単な依頼から」
「ヘリオースは音痴だからな、セイレーンにぶつけたいのさ。なにしろゴーダーケーシといい勝負なのだ!」
リヒトさんがまるで話を聞いてくれない。ヘリオスさん助けて。
オレはアイコンタクトで助けを求めたが、ヘリオスさんは諦め顔で、肩を竦めた。
「ユー、リヒトは言いだしたら聞かないから、ひとまず依頼主に会うだけ会ってみよう。向こうから断ってくれるかもしれないしな」
補足
ヘリオス&アステール……本名
ヘリオース&アステル……現在使っている偽名
ヘリオ……死んだことになっている偽名




