こいつは敵?
朝食の匂いに釣られてセイナが起きてきた。オレのもとに駆け寄ろうとして、隣に知らない人が居るのに気づいて固まった。お兄ちゃんそれ誰? との疑問を顔に貼り付けて、小首を傾げるセイナ。かーわーいーいー! オレの魅了耐性が高いのは、召喚聖者の特性とかよりも、セイナの可愛さに目が慣れているからではなかろうか。見慣れても見飽きることは永遠に無いこの可愛らしさ! 何時までも見ていられる!
「おはようございます、セイちゃん。アステールです」
セイナとは初の顔合わせとなるアステールさんが、膝を付いてニコリと微笑み名乗った。おいアステールさんや、オレの時と態度が違うんじゃないですかね。下手に揶揄ってセイナに嫌われるというこの世の地獄を味わうよりは、賢い選択ですけどね。
セイナはパチパチと瞬きをして、じっとアステールさんを見つめた。
「アズちゃん?」
「はい、そうです」
目の前の知らない人とアステールさんが一致して、セイナがパーッと笑顔になる。
「アズちゃん、カワイーイ! 女の子だったんだ!」
「いいえ、私は男の子ですよ」
一瞬オレの頭に、『男の娘』という字面が浮かんだ。けれどそんな知識の無いセイナは、また小首を傾げ、助けを求めてオレを見上げる。
「お兄ちゃん、アズちゃん男の子?」
「そうだよ、女の人みたいに綺麗だけど、アステールさんは男の人なんだって」
再びアステールさんを見つめるセイナ。アステールさんにニコニコ笑い掛けられると、トトトッと走り寄ってきて、オレの足にしがみついた。あれっ、恥ずかしいのか? ヘリオスさんは平気だったのに。
「改めて、よろしくお願いしますね、セイちゃん」
人見知りするセイナを微笑ましげに見ながら、アステールさんがセイナの頭を撫でようと手を延ばす。その手をペシッと弾く猫パンチ。
「あ、ジェイド? おはよう」
知らぬ間に、オレの足にくっつくセイナの背中にジェイドが張り付いていた。まるで気配がなかったよ、凄いな猫の忍び足。
「おはようございます、師匠」
ジェイドはオレに挨拶を返しつつも、目はジイイイイイーッとアステールさんを捉えて離さない。その目がね、「こいつは敵? 敵なの? 排除? 殲滅?」みたいな物騒な思考が駄々漏れの剣呑さ。
「ジェイド、この人アステールさんだよ」
「はい、分かってます」
分かっててこの態度。お願いだから仲良くして。
しかしオレの願いも虚しく、アステールさんが延ばした手をジェイドが弾き、またアステールさんが手を出しジェイドが叩き落とし、更にアステールさんが手を動かそうとした直後にジェイドが撃墜し……という攻防が始まってしまった。どんどんジェイドの反応速度が上がっていって、オレの目では追えないほどだ。凄いな猫の本気の猫パンチ。
「ちょっ、2人共やめて。ヘリオスさんも笑ってないで止めてくださいよ」
「まあまあ、アズも楽しそうだし、もう少し付き合ってやってくれ」
確かにアステールさんはイイ笑顔ですけどね。ジェイドの尻尾がブワッと膨らんでるんでね。
だけどオレにこの戦いを止める力は無い。結局停戦協定が結ばれたのは、セイナのお腹がクウーッと鳴って、
「お兄ちゃん、セイお腹ぺこぺこ」
と宣言したためだった。
さて、今日の朝食は、先日まとめて茹でて小分けにしていたパスタをスープ鍋に投入しただけのスープパスタ、聖王都で買ったパンピザの残り全部、そのままかじれるプラムっぽい果物、以上である。うっかり徹夜してしまったので、調理する気力が残っていなかった。手抜きで申し訳ない。
「そういえば、ユウ君のアイテムボックスは時間停止機能付きなのですか?」
「まだ分からなくて。食料品は長持ちしてるんですけどね」
「その辺りも要検証ですね。フフフ、楽しくなりそうです」
朝食もそこそこにメモを取るアステールさん。それを、早くも鍋から2皿目のスープパスタをおかわりしているヘリオスさんが諌める。
「アズ、温かいうちに食え」
「そうですね。野営で温かい朝食なんて、贅沢ですものね」
「そうなんですか?」
「ああ。普通は干し肉と乾パン、ナッツなんかを水で流し込むんだ」
そんなものなのか。オレの実家の朝食はおにぎりと味噌汁、前の晩の残りのおかずってラインナップだったから、それを基準に同程度のものを出していた。でも、よく考えたら現代日本って、食にうるさい国だった。
「朝食はもっと質素にしましょうか」
「「とんでもない!」」
ヘリオスさんとアステールさんが口を揃える。ヘリオスさんは見た目通りの大食漢だけど、アステールさんも意外と食いしん坊だよね。
「ユウ、今まで通りで頼む。もう元の粗食には戻れない」
「人はすぐに贅沢に慣れるというのは本当ですよねえ」
しみじみと言うアステールさんの向かいでは、猫舌のジェイドが、やっとスープパスタに口を付けている。
「そういえば、ヘリオスさんは猫獣人なのに熱い食べ物平気なんですね」
「俺は焔猫の獣人だからな。炎に適性がある影響で熱や暑さに強いんだ。その代わり寒さには弱い」
「ならソフトクリームは止めといたほうが」
「それとこれとは話が別だろ」
いや同じ話だよと思ったが、ソフトクリームへの興味は失われず、デザートに出すことになった。アイテムボックスに保存していたバニラ味のを提供したところ、非常に気に入られ、毎食デザートはこれにしてくれとせがまれる。
「駄目です。ソフトクリームは1日1個まで!」
「ええー」
そんな顔したって駄目なものは駄目!