ツガイへの振る舞い
「師匠、お願いします、ボクの大切なセイちゃんを、どうかお願いします」
「うん、もう分かったから。オレにとっても大切な妹なんだから、落としたりしないから」
もう何度目かわからないジェイドのお願いに、オレは腕の中のセイナをギュッと抱き締めた。心配症なジェイドが少しでも安心するように、オレとセイナは胴体をロープで括り付けられている。更にヘリオスさんにガッシリ抱えられているので、滅多なことでセイナが落っこちることはない。それでもジェイドは不安げに、何度も念押ししてくる。
「本当に、本当に大丈夫ですよね? 師匠、お願いしますね」
「うんうん、大丈夫」
「おい、いい加減出発しようぜ。日が暮れちまう」
ヘリオスさんの呆れた声が頭のすぐ上から聞こえる。そう、昨日に引き続き、本日の移動手段もお姫様だっこである。
ヘリオスさん達とパーティを組むことに決まり、移動ルートを確認し、この方法が一番速くて負担が少ないよなと話し合ったのだが。昨日と同じ組み分けにしたことに、珍しくジェイドが反発した。
「ボク、セイちゃんと一緒がいいです」
「無理だな。アズがジェイドとセイちゃんの2人を運ぶのも、アズがユウを運ぶのも不可能だ」
すぐさまヘリオスさんに却下され、ジェイドは渋々引き下がった。その代わり「落とさないで怪我させないでお願い」攻勢が始まったのだった。
「ほら、ジェイド、アステールさんにおんぶしてもらって」
「………………はい」
「じゃあアズ、頼む」
「いきますよ」
「セイちゃんもお願い」
「うん! ヘリオスのお兄さん、アズちゃん、『ガンバレー!』」
パアアアア!
フワンと包まれる感覚。発光するヘリオスさんとアステールさん。走り出したヘリオスさんが、豪快に笑う。
「凄いなこれ! 体が軽い!」
セイナの身体強化魔法を重ね掛けした結果、昨日より明らかにスピードが増していた。あっという間にパリピゴリラの森が遠ざかり、丘を越えてゆく。
南の隣国サウスモアへと進路を変更したオレ達は、人目を避けるために街道を外れ、最短ルートでサウスモアの首都を目指すことになった。ここから南方面は、多少の起伏はあれどほぼ平原らしいので、方向さえ間違えなければ街道を通る必要はないとの判断だ。
ただこれは、オレのアイテムボックスに充分な水と食料があり、強化テントで寝床の安全が確保出来るから可能なことだ。加えて、この辺りに生息する魔物や野生動物が、ヘリオスさん達にとっては取るに足りない雑魚だというのもある。
「これならだいぶ距離が稼げそうだな。魔物も近寄ってこないだろうし」
オレ達を抱えて猛スピードで走っているのに、雑談する余裕のあるヘリオスさん。
「魔物避けでも使ってるんですか?」
「いいや。でも、ユウ達と出会ってから、全く魔物に襲われないからな」
「ゴリラは来ましたよ?」
「あれは香水の匂いのせいだろ。それにゴリラ達は、こっちに敵意がなかったろ」
確かにゴリラ達は、敵意どころか仲良くしたくて寄って来たのだった。結果は可哀想なくらいに散々だったけど。
「たぶんユウかセイちゃんに、魔物を寄せ付けない加護とか、魔物の敵意を弱める能力とかがあるんだろ。心当たり無いか?」
「あー。こっちに来てから出会った魔物、パリピゴリラとスライム式トイレのスライムだけですね」
「ほらな?」
なるほどね、きっとセイナの能力なんだろうな。オートで魔物を弱体化とか、聖女っぽいもんな。
ふと視線を感じて目をやると、前方を行くアステールさんの背中に掴まりながら、ぐりんと顔だけこちらに向けたジェイドと目が合った。ジェイド、心配はのは分かるけど、雑談しててもセイナのことは忘れてないから。ジェイドのほうが落ちないように、しっかりアステールさんに掴まって。
「ハハハッ、ジェイドはセイちゃんが気になってしょうがないんだな」
「獣人のツガイへの振る舞いって、あれが普通です?」
「かなり執着が強いほうだと思うが、あれくらいなら普通の範囲内だ。マズイ方に行くようなら、なるべく俺が矯正してやるから任せとけ」
「頼りにしてます!」
ヘリオスさん達とパーティを組むにあたり、ジェイドが希望したことがある。ヘリオスさんに武術を、アステールさんに魔法を習いたいと言ったのだ。ヘリオスさんだけでなく、ライバル視しているらしいアステールさんにも頭を下げて頼んだのを見て、オレはなんとも誇らしい気持ちになった。そして何より、ジェイドが自分の思いとか願いとかを少しずつ口に出せるようになってきたのが、とても嬉しい!
浮かれ気分のオレは、この際だと気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、ヘリオスさんはまだツガイが居ないんですか?」
「ん? 居るぞ? 言ってなかったか?」
「聞いてませんね。離れていて平気なんですか?」
「おいおい、いくら獣人だからって、1日中ベッタリって訳じゃないんだぞ。目の届く範囲に居れば充分だ」
目の届く範囲……えっ、そういう事?
「そういう事だ」
前方を愛おしげに見つめたヘリオスさん。全然気付かなかったよ。
これはちょっと、早急に別の移動手段を探さなければならないぞ。馬に蹴られて死ぬのは御免だもんな。