みんな甘いの好きだよね
セイナとアステールさんによる魔法ブーストの効果時間は、体感で30分くらい。先にアステールさんの風魔法が解けて、しばらくしてからセイナの『ガンバレー』が解ける。それを朝晩の2回。移動時間は短いが、ここ数日でかなりの距離が稼げた。
昼はヘリオスさんとアステールさんの体を休めながら、昼食と、ジェイドの訓練時間だ。その間オレは料理をしたり、売り物を作ったりする。大人が複数人いると、交代で子ども達の面倒が見られてとても助かる。やはりオレ一人でセイナとジェイドを守りつつ、異世界を旅するには限度があったのだ。倒れる前に頼れる大人に出会えて幸運だった。
今日は昼食のあと、セイナがお昼寝しているうちにソープカービング中である。串焼き肉を食べた後の串でチマチマ削っているが、大変なのでカービングナイフが欲しい。アステールさんが、キャンドルカービングなら存在すると教えてくれたので、道具は調達できそうだ。教会の大規模な祭典では彫刻された蝋燭を使うそうなので、蝋燭を買って彫っても売り物になりそう。
「教会には近寄らないほうが良いと思いますよ。聖者だと知られたら、保護という名の囲い込みにあいます」
うん、欲張らずに石鹸だけ彫っていよう。石鹸は元手がタダだしな。
「アステールさんは、教会に保護されていたんですか?」
「はい、子どもの時に。ですが美しい子どもが好きな貴族に身請けされそうになり、逃亡しました」
オレの『子ども好き』スキルがレベルアップしたら、子ども好きレベルがマイナスな輩に天誅ッ! とか出来るようにならないかな。
シブい顔になったオレに、アステールさんがクスクス笑う。この人、存在が光魔法だよね。常にキラキラしてるもんね。
「そんな顔をしなくても。ヘリオスが逃してくれて、今は楽しく暮らしていますから」
「良かったです。ちなみにオレがヘリオスさんに抱えられて移動するのは楽しいですか。不愉快じゃないですか」
「そんな事を気にしていたのですか。必要なことですから、構いませんよ」
構いません、か。本心では嫌でも、現状他の移動手段は徒歩しかないからな。嫌とは言えないよな。オレだってカップルの間に挟まるなんて悪趣味、続けたくない。セイナとジェイドの間には、積極的に挟まっていくけどな!
「アステールさんの魅了の声って、動物には効かないんですか? 風魔法で声を拡散したら、野生の馬とか寄って来ないですかね」
「面白い事を考えますね。ですが残念ながら、私の声にそれ程の効果はありません。動物に好かれるというなら、聖女様のほうが可能性があるのでは?」
おお、確かに聖女って可愛い動物にモフモフ埋もれてるイメージがあるな。ウチのニャンコも寄って来たし。
「馬は甘い物も好物ですから、甘味の匂いでも効果があるかもしれませんよ」
そういえば、馬ってリンゴとか角砂糖とかが好きだと聞いた事がある。セイナと焼きリンゴを作る約束が保留になっていたし、夕食用に作ろうかな。
ということで、午後の移動のあとにスキレットで焼きリンゴ作りだ。リンゴ丸ごとのレシピもあるが、子ども達が食べやすいようにスライスしたリンゴを使う。
「お兄ちゃん、セイも、セイもやるっ!」
「じゃあお手伝いお願い。兄ちゃんが切ったリンゴ、フライパンに並べてくれるかな」
「うんっ!」
セイナがもっと、もっとと言うのでスキレット満杯になったリンゴの隙間にバターを落とし、砂糖をザラッと振って火にかける。こっちの砂糖は真っ白じゃない、キビ砂糖っぽい見た目だ。焦げやすいので目を離さずにいると、隣でセイナも嬉しそうに、砂糖が溶けるのを眺めている。その後ろにジェイド、その頭越しにヘリオスさん。みんな甘いの好きだよね。
唯一辛党のアステールさんは、少し離れた場所で風魔法を操って、焦げた砂糖のたまらなく甘い匂いを拡散させていた。馬、寄って来るといいな。ダメ元でセイナにも、
「お馬さん、おーいーでー!」
と叫んでもらっておく。
今夜の晩ごはんは、串焼き肉とジャーマンポテト、具だくさんのスープ。主食はアステールさんが食べてみたいというので、全員おにぎりになった。比較的食べやすいかなと、具はツナマヨと肉そぼろ。
「お馬さん、来ないねー」
「そうだねー」
セイナが外を気にするので、テントの入口の布は巻き上げて、外を見ながらご飯を食べる。このテントは凄いテントなので、オレ達が招いた者しか入れない。匂いに釣られた羽虫が、透明なガラスに激突する鳥のように入口で弾かれた。そこまで意図していた訳じゃないけど、防虫効果があると確認できた。素晴らしい。
「あ、でもこれ無機物は如何なんだろ。矢とか攻撃魔法とかも弾かれるのかな」
「実験しましょう、今すぐ」
「アズ、落ち着け。食ってからだ」
「お兄ちゃん、お馬さんは入っていいよってしてね」
けれど夕食が済んでデザートを食べ終わっても、周辺に馬の姿はなく。テントの性能検査も、アステールさんがあれもこれもと次々検査項目を追加するので、深夜まで及んだが、馬のいななきすら聞こえず。
そう都合よくはいかないよねと、オレは明日もヘリオスさんに運ばれるつもりで就寝した。




