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こっそりね

 困った事に、オレ達は猫獣人の男の子からロックオンされてしまったようだ。セイナから溢れ出る猫好きの波動を感じ取ったのか、こちらを凝視する目は段ボール箱に入った捨て猫のそれだ。拾ってくれそうな人に全力で訴えかける、猫好きには到底無視出来ない視線。もちろんセイナに対しても、効果は抜群だ。


「お兄ちゃん、セイ、ネコさんと仲良くしたい。お話してきて良い?」


「駄目」


「なんで? セイ、ネコさん好きなの。お兄ちゃんもネコさん好きだよね? 仲良くしたいよね?」


 オレもセイナ程じゃないけど猫は好きだ。だから気持ちはわかる、わかるけど。

 ご近所の野良猫を構うのとは違うんだよ。

 でも、その辺りをセイナに説明するのは難しい。家でも保育園でも『みんな仲良く』『生き物には優しく』って教えられてるし、綺麗事も大切だけど。世の中綺麗事だけじゃ渡っていけないし、それが異世界ともなると尚更だ。どうすっかなー……。


「ねえ、お兄ちゃん、ネコさんやせてるね、ごはん食べてないのかな。お腹空いてるのかわいそう。ネコさんにセイのクッキーあげて良い?」


「あれチョコレート付いてたよね。チョコは猫には毒だから他のに、いや、野良猫に餌あげちゃいけないから」


「ネコさんは猫だけど、人間だからノラネコさんじゃないよ」


「そうだけど、うーん……」


 確かにあの子、痩せてるどころかガリガリなんだよ。手足がほっそいし、頬もこけてる。遠目にも栄養が足りてない。ごはん食べさせなきゃって思っちゃう見た目。

 だけど栄養失調の子にいきなり栄養価の高い物を食べさせちゃダメだったはず。胃に優しいお粥とかがいいんだけど、屋台では見掛けなかったから、ちょっと戻ったところで売ってたスープなら大丈夫かな。パンも柔らかいのなら……肉とかは止めといたほうがいいかな……。


 いかん、何を食べさせるか考えてる時点でもう絆されてる。無意識に足が回れ右してスープの屋台に向かってるし。セイナが『お願い』って上目遣いで見詰めてくるし。お兄ちゃんは妹のこの顔に弱いんだよ。ううっ、追撃やめて。


「お姐さん、スープ、2……いや、3人前で」


「あいよ。お椀とスプーンは返却と購入、どっちにするかい?」


「購入でお願いします」


 旅の途中で食器も必要だからね、お椀とスプーンを買ったのであって、スープはおまけだからねって、オレは誰に言い訳してるんだろう。


 料金を支払い、スープ椀を受け取る。オレが両手にひとつずつ、セイナが自分のぶんを両手で持って、座れそうな場所を探す。歩いているうちに市場の端まで来て、その先に乗り合い馬車の停留場が見えた。馬車の発着を待つ人のためにか、ベンチがぽつぽつと並んでいる。


 オレはゆったり座ってスープを食べる場所を探してますよーという顔をして、周囲をぐるり。いた、生け垣の陰に猫耳がピョッコリのぞいている。その猫耳に届くよう、ひと芝居打つ。


「あ、あー、3人前は多かったかなー、棄てるのはもったいないし、余ったら食べてくれる人、誰か居ないかなー」


 我ながら棒読み。酷い大根役者も居たもんだ。

 生け垣の陰から、獣人の男の子が姿を見せた。といっても周囲の目を気にしてか、生け垣に隠れるようにしゃがみ込んでいる。

 オレも周囲を憚って声を落とし、続けた。


「えーっと、ネコさん、ネコ君? 聞こえてたら右手を挙げて」


 シュバッ! 見えない速さでネコ君の右手が挙がる。その挙げた手の形といい、座り方といい、招き猫だ、招き猫がいるよ!

 セイナがきゃあきゃあと嬉しげにはしゃぐので、シイーッと落ち着くよう促す。


「セイちゃん、目立っちゃ駄目だから。静かにね」


「うん! わかった!」


「だから静かに。あのね、ホントは野良猫に餌あげちゃ駄目なんだよ。だけどお腹空いてるのは可哀想だからね、こっそりね」


 目を見て真剣な口調で話せば、セイナはきちんと理解してくれる。ウチの妹は可愛いうえに賢いのだ。口を閉じ、真面目な顔で頷くセイナににっこりしてから、オレは視界の端のネコ君に向けて話す。


「オレ達は厄介事に関わってる余裕はないんだ。だけど空腹が辛いのは知ってるから、今回だけ、一度だけご飯を分ける。それ以上キミに関わる気は無い。それでも良ければ左手を挙げて」


 迷うようにゆっくりと、ネコ君の左手が挙がる。右手も挙げっぱなしだから、バンザイの格好だ。くっ……可愛いじゃないか……セイナには負けるけどな……。


「よし、じゃあ、こっそりついて来て。他の人に気付かれないように」


 停留場の外れ、人や荷が少ない辺りのベンチへと移動する。ベンチは直方体の石を置いてあるだけの簡素なもので、でも座ったオレの足が地面に着かないくらいに高さがあった。決してオレの足が短い訳ではない、たぶん、きっと。

 石のベンチでこの高さなので、車止めの役割も兼ねているのだろう。身を隠すのにも役立つ。


 セイナがベンチによじ登るのを手伝っているうちに、ネコ君は素早くベンチの裏側へと滑り込んできた。そして座面に置いていたスープ椀を掻っ攫うでもなく、身体を縮めて隠れ潜んでいる。賢い子だな。思わず頭を撫でそうになって、いかんいかんと自制する。


 オレはセイナを座らせ自分も座ってから、後ろに手を回してスープ椀を差し出した。そっと慎重に、お椀の重みがなくなる。


「ゆっくりな、急いで食べなくていいから」

 

 セイナに言うていで、背中越しに声を掛ける。背後からはスープを啜る音と共に鼻を啜る音が聞こえてきた。

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