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馬耳東風

 新たに仲間になった馬達の名前は、トール、ロキ、フレイ、フレイヤ。北欧神話からの命名で、オレが名付け親だ。といってもフレイとフレイヤは、元々イチさんがそう呼んでいたのを思い出しただけで、オレが名付けたのはトールとロキだけなんだけど。

 フレイとフレイヤは、神話と同じく兄妹らしい。フレイが兄でフレイヤが妹だ。魔馬とのハーフの子には、前脚の付け根に稲妻みたいな傷痕があったので、迷わず雷神トールと決めた。最後の1頭は迷ったが、トールと仲良しなのと悪戯好きっぽいので、北欧神話のトリックスターなロキとした。


 オレはロキに乗ることになったんだけど……この子、オレが乗馬初心者なのをいい事に、やりたい放題なんだよ。まるっきり言う事聞きやしない。仲間になる前の殊勝な様子は、完全に猫被りだった。オレは猫好きだから、ずっと猫に擬態してくれてたら良かったのに。正体を現した今は、道草を食って動こうとしない。


「ロキ、皆待ってるから動いて」


 オレがお願いしても馬耳東風。馬の耳に念仏とはいっても、さっきはオレの喋ってる事、理解してたよな?


「ユウ、焦らずゆっくり行けばいいさ。乗馬は初めてなんだろ?」


 オレに乗馬の基礎を教えてくれたヘリオスさんは、セイナを両腕の間に、トールを乗りこなしている。野生馬だったトールとロキには鞍も(あぶみ)も、手綱さえないけれど、背筋をピンと伸ばして堂々たる騎乗ぶりだ。

 翻ってオレは、さすがに完全なる裸馬に乗るのは無謀なので、ロープで手綱だけは作ってもらった。だけどロキの背中に跨るところからして自力では出来ず、アステールさんの風魔法で浮かせてもらってやっと、という始末。自分の運動神経の無さ舐めてたわー。


 ちなみにオレと同じく乗馬初体験のジェイドはというと、既に常歩(なみあし)は完璧、速歩(はやあし)もほぼ完璧という上達ぶりだ。だけど本人としてはまだまだらしく、早く乗馬をマスターしてセイナと二人乗りをと焦っている。


「ジェイドも安全第一だから、ゆっくり確実にな。気が急くと、馬にも伝わるぞ」


「はい、ヘリオス先生」


 ジェイドは武術を習いだしてから、ヘリオスさんのことを先生と呼ぶようになった。良い師弟関係が築けているようで、セイナと密着しているヘリオスさんに、表面上は嫉妬している様子も見られない。オレは師匠なんて呼ばれていても、ジェイドに何も教えてやれてないのに。ちょっと凹む。


「ユウ、背中が丸まってるぞ、背筋を伸ばせ」


「あっ、はい!」


 満腹になったのか、やっと歩き出したロキの背で揺られながら、オレは教えてもらったばかりの「正しい姿勢」を必死でキープした。


 さて、乗馬ド素人のオレのせいで、進行速度が大幅ダウンしたものの、それ以外は極めて順調に南下している。オレ達を召喚した聖王国と、隣国サウスモアの国境まであと僅かだ。国境を越えてしまえば、サウスモアの首都までは馬で1日。なおロキの寄り道は考慮しない事とする。


「ユウ、今良いか? サウスモアに入ってからの打ち合わせをしたいんだが」


 夕食後、お茶を飲みながらまったりしていると、ヘリオスさんに声を掛けられた。アステールさんも一緒で、2人共お酒の瓶を手にしている。オレはおつまみになりそうなナッツとレーズンを皿に盛った。


「大丈夫ですけど、オレの冒険者登録と食料の買い出ししたら、さっさと移動するんですよね」


「そうなんだけどな。俺達は昔サウスモアを拠点にしていた事があるんで、知り合いに会うと不味いかなと」


「10年近く経っているので、もう大丈夫だとは思うのですが。1人、面倒な知人がいたので」


 10年経っても警戒しなきゃいけないような知人がいるのに、サウスモアに入国して大丈夫なんだろうか。


「知人っつーか、一方的にアステールを気に入って、自分の専属護衛になれって執拗く勧誘してきた女だ。断ったら強硬手段に出てきたんで、死んだふりして逃げたんだ」


 うわー、そこまでしなきゃ逃げられないなんて、どんだけ執着されてたんだ。無事でなにより。


「それ、実は生きてたって知られたら、どんな手を使ってでも捕まえに来そうですね」


「そうなんだよ。だから絶対に、戻ったと知られたくない。そこで、だ」


 ヘリオスさんが目線で促すと、アステールさんが鞄から次々と何かを取り出した。敷物の上に並べられたのは、幾つもの仮面。犬、猫、猿、狐、馬、山羊、獅子、猪、鶏……と、獣の面ばかりだ。


「アステールだけじゃなく、全員で仮面をつけたい。北方に、一生仮面をつけて過ごす『森の民』って呼ばれる少数民族がいてな、そいつ等を装いたいんだ。セイちゃんには窮屈かもしれないが、協力してくれないか?」


「もちろん良いですよ。オレ達も顔を隠したいですし」


「セイはネコさんのがいい!」


「ボクはセイちゃんとお揃いが良いですけど……猫はもういませんか?」


 セイナは素早く白猫の仮面を確保して、自分の顔に当てている。ジェイドは猫が1匹しかいないと聞いて、獅子の面を猫に作り変えてもいいか尋ねている。子ども達が前のめりに乗り気なので、そのまま仮装大会に突入した。


 オレは馬の仮面を選んだ。これを付けたらロキと仲良くなれないかなと期待して。馬が馬に乗るというシュールな絵面になろうが、ロキが進んでくれるなら喜んで笑われよう。

 ヘリオスさんは無難な犬を選び、アステールさんは鶏を選ぶ。ブレーメンの音楽隊? いやあれは馬ではなくロバだったかな。


 他にも、オレの青髪のウイッグをヘリオスさんが使って目立つ赤髪を隠したり、アステールさん提供の派手な布で即席マントを作ったり、指編みしたマフラーをぐるぐる巻いてジェイドの猫耳を隠したり。色々とやってみた結果、出来上がったのはどう見ても色物集団。


「これだけ奇妙な集団なら、まともな人は近付こうとしないでしょうね」


 遠巻きにヒソヒソされる未来が確定したのだった。

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