サウスモアへようこそ
「この丘を越えたら、サウスモアの首都が見えてきますよ」
先行、偵察に出ていたアステールさんが戻って来て告げた。ロキを叱咤しながら丘を登り切ると、眼下に城塞都市が姿を現した。ここから見ても、かなりの規模であることが窺える。壁の奥の街並みは見えないが、首都の南側を流れる川面のきらめきと、運航している船舶の影は捉えられた。
サウスモアは東西に細長い国で、同じく東西に国土を横断する大河が流通の要となっているらしい。この川を西へと下れば、幾つかの小国を経て、交易国家サフィリアへと至る。オレ達が目指す国だ。
「さてと。皆、注意事項は頭に入っているな?」
ヘリオスさんの問い掛けに、ハーイと手を挙げる良い子達。オレも含む。
「よし、はぐれないように付いて来いよ」
此処からは、会話は全てヘリオスさんに任せ、オレ達は無言で通すことになっている。世間知らずがウッカリ余計な事を喋らないようにだ。セイナがつけた猫仮面から覗く、キュッと引き結んだ口元が可愛い。気がついたヘリオスさんが、セイナのマフラーを直して口元を隠してくれた。
オレは馬の仮面を狐の仮面に変えている。猫と犬と鶏と狐が出てくる物語なんて、無かったよな? 変身スキルはオレの中では無かったことになっているけど、何かがカチリとはまって無詠唱で発動したりしないよな?
丘を下り、首都を囲む壁に近づくにつれ、その大きさに圧倒される。高さは10階建てのビルくらい、幅は端が見えないくらい。視界一面が壁というのは圧迫感が凄い。これ倒れてきたらひとたまりもないな。
ホヘーッと壁を見上げているうちに、壁に設置された門に辿り着いた。
「サウスモアへようこそ。身分証は持っているか?」
門を守る兵士が、先頭のヘリオスさんに声を掛ける。全員仮面で顔を隠した怪しい集団なのに、門兵さんが笑顔なのは、ヘリオスさんがセイナを抱えているからだろう。相手が子ども連れだと、警戒心が弛むよね。
「ご苦労様です。冒険者ギルドカードで良いでしょうか」
ヘリオスさんが提示したカードには、冒険者ランクを示す『E』と、『ヘリオース』という名前。本名とほとんど変わらない偽名に不安を覚えたオレを笑い飛ばし、ヘリオスさんが教えてくれた名前にまつわる話が以下の通り。
「『ヘリオス』ってのは、俺の故郷の古い言葉で『太陽』って意味なんだ。国が太陽神を祀っているから、『ヘリオス』や『ヘリオース』や『ヘリオ』や『ヘーリオス』なんて名前がゴロゴロ居てな。少し変えただけでも別人だと判断されるから心配するな。ちなみに『アステール』は『星』って意味で、こっちも似たような名前がゴロゴロしてる」
これを聞いたオレは世界史の授業を思い出した。同じ名前がゴロゴロ出てきて、このシャルルさんはどのシャルルさん? 貴方はどちらのルイさんですかね? と、毎回こんがらがったものだ。
さて、門兵さんには特に怪しまれることも無く、オレ達は無事に門を通過した。次に向かうのは冒険者ギルド。馬の預かり所も併設されていて、先にロキ達を預けてから窓口へ足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。新規のご登録ですね」
登録窓口担当は、若い男性だった。冒険者ギルドの受付って女性のイメージだったけど違った。別に残念だなんて思っていない……。
「こいつの冒険者登録を頼む」
門では丁寧な言葉遣いだったヘリオスさん、ここではいつもの口調で喋りつつ、オレの肩に手を置いた。
「名前はユー、16歳だ」
登録に必要な最低限の情報を伝え、書類には手を付けないヘリオスさん。字が書けないと判断したのか、職員さんが書類を記入してくれる。氏名欄には『ユウ』ではなく『ユー』と書き込まれた。
これもヘリオスさん達と相談して決めたことで、オレの耳では『ユウ』も『ユー』も同じに聞こえるのに、ヘリオスさん達は、まるきり違う発音だと言っていた。きっと、オレが英語の『L』と『R』の聞き分けが出来ないのと同じ理屈なのだろう。
「では、こちらに血を1滴お願いします」
冒険者ギルドカードも血液を登録に使うのは、聞き取り済み。このためにアステールさんにはセイナとジェイドを連れて、離れてもらっていたからね。プスリと指先に針を……刺すのが怖いので、自分の包丁を出して指先を切った。注射が怖いお子様じゃないぞ、病原菌が怖いのだ。職員さんが渡してくれた針、消毒してあるかも怪しいので。商業ギルドでは目の前で消毒してくれたんだけど、冒険者は何事も自己責任なんだろう。
ポタポタとカードに血が落ちて光り、登録は終了。出来たてほやほやの冒険者ギルドカードには『G』と『ユー』の文字のみが刻まれている。オレも今日から冒険者! あまり嬉しくないなー……。
ともあれ冒険者登録も無事終了。さあ市場へ繰り出そうと、カウンターから離れた時だった。
「おお、ヘリオースではないか。久しいな、何年ぶりだ?」
背後からの声と共に、ガシリと肩を掴まれた。何故オレ。仮面で顔は隠れていても、体格がまるで違うのに、何故オレを捕まえた。
ヘリオスさんは無視して立ち去ろうとしていたが、オレがついて来ないので振り返った。オレの背後の人物に気付いたヘリオスさんは、仮面越しにもわかる程に瞠目した。
「なんで君が居るんだ」
「ギルドマスターと呼びたまえ」
「ギルマスだって? おいおい、ここのギルドは大丈夫なのか?」
「ハッハッハッ、ヘリオースは変わらず美しいな!」
微妙に噛み合わない会話のすきに、肩の手から逃れたオレが振り向くと。これぞエルフの見本のような、金髪長髪の美形が立っていた。




